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大体三匹ぐらいが斬る!! back next

登場人物

武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。魔力も身体能力も高いし、知能も低くないが、性格が大バカ。最近色んな意味で暴走中の天然ボケ。だんだん、人外になって来た。

ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 犬型ハイブリット。素で強い上に、魔法まで使う様になった反則キャラ。新装備に腹巻きとパッチが加わった。

如月トリコ(トリコ) 元政府公認魔道士。エロい、軽い、巨乳、外界ではロリキャラの最終兵器姐さん。でも、けっこういい人。

柱谷真希(エンマ) NMC関西本社の社員。火炎系の魔法が得意。魔界では男だが、実は女の子。特能、鏡像コピー。

御木元紗理奈(サリー) NMC関西本社の社員。エンマのパートナーで元キャバ嬢。自分と接触した人間を消す、ステルス能力の使い手。

上方ヨシオ NMC関西本社の社員で、お笑い芸人。魔法使いとしては中堅だが、本業ではあまり売れていない。元走り屋。

佐々原修二(海老原) NMC関西本社の社長の次に偉い人。マイティーマウスの別名を持つ凄腕の魔法使い。外見は、凄く地味。

如月海斗(ハンニバル) 六年振りに異界から戻って来たトリコの夫。殿の弟子に体を乗っ取られているが、時々正気に返る。

殿の弟子 異界から来た魔法使い。ハンニバルの体を乗っ取っているが、鯖丸に乗り換えようと狙っている。とうとう最後まで名前がない。

殿 異界から来た魔法使い。弟子との決着を付ける為に魔界に留まっている。おいしいシーンでだけピンポイントで登場。趣味はカラオケ。

暁(鰐丸) 鯖丸の別人格。ゲイで凶暴だが、根はいい人。ジョン太に惚れている。鯖丸の兄貴的なポジション。

ミツオ 鯖丸の別人格その2。温厚で争い事を好まない常識人。魔界名は考え中。年齢設定は十代半ばの子供。

悪魔将軍 悪魔七騎士を束ねる将軍。超人強度1500万パワー。地獄の断頭台、地獄の九所封じ、地獄のメリー・ゴーランド等の必殺技で、キン肉マンを苦しめる。堅くなったり柔らかくなったりします。

大体三匹ぐらいが斬る!!

5.三匹(vol.6)

