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大体三匹ぐらいが斬る!! back next

登場人物

武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。魔力も身体能力も高いし、知能も低くないが、性格が大バカ。最近色んな意味で暴走中の天然ボケ。

ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 犬型ハイブリット。体は強いが、微妙に精神面の弱点が見えて来た。基本的には頼りになるおっちゃん。

如月トリコ(トリコ) 元政府公認魔道士。エロい、軽い、巨乳、外界ではロリキャラの最終兵器姐さん。でも、けっこういい人。

如月由樹 トリコと海斗の息子。母親の男遊びもさらっと流す、出来た幼稚園児。

如月海斗(ハンニバル) 六年振りに異界から戻って来たトリコの夫。殿の弟子に体を乗っ取られているが、時々正気に返る。

殿 異界から来た魔法使い。弟子との決着を付ける為に魔界に留まっている。趣味はカラオケ。

柱谷真希(エンマ) NMC関西本社の社員。火炎系の魔法が得意。魔界では男だが、実は女の子。

御木元紗理奈(サリー) NMC関西本社の社員。エンマのパートナーで元キャバ嬢。自分と接触した人間を消す、ステルス能力の使い手。

上方ヨシオ NMC関西本社の社員で、お笑い芸人。魔法使いとしては中堅だが、本業ではあまり売れていない。

上方ハルオ NMC関西本社の社員で、お笑い芸人。ヨシオの相方でツッコミ。殿の弟子に重傷を負わされたので、現在入院中。

佐々原修二(海老原) NMC関西本社の社長の次に偉い人。マイティーマウスの別名を持つ凄腕の魔法使い。外見は、凄く地味。

浅間龍祥(クイックシルバー) 政府公認魔導士関西本部で要職に就いている青年。昔、トリコのパートナーだった。

殿の弟子 そのまんま殿の弟子。異界から来た魔法使い。ハンニバルの体を乗っ取って、逃亡中。

暁(鰐丸) 鯖丸の別人格。ゲイで凶暴だが、根は鯖丸よりいい人かも。

串カツ 大阪名物。ソースの二度漬けは禁止。

大体三匹ぐらいが斬る!!

5.三匹(vol.3)

 ジョン太は、今晩泊まる事になっているホテルのロビーで、イライラしながら待っていた。
 適当なビジネスホテルなので、大して広くはないが、二階にエントランスがあるので、通りからは離れていて、落ち着いた感じの音楽が流れている。
 落ち着いていないのはジョン太だけだ。
 ヨシオ兄さんは、ソファーにかけてコーヒーを飲んでいた。
 隣にもう一人、キャバ嬢みたいな感じの女が、座っている。
 エンマと一緒に鯖丸とトリコが入って来ると、ジョン太は遅いと文句を言った。
「うわ、お前また、そんな怪我して…」
 頭に包帯を巻いて、口元と眉の端に絆創膏を貼られた鯖丸を見て、ジョン太はうなった。
「こいつ、海斗とガチでケンカしちゃって…」
 トリコは説明したが、キャバ嬢っぽい女の膝の上で由樹がすやすや眠っているのを見付けて、駆け寄った。
「良かった…無事で」
「若い母ちゃんやなぁ。ほら、ここ座り。大変やったな」
 キャバ嬢風の女は、外見に似合わない、人の良さそうな顔で笑った。
 いや…絶対この娘、トリコより年下だから…と、鯖丸は思ったが口には出さなかった。
「外界であれとガチでやるって、そんなんジョン太以外で出来る奴居ったんか」
 ヨシオ兄さんは、驚いた感じで言った。
「まぁ、剣道三段、こいつ」
 ジョン太は説明した。
「足止めするだけで、いいって言ったのに」
 鯖丸に、少し文句を言った。
「そんな、こっちに都合のいい所で、止められる訳ないじゃん」
 鯖丸はぶつぶつ言ったが、面識のない人も混じっている状況なので、先に自己紹介から済ませた方がいいと思ったらしく、とりあえず初対面のキャバ嬢に挨拶した。
「中四国支所の鯖丸です。本社の方ですか」
「ええ、名前はサリー。よろしくね」
 眠っている由樹をトリコに返して、サリーはエンマの隣に立った。
 エンマ君のパートナーらしい。
「上行って、ちょい打ち合わせしよか」
 ごっつい灰皿で煙草をもみ消してから、ヨシオ兄さんは言った。
「あのー、宿泊されない方は、客室への出入りは…」
 フロントに居た男が、止めに入った。
「細かい事言いな、今日中には帰るわ」
「どうせなら泊まったら、ヨシオ君」
 サリーは、冷めた口調で言った。
「今から関空の近所まで帰るの、面倒やん」
 ヨシオ君、意外と遠くから通っているらしい。
「後、あんたらも早よチェックインして」
 仕切られた鯖丸とトリコは、顔を見合わせた。