 ハンニバルが立ち上がって、こちらへゆっくり歩いて来るのが、窓から見えた。
 穴から離れない方が有利なのに、自分からやって来るのは、余程自信があるのか、或いはタイムリミットが近いのか、どちらなのか分からない。
 たたき起こされた鯖丸は、窓から外を窺いながら刀を抜いて、鞘をその場に投げ捨てた。
「縁起悪い事すなや」
 ヨシオ兄さんが、眉をひそめた。
「それやった奴が、巌流島で負けとるやろ」
「飛ぶ時、邪魔」
 鯖丸は即答した。
「帰りに拾うから、いいんだ」
 エンマ君とサリーちゃんが、持って来た荷物をバックヤードに広げていた。
 ジョン太は、50発入りの弾丸の箱を、無造作に四つ程掴んで、立ち上がった。
 本気で暴れるつもりだ。
 普段の仕事でこんなに弾を使っていたら、絶対所長に怒られる。
 確か、一発あたりの単価が、パチンコ玉の十倍くらいするとか言っていたはずだ。
「正面にコンクリートの塀があるだろ」
 ジョン太は、窓の外を見張りながら、皆に言った。
 鉄骨が組まれたまま放置された建造物の横に、半分崩れた低い塀があった。
「あの場所に昨日トラップを仕掛けてある。ハンニバルがあのラインを越えたら出るから、皆、自分のタイミングで付いて来てくれ。無理はするな」
 この仕事を仕切っているのは海老原さんだが、いざガチでやり合う場面では、元職業軍人に任せた方がいいと判断したらしい。
 指揮権がジョン太に移っている。
 皆は無言でうなずいた。
 エンマ君が、バックヤードからこちらへ来た。
 自分の革ジャンを脱いで、鯖丸に差し出した。
「君の服と交換や。一瞬くらいは目眩ましになるやろ。俺は、危ななったら、サリーに消してもらうし」
「君もバカだろ。ちょっと間違ったら死ぬよ、それ」
 鯖丸は、以前言われた事を言い返した。
 それからふと、気になっていた別の事を聞いた。
「エンマ君、何でヨシオ兄さんまで、俺の悪魔将軍の事、知ってるの」
 とうとう自分で悪魔将軍だと認めやがった。
 エンマ君は、へらっと笑った。
「使うな言うてたけど、見せるなとは言わなんだやろ。みんなのリクエストにお答えして、ご開帳を…」
「はい上着」
 鯖丸はあっさり、ぼろぼろになったジャケットをエンマに渡した。
「俺の代わりにボコられて来い」
「そんな、怒らんでも…」
 一度コピーした相手は、触らなくても再現出来るらしく、鯖丸の姿になって上着を着ながら、エンマ君はぼやいた。
「別に怒ってないよ」
 絶対怒ってる。
 受け取った革ジャンを着ようとした鯖丸は、サイズが合わないので諦めた。
 身長がそれ程違う訳ではないのだが、スリムなエンマ君と、それなりにごつい鯖丸では、体型が全然違う。
 着られなくはないが、これで刀を振り回すのは無理だ。
 代わりに、ヨシオ兄さんが予備で持っていたフリースを、勝手に着込んでしまった。
「ごめん、たぶんこれ、破くと思うけど貸して」
 ジャケットの下に着ていたトレーナーと、一週間大丈夫なTシャツも、ハンニバルに斬られてぼろぼろになっている。
「まぁええけど。ユニクロで千円やったし」
 ヨシオ兄さんはうなずいた。
 フリースジャケットのファスナーを上までびちっと閉めてから、鯖丸は刀を構え尚した。
 ハンニバルが境界線を越えた。
 踏み出した足元から、砂埃を舞い上げながら、ロープが飛び出した。
 びしっと何かが切れる音がした次の瞬間、頭上から鉄筋の束が降り注いだ。
 ジョン太が、窓から飛び出しざまに、発砲した。
 手に持った弾丸の箱を、無造作にその辺に放り投げ、両手に持った銃が空になるまでハンニバルに弾丸を撃ち込んだ。
 地面に放り出された箱から、弾丸が空になったシリンダーに吸い込まれて行く。
 鉄骨を障壁で防ぐ事に気を取られていたハンニバルの体に、十二発全弾が命中した。
 鯖丸が窓から飛び出し、トリコが後に続いた。
 海老原さんの姿は、衝撃波と共に消え去り、ハンニバルの背後に出現した。
 エンマとサリーが、姿を消したまま、右から回り込み、ヨシオ兄さんが左側に回った。
 あっという間に囲まれたハンニバルは、誰から先に倒すべきか、一瞬思案した。
 魔力の高い奴から減らして行くなら、鯖丸とトリコだが、鯖丸の体は、回復不能な程壊す訳にはいかない。
 トリコは、鯖丸にぴたりと付いているので、彼女だけを攻撃するのは、むずかしい作業だ。
 背後に居る動きの速い小柄な男か、正面の犬型ハイブリットか。
 一般的に速い奴の方が手強いので、背後の男に向かって魔法を繰り出そうとした瞬間、目の前のハイブリットがぐいと力を込めるのが分かった。
 やばいと感じて、体に食い込んだ弾丸を物質操作で排出したが、全部は手が回らなかった。
 体の中で弾丸が爆発し、胸の下辺りで、体が二つに割れた。
 上半身が、ぼとりと地面に落ちた。
 まさか、こんなに速い展開になるとは思わなかった。
 いや…こんな事で終わる訳はない。
 油断無く身構える皆の前で、吹き飛ばされた肉片が物質操作でかき集められ、元の形に固まった。
 上半身と下半身を繋ぎながら、ハンニバルは立ち上がった。
 殿と同じだ。
 生きていない奴は殺せない。
 鯖丸は、トリコの手を取って、ジョン太の前へ出た。
「ふん、いいざまだ」
 悪い顔をして、鼻で嗤った。
「どうせもう死んでるんだろ、お前」
 左手で、トリコの腰に手を回して抱き寄せた。
「トリコは俺がもらうから、そのまま死んどけ」
 抜き身の刀を、片腕で中段に構えた。
 わざと挑発しているのが分かったので、トリコは鯖丸の首に両手を回した。
「悪いね。何時までも戻って来ない奴を待ってる程、閑じゃないんだ、私も」
 ハンニバルの体が、微妙にぶれた。
 殿の弟子を押し退けて、如月海斗が出て来ようとしている。
 いくら、殿の弟子と融合しているとは云え、異界の物を相手にするより、如月海斗の方が余程勝ち目がある。
 怒らせて、海斗を表に出すつもりだ。
「ああ…戻って来れなかったのは、悪いと思ってるよ」
 ハンニバルは俯いた。
 何処から取り出したのか、あの曲刀を後ろ手に握っている。
「だからって、そんなバカそうなガキが俺の代わりかよ。考え直せ」
 顔を上げて怒鳴った。
 完全に、海斗が前に出ている。
 二人に向かって、一歩踏み出した。
 曲刀が変形する事を計算に入れれば、完全に間合いに入っている。
 こちらの刀の長さとリーチの差を考えると、攻撃範囲はほぼ拮抗していた。
「だって、仕方ないじゃないか」
 トリコは、海斗に向かって言った。
「こいつ、バカで食い意地が張ってて、すけべで性格も悪いけど」
 姐さん、いくら本当でも、それは言い過ぎ。
 さすがに鯖丸も、微妙な表情をしている。
「でも、一緒に居てくれるんだ。帰って来れない様な所に、一人で行ったりしない」
 気が付いたら涙が出ていた。
 ダメだ、挑発するつもりなのに、これじゃあ逆効果じゃないか。
 鯖丸は、自分の首に回されていたトリコの手を掴んで、ゆっくり解いた。
 それから、背後に回して、両手で刀を構え直した。
「お前、トリコを泣かしたな」
 洒落にならない構えだ。
 スキが全くない上に、魔法を使わなくてもたぶん、相手を両断出来る。
 それが、魔力を全開にして、刀の切っ先まで力を通している。
「三枚に開いて天日に干すぞ、コラぁ」
 どういう脅し文句だ、それ。
 鯖丸が斬りかかった。
 ハンニバルは、紙一重で避けた。
 こいつも、魔法使いには珍しく、何かの格闘技をかじっている。
 避けられた一撃が、轟音を立てて地面をえぐった。
 これだけの攻撃をかわされたら、普通はスキが出来そうなものだが、一瞬のためらいもなく、次の攻撃に移った。
 空中に飛び上がり、落下しながら頭上から斬り込んだ。
 空間操作で相手の背後に出現しようとしたハンニバルは、足止めされてその場に固まった。
 ヨシオ兄さんが、地面ごと、ハンニバルの足元を凍らせて、その場に釘付けにしている。
 重力操作で威力を増した一撃が、ハンニバルの頭上に振り下ろされた。
 ハンニバルは、曲刀で受けた。
 剣の湾曲度を変えて、そのまま攻撃を受け流した。
 鯖丸は着地し、刀を構え直した。
「偉そうな事言って、七人がかりかい、坊主」
 ハンニバルは、小馬鹿にした感じで言って、凍り付いた足を、地面から引きはがした。
 バカが挑発に乗りません様に…と、ジョン太は心の中でお祈りした。
 鯖丸は、意外に冷静だった。
「ハンデくれよ、こっちは生身の人間なんだから」
 最近、だいぶ人間離れして来たくせに、自分が普通の人みたいな事を言い切った。
 攻撃を受けた曲刀が、ぱきりと折れて、地面に転がった。
「いやー、やっぱ要らねっか、ハンデ」
 鯖丸は、にやーと悪い顔で笑いながら、左足を一歩前へ出した。
 完全に舐めた態度だが、踏み出した左足に体重が乗っていない。ジョン太にはフェイクだと分かった。
 一歩下がったハンニバルの指先に、先刻の鉄骨が触れた。
 一瞬で、鞘から引き抜く様に、曲刀が鉄骨の中から取り出された。
 元々こんな刀を持っていた訳じゃない。物質操作で、金属を変形させていたのだ。
 新しい刀が、空中で変形しながら斬りかかった。
 曲刀の上に、形が変化するので、太刀筋が読めない。
 鯖丸は、姿勢を低くして紙一重で避けた。
 そのまま、一気に懐に入り込んだ。
 これをやられたら、通常の人間なら、対処のしようがない。
 低い位置から、伸び上がる様に胴を斬りつけられたハンニバルは、ぐらりと体勢を崩した。
 がちんと堅い音がして、鯖丸は、しまったという顔で飛び下がった。
 肉を切った感触が、全く無かった。
 切り裂かれた服の下から、金属片の混じった地肌が見えた。
 体を再生する時、近くにあった金属を取り込んでいる。
「悪かったね、生身じゃなくて」
 曲刀が、長く伸びながら襲いかかった。
 完全に、斬られているタイミングだ。
 空中に逃れようとした鯖丸が、地面に落ちた。
 ジョン太が、更に斬りかかろうとする刀を、弾幕で反らせた。
 長く伸ばして厚みを失った曲刀は、簡単に弾かれた。
 一瞬の隙をついて、海老原さんが鯖丸を攻撃範囲から引きずり出した。
「君、見た目より重いですね」
 回復魔法をかけながら、海老原さんは言った。
「大丈夫か」
 ジョン太が駆け寄った。
「あれだけ伸ばしたら、刃も軽いし、大して切れてないよ」
 鯖丸は、起き上がった。
 ハンニバルの両手に、曲刀が握られている。
 ジョン太が、両手の銃を撃った。
 弾丸は、全て体に吸い込まれたが、爆発は起こらなかった。
 体に取り込まれ、支配下に置かれている。
 舌打ちしたジョン太が、普通に魔法を使った。
 手の平から繰り出された、白熱した火の玉が、ハンニバルに襲いかかった。
 ハンニバルは、障壁で防いだが、前に出していた曲刀が、真っ赤に焼けている。
 慌てて投げ捨て、新しい刀を補充した。
「次、合わせるぞ。行けるか」
 一発だけ取り出した弾丸を指先で摘んで、魔力を込めている。
 完全に変色した弾を、込め直して、かちりと撃鉄を上げた。
「いいよ」
 鯖丸は、刀を構えた。
 撃ち出された弾丸を追尾する様に、空気の鎌が放たれた。
 魔法の初心者だった頃に、自分で食らったかまいたちの技を、見よう見まねで使い始めた物だが、もう、本家も足元にも及ばない様な威力だ。
 それが、火炎系の魔法を込められた銃弾と同時に飛んで、融合した。
 リンクを張っているから使える、重合魔法だ。
 すさまじい爆発が、辺りを薙ぎ払った。
 爆心地にハンニバルが居た。
 障壁に包まれて、涼しい顔で立っている。
 シャボン玉の様に、ゆらゆらと表面が変化する障壁は、攻撃を防ぎ切ってから、ぱちんと割れた。
 いくら、魔力の高い政府公認魔導士でも、ここまで完璧な障壁を張れるはずがない。
 殿の弟子の魔法だ。
 ちょっとヤバイ気がして来た。
 ハンニバルは、一歩下がった。
 少し思案して、腕を振って何かを確かめてから、いきなり手の平をこちらに向けた。
 ジョン太が撃ち込んだ銃弾が、手の平から撃ち出され、襲いかかった。
 ジョン太は、鯖丸を抱えて、人間には出来ない速さで、移動した。
 避けたと思ったのは一瞬で、銃弾は追尾して来た。
 ジョン太は、飛んで来る弾丸に向けて発砲した。
 両手に持った銃から飛び出した弾が、追尾する弾丸を正確に捕らえ、撃ち落とした。
 ハンニバルは、なる程という顔をした。
 それから、左手に握った曲刀に、魔力を通した。
 曲刀を構成していた金属が、全て弾丸に変わるのを、ジョン太は呆然として見た。
 あれ、全部飛んで来るのかよ。
 いや…周りに金属はいくらでもある。あれだけじゃ済まない。
 ハンニバルが、物質操作で作り出した弾丸を飛ばした。
 ジョン太は、鯖丸を後ろに突き飛ばし、両手に構えた銃を撃った。
 44口径と32口径の銃が、地面に放り出された予備の弾丸を吸い上げながら、マシンガンの様に弾を吐き出し続けた。
 ハンニバルは、背後の鉄骨に手を伸ばし、更に弾を作り上げた。
 魔力を込められた弾丸同士が、大量に空中で激突し、きなくさい匂いと共に、周囲に煙幕がたちこめた。
 いくらジョン太が射撃の名人でも、ここまで来るともう、魔法を使わなければ不可能だ。
 自分の魔力レベルをどんどん上げながら、無数の銃弾を操作し、弾を空中からたたき落とした。
 双方の動きが止まり、煙幕が晴れた。
 手の届く範囲の金属を使い切ったハンニバルが、よろけて膝をついた。
 ジョン太が、戦っている最中に呼吸を乱しているのを、初めて見た。
 魔力を上限ギリギリまで引き上げたせいで、外見が普通の人間バージョンに変化している。
 数カ所被弾したらしく、シャツの脇と腕に、血が滲んでいた。
 鯖丸は、立ち上がろうとして、その場に座り込んだ。
 落とし切れなかった弾丸が、腹に食い込んでいる。
 自分でも驚いたが、鬼に変身した時の装甲が、内臓まで届くのを食い止めていた。
 他の部分は、人間のままだった。
 とっさに、必要な場所だけ無意識で強化していた。
 刀を杖にして立ち上がり、構え直した。
「トリコ、ジョン太が撃たれた!!」