 上の階に上がるエレベーターの中で、エンマは鯖丸に話しかけた。
「変わったなぁ、君」
「そうですか」
 別に、変わったのは童貞じゃなくなった事くらいだと思う。
 ため息つかれる程変わったか?俺。
 それから、エンマ君も相当変わってしまった事に気が付いた。
「あの…エンマ君、何か小さくなってないですか?顔も可愛くなってるし、声も女の子みたいですよ」
「だって、女の子だもん、俺」
 エンマ君は、さらっと言った。
「男なのは、魔界に居る時だけや。外界ではおなべやねん、俺」
「そうなんだ」
 魔界関係は、変わった人が多いので、今更驚かないが、ちょっと意外だ。
「来年辺り、下の方も工事しよかと思うてんけど、ちょっと考え中」
「工事って、土木工事ですかぁ」
 思わず聞き返してしまった。
 あんなかっこ悪いもん生やして、何が楽しいんだー。
「土木工事って、君」
 エンマは、呆れた顔をした。
「そら、建設するけどなぁ。魔界に入って、いつも通り生えて来たら、二本にならんか心配で、踏み切れんね」
「うちは二本でもええよ」
 サリーちゃんが、更に建設的な意見を述べた。
「俺は嫌」
 エンマ君は断言した。

 六階の部屋に入って、全員が面子を揃えた所で、鯖丸は言った。
「実は、狙われてるの、由樹じゃなくて俺になっちゃって」
 全員が、ええっという顔をした。
「どうしよう…」
 どうもこうもないが、五歳の幼児が狙われているよりは、余程守りやすい。
 ていうか、鯖丸囮決定。
「そうだなぁ」
 ジョン太は、納得した感じでうなずいた。
「遺伝的に近いから、乗り換えのリスクが少ないだけで、由樹君にはその他の利点が無いからなぁ。俺がハンニバルなら、迷わずこいつを選ぶよ」
 選ばれて、こんなに嬉しくない事は初めてだ。
「魔力は高いし、身体能力も高いし、年齢も若い。子供じゃないから、外界で行動の制限もない。最高だ、お前」
「最悪だよ」
 鯖丸はぼやいた。
「でもまぁ、由樹が狙われてるよりは、良かったかな」
「良かったんだ…」
 エンマ君と並んでベッドに腰掛けていたサリーは、意外そうに言った。
「まぁ、わしら的にはその方が楽やけど」
 向かい側のベッドで、あぐらをかいていたヨシオ兄さんは言った。
 禁煙ルームではないらしく、部屋にあった灰皿を手に持って、相変わらず煙草を吸っている。
 隣に座った鯖丸が、ちょっと煙を避けたので、ああ、すまんと言って、脇へ退けた。
「いえ…いいですよ。ここ三年程禁煙してるから、たまに吸いたくなるんで」
「三年前は、君、未成年やろ」
 ヨシオ兄さんは言った。
「どないしたら禁煙できるん」
「貧乏です」
 鯖丸は断言した。
「いや、子供が居るから消せ」
 ベッドの端で寝ている由樹に、布団をかけ直してから、トリコはヨシオ兄さんを睨んだ。
「喫煙者には辛いご時世やのぉー」
 ヨシオ兄さんは、素直に煙草を消した。
「ところで」
 エンマ君は言った。
「俺ら何で、こんな狭い部屋に、七人もみっちり詰まっとんのや」
 ツインルームとは云え、ビジネスホテルなので、部屋は狭い。
「魔界関係のややこしい話、フロントのおっちゃんとか、他の客に聞かれたないねん」
 ヨシオ兄さんは言った。
「特に今度は、政府筋からの依頼やしな」
 話し方からすると、今度の仕事を仕切っているのは、ヨシオ兄さんらしい。
 通常、この面子ならジョン太が仕切る事になるのだが、元々本社で受けた仕事だし、支所からの助っ人なので一歩引いているのだろう。
 壁に作り付けられたデスクに置いてある椅子に、反対向きに掛けて、背もたれに両手を乗せたジョン太は、皆を見回した。
「で、最初はどういう話だったんだ」
「如月海斗を確保せぇ…ちゅう話や」
 ヨシオは言った。
「まぁ、政府公認魔導士なんぞ、魔法使えんかったらもやしっ子みたいなもんやし、どいつもこいつも、何の足止めも出来んで、あっさり逃げられたらしいわ」
「無事に帰って来たハンニバルを、強引に確保しようとした理由が、分からないんだが」
 ジョン太は言った。
「理由なら分かる」
 トリコが言った。
「依頼者は、浅間龍祥という男だったはずだ。魔界名はクイックシルバー」
「ああ、そいつや。大体、魔界名にかっこええ名前を付けるのは、いけすかん奴と相場が決まっとんねん」
 ヨシオ兄さん、ネーミングにはこだわりがあるらしい。
「政府公認魔導士の魔界名は、自分で付ける訳じゃないんだけど…」
 トリコは、意外な事を言ってから、続けた。
「海斗…ハンニバルと組む前に、私のパートナーだった奴だ。
 出世の為に殿の弟子と取引して、事実を隠蔽する為に、ハンニバルに罪を着せて追放した。どうしようもない曲者だよ」
 初めて聞く話だった。
「事実関係を知っているハンニバルが戻って来たら、たとえ中身が殿の弟子でも、都合が悪い」
「どういう取引だったのか、分かるか?」
 ジョン太は聞いた。
「異界の情報をもらう代わりに、異界の物がこちら側に出て来るのを黙認するという内容だ。どんな情報をもらったのかは、分からない」
 異界の情報が欲しい者は、政府にも民間にも、山ほど居る。
 お手柄でさぞ出世した事だろう。
「殿の弟子が、ハンニバル以外の奴の体に入ってれば、丸く収まってたんだなぁ」
 ジョン太は、鯖丸をちらりと見た。
「嫌な目でこっち見んな。いっぺん手に入れたハンニバルの記憶は、分離しても消えないんだろ。手遅れだよ」
「実は、その辺が曖昧なんだ。試した奴も居ないし」
 トリコは、更に嫌な事を言った。
「鯖丸が狙われてる事は、隠した方がいい。あいつ、海斗の記憶が無くなるなら、鯖丸を殿の弟子に差し出すと思う」
 鯖丸は、うつむいてちょっと考えていたが、顔を上げた。
「ううん、その浅間って奴には、俺が狙われてるって言おう。でないと、由樹が同じ目に遭うかも知れない」
 狭い部屋に詰め込まれた皆は、ベッドの端ですやすや眠っている子供を見た。
「囮なんだから、狙われてる方が好都合だ」
「君、だいぶキャラ変わったけど、相変わらずかっこええなぁ」
 エンマは言った。
「でも、アホやろ。死ぬかも知れんで」
「その辺は…」
 鯖丸は、ベッドの上に正座して、両手を合わせて皆を拝んだ。
「お願い、守って」
「かっこ悪っ」
 サリーちゃんがつぶやいた。