 背後に向かって叫んだ。
「後、頼む」
「当たってねぇ。全部かっこ良く打ち落としただろうが」
 ジョン太が、寝言を言いながら銃を構えた。
 一瞬で、大量の弾丸が空中に浮き上がり、装弾を待って待機した。
「いや…当たってるから。俺も当たってるし」
 人間バージョンのジョン太が、どの程度の身体能力なのか分からない。
 敵が目の前に居る状態なら、嗅覚が衰えても不都合はないし、明るい状態での視覚なら、かえって今の方が鮮明なはずだ。
 ただ、聴覚と、反射速度と力が、どうなっているのか、判断が付かない。
 魔力を高い状態に保つ為には、今の姿で居るしかない様子だが、いくら鍛えたごついハイブリットのおっさんでも、戦闘用ハイブリットに比べたら、子供みたいなもんだ。
「ジョン太、それで今まで通り動けるのかよ」
「やってみないと分からん」
 心細い事を言われた。
「とりあえず寒い。腹巻きとパッチを脱がないで良かった」
 うわー、男前台無し。
 トリコが、どの辺に居たのか知らないが、上空からぶっ飛んで来て、強引にジョン太の前に着地した。
 腕を掴んで、容赦なく回復魔法をかけた。
 普段なら普通に回復させる所を、ハザマが使う様な根本治癒の魔法に切り替えている。
 内部損傷の治療はむずかしいので、時間をかけないで強引に回復させるつもりだ。
「痛てぇ、自分でやるから放せ」
 文句を言った時にはもう、完璧に回復していた。
 魔力が上がっているので、回復魔法の効きが、劇的にいい。
 弾丸が体内に残ったままなのは、後でどうにかするしかない。
「次、お前」
 トリコは、羽を畳みながら、鯖丸に手を伸ばした。
「そんなの後だ」
 ハンニバルが弱っている間にたたみ掛けたい鯖丸は、トリコの手を振り払って前へ出た。
「行くぞ、変身!!」
 特撮ヒーローの様なポーズを決めて、鬼の姿に変わった。
「お前、時々風呂場で練習してたの、それか」
 トリコは呆れた。
「それやらないと、変身出来ないのか」
「ううん、単にかっこいいから」
 寝言を言いながら、まだ膝をついているハンニバルに斬りかかった。
 ハンニバルが、地面から壁を出して返した。
 鯖丸は、壁を足がかりに宙へ飛び、工事半ばで放置された鉄骨を、重力操作で駆け上がった。
 ハンニバルが、空間操作で後を追った。
 ビルの骨組みだけで取り残された鉄骨の中を、二つの人影が、縦横無尽に飛び回った。
「バカが、あんな狭い所飛び回られたら、近付けないだろうが」
 トリコは、空中に飛び上がった。
 羽根が邪魔で、中に入れない。入り組んだ鉄骨から、少し距離を置いて、加勢する機会を窺った。
 海斗の魔法が物質操作系だと分かっていて、あんな中に飛び込むなんて、バカじゃないのか、鯖丸の奴。
 いくら、重力操作で飛ぶには、足場が必要だとは云え。
 いや…バカなのは知ってたけど、こういうタイプのバカじゃないはずだ。
 絶対何か企んでる。
 鉄骨の中を飛び回っていた鯖丸の姿が、一瞬かき消えた。
 入り組んだ鉄骨の中を、物凄いスピードで真上に飛び上がり、余った勢いを手足で殺しながら、てっぺんに取り付いた。
 ハンニバルが上を見上げた。
 目視してから距離を詰める空間操作は、一瞬のタイムラグが出来る。
 更に、体を縮めなければ通り抜けられない場所を、一瞬で飛び上がった鯖丸の後を追うのは、躊躇した。
 空間操作は瞬間移動ではないので、障害物には普通に当たる。
 まだ、使い物にならない程この体を壊す訳にはいかない。
 横に移動して、良い位置から距離を詰めようとした。
 その間、約4秒。
 鯖丸が、掴んだ鉄骨に魔力を通した。
「喰らえ!!十倍だ」
 ずしん…と、にぶい地響きがあった。
 巨大なビルの骨組みが、かすかにゆらいだ。
 風雨にさらされて劣化した土台に、亀裂が入り始めた。
 ビルの骨組みもろとも重力操作を食らったハンニバルは、その場に硬直した。
 自分の重さが十倍になって、いきなり動ける奴は居ない。
 立っているだけ、大したものだ。
 鯖丸は、自分だけ軽くしているのか、それとも補強しているのか、普通に立ち上がった。
 鉄の塊が崩壊を始めている。
 崩れ落ち始めた鉄骨の上で、両手に持った刀に力を通し、巨大な空気の刃に変えるのが見えた。
 そのまま、重量増加を解き、空中に飛び上がった。
 巨大な刃が、崩れ落ち始めたビルの骨組みを、真っ二つに切り裂いた。
 崩壊を続ける鉄の塊と、地面に転がった重機を足場に、鯖丸が着地した。
 少しよろけながら体勢を立て直し、瓦礫の山と化したビルの骨組みを、油断無く睨んだ。
「出て来るぞ」
 ジョン太が、銃を構えた。
「分かってる」
 肩で息をしながら、鯖丸は言った。
 重力操作で狭い場所を飛び回るのは、かなりの重労働だ。
 トリッキーな動きを続けている間は、ほぼ息継ぎ程度にしか呼吸も出来ない。
「持久力ねぇぞ、お前」
 どうにか呼吸を整えようとしている鯖丸に、ジョン太は言った。
「溝呂木に、もっとびしびし鍛える様に言っとかないと…」
 骨密度が低いので、あまり無茶なトレーニングは出来ないと以前溝呂木から聞いていた。
 全国大会でベストエイトに入っても、それ以上行けないのは、たぶんそのせいだ。
 最近、だいぶ普通に近付いたので、以前より五割り増しでしごいているとは言っていたが。
「うるさいな、もう」
 鯖丸は、刀を構え直した。
 どうにか、武道関係の奴が使う、実戦の時の呼吸法に戻っている。
 持久力はないが、回復は割と早い奴だ。
 瓦礫の山が振動した。
 一瞬、止まってから、いきなりはじけた。
 大量の瓦礫を巻き上げながら、ハンニバルが来た。
 鯖丸が空中に逃れるのを確認して、ジョン太は飛び交う鉄骨を避けて移動した。
 変身前と、ほぼ同じ速さで動ける。
「囲みを崩すな。そろそろ弱って来てる。攻撃は鯖丸に任せて、捕まえるぞ」
 瓦礫の崩壊を避ける為に、範囲は広がっていたが、皆はまだ、ハンニバルを包囲していた。
 上空で、トリコが結界の起点を作り始めていた。
 いくら異界の物が乗っ取った体でも、これだけ魔力の高い人間が寄って集って重合結界を巻けば、止められるはずだ。
 結界の中継点を次に渡す為に、トリコが空中で静止した。
 そこを狙って、攻撃が来た。
 まさか、意識がハンニバルの状態で、最初にトリコを狙って来るとは、誰も思っていなかった。
 重量鉄骨の直撃を食らったトリコが、短く悲鳴を上げて、落ち始めた。
 当然だが、この面子で、他に空中戦が出来るのは鯖丸だけだった。
 飛び上がり、トリコの腕を掴んだ。目の前にハンニバルが居た。
 曲刀が振り下ろされた。
 鯖丸が落下を始めた。
 咄嗟に重力操作を使ったのか、風に煽られて軌道が変わった。
 木の葉の様に変則的な軌道を描きながら、二人が地面に落ちた。
 落ちて来た軌道に、大量に吹き上げられた血が、重力操作を離れて、雨の様に降り注いだ。
 本気でヤバイ。
 次の瞬間、鯖丸とトリコが、その場から消えた。
「バーカ、こっちだよ」
 背後で声がした。
 振り返ったハンニバルの目の前に、鯖丸が居た。
 憎らしい顔で笑って、ふいと消えた。
 斬りかかった空中で、奇妙な手応えがあって、何かの魔法が使われている気配があった。
 地面に落ちる血痕だけが、じりじりと後ずさって行く。
 視覚では鯖丸に見えたが、感知される魔力が別人だ。
 ハンニバルは、元居た方向に向き直った。
 鬼の様な姿になった鯖丸が、その場に膝をついていた。
 こんな姿になっていた事を、忘れるくらい追いつめられていたのか。
 今までさんざん、空中を飛び回っていた奴が、地面にうずくまって腹を押さえている。
「てめぇ、トリコを囮に…」
 少ししゃべってから、咳き込んだ。
 腹を押さえた腕の間から、内臓の一部がずるりと漏れ出した。
 少し、ダメージを与え過ぎたかも知れないが、異界人の魔法を使えば、回復出来ない程ではない。
「お前が、庇いに出て来るのは、分かっていたからな」
 ハンニバルは、冷静に言った。
「もう諦めろ。その体は、俺が大事に使ってやるから」
「お前にやるくらいなら、ここで壊すわ」
 鯖丸は、刀を支えにして立った。
 体の一部を覆っていた鬼の装甲が、全身を浸食して行く。
 ばきばきと音を立てながら、開いた腹部の装甲が、漏れ出した内臓を拾い上げて、収納した。
 あまにりえぐい光景に、見えない場所で短く息を呑む声がした。
 斬られたエンマと一緒に消えていた、サリーちゃんだ。
 自分の内臓を拾い上げて収納した鯖丸は、その場で鼻と口から血を吐いてよろけた。
 駆け寄ったジョン太が、肩に手をかけた。
 常識では考えられない様な、回復系の魔法が発動し、周囲の空気が震えた。
 回復系の魔法が得意な人間は、割合多いが、重傷を負った、自分で体感出来ない他人の体を回復させるには、特殊な技術か医学知識が必要だ。
 リンクを張っていれば、ある程度体感の共有は可能だが、重傷を負った人間とそんな事をするのは、かなり危険だ。
 鯖丸が、咳き込みながらもどうにか立った。
 傍目にはもう、戦闘不能なダメージだ。
 何度か息継ぎしながら、ジョン太の肩を借りて体勢を立て直した。
 鬼の装甲が、ダメージを負った場所を、どんどん補強しながら、全身を覆って行く。
 もう、人間には見えない。
 最後に、ホッケーマスクに似た、骨の様な外装が、完全に顔面を覆った。
「よし、まだ行けるな」
 ジョン太は、鯖丸の背中を押した。
「うん」
 もう、人の姿をしていない鯖丸が、うなずいた。
「止めたれ。お前相方を殺す気か」
 ヨシオ兄さんが叫んだ。
「ここでこついが引いたら、殿の弟子が出て来て、俺ら全滅するぞ」
 ジョン太は言った。
「行け。いくらでもフォローしてやるから、女取り合って、ガチでケンカして来い」
「分かった」
 鬼の姿が、目の前から消えた。
 以前よりも動きが速くなっている。
 一瞬で、ハンニバルの前に出現した。
 凄まじい攻撃と防壁が、その場でぶつかり合った。
 周囲を薙ぎ払う爆風の中で、ジョン太は倒れているトリコの襟首を掴み、拾い上げた。
「何時まで寝てんだコラ、ちゃっちゃと結界巻くぞ」
 意識を取り戻したトリコが、子猫の様に吊されたまま、少しうめいた。
「何、この扱い。私って、ヒロイン的なアレじゃなかったのか」
「寝言云うな、こんな汚れオーラの出てるヒロインが居るか」
 トリコは、ジョン太の腕を掴んで、地面に降りた。
 自分で立ち上がったが、掴んだ腕は放さず、ジョン太を見上げた。
「お前、あんまり無茶するなよ。壊れるぞ」
「いや、無茶してるのは、あっちだから」
 爆風の中心で、風圧が螺旋状に巻き上がっていた。
 人外に変わってしまった鯖丸が、空気を圧縮して、ハンニバルを地面に押しつけている。
 爆風が、逆方向に吹き戻り始めていた。
「まぁ、お前がそう言うなら、いいけど」
 トリコは、ジョン太から手を離した。
「ちょっと飛び上がる自信がない。あの辺まで放り投げてくれ」
 上空を指差して言った。
「仕切り直しだ」
「構わんが、落ちて来ても拾ってやれんぞ、たぶん」
 見慣れない顔が、見慣れた表情で笑った。
「分かってるよ」
 自分より、遙かに魔力の高い相手とリンクして、限界まで力をぶん回しているのだ。
 無事な訳がない。
 もう一度、首根っこを掴まれて、空中に放り投げられた。
 翼を広げて滞空し、再び結界の起点を作った。
 今度は、時間をかけずに結界を展開する為に、周囲の五人に向かって、一度に中継点を渡した。
 空中を飛びながらここまで出来るのは、魔力の高さもあるが、相当な熟練度だ。
 それでも、まだ余力を残している。
 何をやるつもりなのか、大体の予想は付いていたが、もう誰も止めなかった。
 無茶な戦い方を見過ぎて、感覚が麻痺して来ているのかも知れない。
 ハンニバルが、空気の塊を押し返そうと、力を込めた。
 脱出しようと身をよじった時、上空で結界の起点を渡し終わったトリコと目が合った。
 一瞬、意識の中に根を張っていた殿の弟子が完全に引いて、クリアになった。
「それはダメだ、トリコ。止めろ」
 如月海斗が叫んだ。
 鯖丸が作った高圧帯を突き抜けて、上空に手を伸ばそうとした。
 五つに分割された結界点が、発光しながら地面に五芒星を描いた。
 描かれた線から、空中に向かって、光の束が伸び上がり、それから落ち始めた。
 無数のひも状に変化しながら、結界の対象物を巻き取ろうと、うねった。
 結界の起点を完全に手放したトリコが、光の束よりも先に落下を始めていた。
 頭から地面に突っ込んで来る奴なんて、鯖丸以外に居るとは思わなかった。
 翼を畳んで加速し、墜落すれすれで巨大な羽根を広げた。
 そのまま鯖丸の腕を掴んで強引に羽ばたき、転がる様に結界の外へ逃れた。
 結界の中で、ハンニバルが立ち上がろうとしていた。
 結界が完成する前に、出て来る。
 鯖丸を救出するタイミングが早かった。でも、これ以上遅れたら…。
「俺ごと封印すれば良かったのに」
 鯖丸が言った。
 地面に倒れたまま、刀を握った。
 まだやるつもりだ。誰が見ても、もう絶対無理なのに。
 トリコは、ハンニバルを振り返った。
 結界の中心には、まだ圧縮された空気の塊がゆらいでいる。
 ほんの一瞬迷ってから、言った。
「燃やせ」
 炎の塊を飛ばしたのはエンマだった。
 ダメージを負ったまま、魔法を使ったせいか、元の姿に戻っている。
 結界の内部で、圧縮された空気が一気に燃え上がり、爆発と障壁が同時に展開した。
 爆炎自体は障壁で防いだかも知れないが、確実に足止めは出来た。
 ハンニバルが、その場で倒れるのが見えた。
 成功したと思った瞬間に、何かが体から飛び出した。
 明らかに人の形をした物が、ぼろぼろになった体を捨てて、結界から出ようとしている。
 完成寸前の結界から、何かが外へ這い出した。
「ずらします。協力して」
 海老原さんが言った。
 そのまま強引に、自分の結界点を引きずったまま移動した。
 見かけによらず、とんでもない力業を使う人だ。
 いびつに変形した五芒星の中心に、異界の物が入り込んだ時、結界が完成した。