 由樹の保護先については、サリーちゃんが手配してくれた。
「キャバ嬢とか、もうちょっとダークな仕事してる娘とか、あと、不法滞在のお姉ちゃんらの子供、預かってくれる所があるねん」
「ああ、表には出ないから、そういう場所の方が安全だな」
 トリコはうなずいた。
「あんたの所も、そこで預かってもらってるの?」
 サリーちゃん、子持ちには見えないが、女同士だとそういうのは分かるのかも知れない。
「うん、前はね。うち、こんなやから、元ダンナに子供取られてん」
 色々大変らしい。
「助っ人呼んだのは、依頼者にも言うとるからな」
 ヨシオ兄さんは、話題を切り替えた。
「君ら明日、呼び出されるはずや。今日はもう、ゆっくり休み。わしらは帰るわ」
「うん、ありがとう」
 鯖丸は言ったが、出かける用意を始めた。
「何や、どこぞ行くんか」
 ヨシオ兄さんは、聞いた。
「晩ご飯食ってないから、何か買って来る。腹減って寝れないもん。後、着替えとか全然持って来なかったし」
「ああ、そんならメシ食いに行こか」
 ヨシオ兄さんは、ジャケットを手に持って立ち上がった。
「四国の田舎と違ごて、夜中までどっこも空いとるでぇ」
「私は残るよ。由樹も寝てるし」
 トリコは言った。
「抱っこして連れてけや。皆と離れん方がええし、どうせその子もメシ食うとらんのやろ」
「そうだけど、こんな夜中に」
 トリコはぶつぶつ言ったが、結局皆に付いて来た。