 全員が、倒れる様にその場へ座り込んだ。
 五芒星はもう消えて、残った中心部の五角形だけが、異界の物を閉じこめていた。
 少し離れた場所に、ハンニバルが倒れていた。
 着ている物も体も、見る影もない姿になっていたが、まだ、かすかに動いている。
 殿の弟子から分離した今は、もう敵ではないかも知れないが、皆はびくりと緊張した。
 鯖丸は、倒れたまま目を開けた。
 鬼の装甲は、もう無くなっていて、自分を庇う様に倒れ込んでいるトリコの、柔らかい感触が分かった。
 手足に力が入らない。
 それでも、これで終わったと思って口を開きかけた時、トリコが自分から離れて立ち上がった。
 少しふらつきながら、倒れているハンニバルに駆け寄り、しがみつくのが見えた。
「あ…」
 ハンニバルが、ゆっくり手を伸ばして、トリコの背中を抱いた。
「済まん、こんな事になって」
 今まで、聞いた事のない口調だった。
「お前が無事で良かった」
「いいよ、帰って来てくれただけで、もう…」
 背中に回されていた腕が、だらりと落ちた。
 死んだ体に残っていた意識が、急速に消えて行く。
 トリコはしばらくその場にぼんやりと座り込んでいた。
 それから、声を上げて泣いた。
 気が付くと、ジョン太に抱き起こされて、回復魔法をかけられていた。
 ジョン太も、元の姿に戻っている。
「大丈夫か」
 聞き慣れた、安心感のある声だった。
 どっと緊張が緩んだ。
「ああ…負けたんだね、俺」
 鯖丸はつぶやいた。
「いや、ギリギリで勝ったから」
 ジョン太は言ってから、鯖丸の視線の先を見た。
「そうか。お前、最初からそういう勝負だったな」
 鯖丸は、小さくうなずいた。
「何だろう、これ。何も考えられない。頭がぼーっとする」
 それはいつもだろう…と、ツッコミを入れかけて、ジョン太は止めた。
「少し休め。お前は良くやった」
 背後で、何かの気配が動いた。
 振り返った時にはもう、ジョン太は銃を抜いて撃ち込んでいた。
 相変わらず脊髄反射だが、魔法を使い始めて時間が経っていないせいか、とっさに普通の銃撃になってしまっている。
 結界の中で、殿の弟子が立ち上がっていた。
 体を歪めながら、ずるりと結界から踏み出した。
 一見、人間に近い姿の、華奢な若い男に見える。
 それが、空間操作で目の前に出現し、まだ放心状態の鯖丸を軽々と抱き上げた。
 次の瞬間には、穴の縁に居た。
 ジョン太が魔法弾で弟子の頭部だけを狙い撃ちにした所で、やっと皆が事態に気付いた。
「油断したね」
 殿の弟子が笑った。
「随分痛んでしまったけど、治せば当分使えそうだ。もらって行くよ」
 ひらりと、穴の中に身を躍らせて消えた。
 やばい、本気で乗っ取られる。
 今までさんざん、鯖丸の人間離れした暴れっぷりを見て来た皆は、凍り付いた。
 あれが、本当に人間辞めて襲って来たら…。
 ジョン太が、銃を構えたまま走り出した。
 穴の縁まで、障害物を跳び越えて一直線に突っ切り、何のためらいもなく穴に飛び込んだ。
「うわ、いい年して後先考えられないのか、あいつ」
 トリコは、呆然と穴の方を見た。
 動かなくなったハンニバルに、視線を戻した。
 そっと膝の上に抱き上げて、開いた瞼を指先で閉じて、地面に寝かせた。
 それから、急いで立ち上がり、セーターの袖でぐいと涙を拭った。
 背中から、コウモリの羽根が伸び上がった。
「いいか、私が十分経っても戻らなかったら、穴の周りに結界を張って、全速力で逃げろ。
 浅間に要請して、この辺一帯を封鎖させるんだ。最悪、関西魔界全体を立ち入り禁止にするしかない」
 鯖丸、とうとう怪獣扱いだ。
「後は任せたぞ」
 言うなり飛び立ち、穴の中へ消えた。
「姉さんこそ、後先考えぇや。戻って来れんやろ、それ」
 ヨシオ兄さんが、穴に駆け寄って覗き込んだ。
「言われた通りにするしかないんか?」
 エンマ君が、足を引きずりながら、穴に近付いた。
 あっという間だった。
 壮絶な決意を固める閑もなく、穴の中から派手な人影が飛び出して来た。
「待たせたな、皆の衆」
 小脇に、ジョン太と鯖丸を抱えた殿が、相変わらず演歌歌手の様にど派手な着物をはためかせて、穴の縁に着地した。
 困惑した顔のトリコが、あとからぱたぱたと飛び上がって来た。
「新しい体の調整に手間取ったが、吾輩が来たからにはもう、安心しなさい。見たまえ、この魔力を極限まで高める、特製の体を。車で言えばF-1…」
 さすがに、異界の物でも、周囲の白い空気が読めたのか、そこで止まった。
「何?お呼びじゃなかった」
 周囲を見回した。
「我が弟子は、どこで悪さをしておるのかな」
「それやそれ。お前がぶら下げとる奴」
 さすがに初対面でも、殿が人間ではない事は一目で分かるので、事態を把握したヨシオ兄さんが、鯖丸を指差した。
「えっ…」
 殿は、鯖丸とジョン太を、同時に取り落とした。
「確かに気配はあるが、薄い。本当か?」
「俺は、入る所見た」
 ジョン太が、頭を押さえながら立ち上がった。
 もう一方の利き腕に握られた銃口が、鯖丸に向いている。
 鯖丸が目を開けた。
 周囲をきょろきょろ見回し、立ち上がって、ぼろぼろになった服を、ちょっと引っ張って整えた。
 ダメだ、こいつ鯖丸じゃない。お終いだ。
 鯖丸だった物が、皆を見回して言った。
「あの…初めまして」

「うわ、行儀良うなっとるで、こいつ」
 ヨシオ兄さんが、一歩下がった。
「どうせ、そしてさようならとか言うんやろ。嫌な悪役の見本や」
「僕、殿の弟子じゃないです」
 鯖丸だった何かが言った。
「ええと、もしかしてミツオ…」
 ジョン太がたずねた。
「そうだけど、本名で呼ばないでください」
 ミツオが言った。
 言葉遣いは丁寧で礼儀正しいが、明らかに動作が子供っぽい。
 元々鯖丸も、実際の年齢より若く見えるが、今は外見と雰囲気にギャップがある。
「いいよ、ここに居るの俺らだけで、誰も聞いてないから」
 ジョン太は言った。
「名前あるんだったら、そう呼ぶけどな」
「考え中です」
 小学生か!! 確か、中学生くらいの設定になっていたはずだが。
「うんうん、中二ぐらいの奴って、色々悩んだ挙げ句、変に凝った痛い名前とか付けるよな」
「それ、オンラインゲームの話でしょう」
 ミツオは冷静に言った。
 ジョン太は黙り込んだ。
 ツッコミは、ツッコミ返されると弱いのだ。
「殿の弟子は、どこへ行ったんですかね」
 相手が子供だと判断した海老原さんが、優しい口調で聞いた。
「ここに居ます」
 ミツオが、自分の頭を指した。
「今、兄ちゃん達が二人がかりで、押さえ込んでる所です」
 兄ちゃん達というと、鯖丸と鰐丸だ。
 どういう事になっているのか、少し飲み込めて来た。
 殿の弟子も、まさか乗っ取った相手が三人居るとは、思わなかっただろう。
「そんな事が出来るのか」
 トリコが尋ねた。
 魔力の高い人間が、七人がかりで結界に閉じこめた相手だ。
 いくら怪獣二匹でも、そんな事が可能なのか…。
 殿が、ちょっと肩を揺すった。
 人間なら、ため息をつくのに近い動作だ。
「我々の弱点を公表するのは、気が進まないのだが」
 一応前置きして、言った。
「魔法を使うには、物理的な媒体が必要だ」
「魔法って、体がないと使えないのか」
「そうとも言う」
 魔法を使えなくなった、きゃしゃな異界の物が、凶暴な二人組にフルボッコにされる気の毒な映像が浮かんだ。
 きっと二人とも手加減しないだろう。特に暁が。
 ミツオが武藤玲司の体を使っている限り、三人とも肉体はない状態だから、たぶん、殿の弟子に勝ち目はない。
「弱らせたら、殿に渡すって言ってます」
 ミツオは、伝言した。
「鰐丸兄ちゃんは、めんどくさいからもう殺すって言ってるけど」
「そうか」
 ジョン太はうなずいた。
「鰐丸に、無事で良かったなって、伝えといてくれ」
「そういう事言うから、オカマが付け上がるんだぞ」
 トリコは、ちょっと止めた。

 弟子を、見た事もない形の小さな箱に閉じこめた殿は、異界へ戻って行った。
 帰る前に、トリコを呼び止めた。
「返す約束だ」
 自分の胸に、ずぶずぶ手を突っ込んで、石を取り出した。
「そうだったな」
 トリコは、石を受け取った。
 しばらく見つめて、手の中に握った。
「これが何だか、分かっているんだろう」
 殿に聞いた。
「只の耐熱ガラスだな」
 殿は言った。
「その通りだ」
 トリコは、うなずいた。
「海斗の遺品は、これだけしか残らなかったんだ。後は全部、証拠を消す為に、浅間が処分したから」
「良い想い出が入っていたな」
 殿が言った。
「初めて、二人で買ったマグカップ」
 トリコは、驚いた顔で殿の方を見た。
「お前は、人間の事を良く理解しているな」
「どうだろう。吾輩は人ではないし、そう見えるだけかも知れないぞ」
 殿は、空中に踏み出して、穴の上に浮いた。
 トリコは、小さな石を殿に差し出した。
「これは、お前が持っていてくれないか」
 殿は、怪訝な顔をした。
「それは、力を増幅するのに使えるから、有り難いが」
「私はもう要らない。大事な物は、他に沢山あるから」
「そうか」
 殿は、もう一度石を受け取った。
「では帰る。達者でな。たまには我が城に遊びに来なさい」
 殿は、弟子が閉じこめられた箱を、大事そうに抱えた。
 そう言えば、殿と弟子がどんな関係だったのかは、結局分からなかった。
 単なる師弟関係ではない様な気がするが、異界の物の事は、人間には理解出来ない。
 殿もきっとそうだろう。
「君の息子にも、よろしく言ってくれ。時々はじいちゃんの所に遊びに来てくれとな」
「じいちゃんだったんだ…」
 トリコはつぶやいた。
 殿は、そのまますうっと異界へ消えた。

2009.4/19up










後書き
 大体終わりました。残りは、エピローグ的な感じの、短い内容ですが、もう少しだけお付き合い下さい。
 鯖丸を、ぶっ壊れる寸前まで暴れさせたので、割と満足です。
 何て言うか、もうジョン太より人外ですね、鯖。
 今後、普通に生きていけるのか、微妙に不安です。
 トリコ姐さんは、もうちょっと暴れさせたかったんですが、鯖が隙間なく暴れているので無理でした。
 また、機会があったらいずれ…。

次回予告
 予告という程の内容は残ってないんですが、もうちょっと続きます。
 雨が夜更け過ぎに雪に変わったりとかします。

大体三匹ぐらいが斬る!! back next

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