 食い倒れの街に、鯖丸を放牧する危険について、皆は全然意識していなかった。
 はっと気が付くと、両手の全部の指の間に、串カツを挟んで、変なポーズを決めている。
「何だそれは」
 ジョン太は一応聞いた。
「えーと、何か悪魔召還士的な感じで」
 両手を、胸の前でクロスさせて、変なポーズを決めた鯖丸は、何時の間に買ったのか定かではない串カツを食い始めた。
 ああ、ゲームのあれか…と、ジョン太はうなずいた。分かるのもどうかと思うが。
「食うな、バカ」
 トリコは、串カツを取り上げた。
「ええーっ、仕事の時くらい、好きなだけ食べてもいいじゃん」
 鯖丸は、文句を言った。
「もちろんいいが、夜中は別だ。お預け!!」
 鯖丸は固まった。
「良く躾けてあるなぁ」
 ジョン太は、感心するというより呆れた。
「当たり前だ」
 取り上げた串カツを、周囲の皆に配りながら、トリコは言った。
「こいつの食生活って、アスリート失格。何で誰も突っ込まないんだ」
「それは、アスリートじゃなくて、武道家だから」
 言い訳した鯖丸の後頭部に、がすっとチョップが入った。
「一緒じゃ、ボケー」
 姐さん、いい突っ込み。
「ええなぁ、強力な突っ込みがおって」
 ヨシオ兄さんは、羨ましそうに言った。
 どうやら兄さん、ボケらしい。
「お前も、突っ込んで欲しいか」
 トリコは聞いた。
「基本的にお断りするけど、たまにはお願いします」
 ヨシオ兄さんは、複雑な事を言った。

 居酒屋風の店で、色々と食事や酒を注文して、ホテルに戻ると翌日になっていた。
 割と郊外に住んでいるらしいヨシオ兄さんは、終電が出たので泊まる事に決めてフロントで手続きをしている。
 エンマ君とサリーちゃんは、近くの家に帰ると言うので、微妙な面子になってしまった。
 ヨシオ兄さんが、部屋割りに悩んでいたら、ジョン太が強引に鯖丸とトリコを一部屋に放り込んだ。
「あ、それでええのん」
「いいの。こいつらすっかり出来ちゃってるから」
 二人と由樹を、一部屋に放り込んだジョン太は、にやーと笑った。
「一緒に泊まるの、久し振りだねぇ、ヨシオ君」
「嫌ぁぁぁ」
 兄さん泣きそうだ。
「わし、ハルオともそういう意味のリンクは張ってないんや。かんべんしてぇぇ」
「冗談だよ」
 ジョン太は冷静に言って、さっさと部屋に入った。
「お前の冗談は、笑えんわ」
 ヨシオ兄さんは、肩を落とした。
「あんたも芸風変わったなぁ、ジョン太」
「あんなバカと連んでたら、変わるわ」
 ジョン太は、ぶつぶつ言った。
「あー、それはそうと、サインしてもらっていい?」
 どこで買ったのか、色紙を出して来た。
「うちの嫁が、微妙なお笑い芸人、大好きで」
「微妙言うなぁ」
 兄さん、本気で泣きが入った。

 翌朝、頭の包帯を外して顔を洗っていた鯖丸は、血が止まらなくなって、結局病院で四針縫われる事になった。
「ケンカで頭突きしたって…君。こんな怪我する程」
 医者は、呆れて言った。
「普通なら、とっくに脳震盪で倒れて、救急車に乗ってるはずなんだけど…」
「食生活の改善で、頭蓋骨まで頑丈に…」
 鯖丸は、ガッツポーズを決めた。
「さすがだ、トリコ。これからは、頑丈人間鯖丸と名乗る事にしよう」
「お前は、元々頑丈なんだよ」
 ジョン太は、釘を刺した。
「頭蓋骨はともかく、中身が雑だからなぁ」
「雑じゃないよ。割と賢い方だよ」
 鯖丸は、反論した。
 こんなで、学校の成績も悪くないらしいのは、謎だ。
「文武両道のバカ」
 ジョン太は言った。
 いいキャッチフレーズが出来てしまった。
 病院を出て、トリコとサリーちゃんが合流した。
 由樹を預けて来た所らしい。
「エンマとヨシオ兄さんは、ハンニバルを捜してるから」
 サリーちゃんは言った。
「そろそろ連絡入ると思うけど、先に公認魔導士の事務所に行こか」
 鯖丸とジョン太は、うなずいた。
 トリコは、少し複雑な表情をしている。
 まぁ、それはそうだろうなぁ…と思った。
 元同僚も、たくさん居るだろうし、ハンニバルの事では、色々わだかまりもある様子だ。
 公認魔導士の事務所は、阪急梅田からほど近いオフィスビルの五階だった。
 泊まっていた天満からは、たった一駅で、鯖丸だったら迷わず走って行ってしまう距離だ。
 淀川の向こうに広がる、日本最大の魔界が一望出来る。
 驚いた事に、魔界の中を通り抜けて、電車が走っていた。
 オフィスビルまで三人を案内したサリーちゃんは「うち、あの人ら苦手やねん」と言って、近くの喫茶店で待っている事に決めてしまった。
「だったら別に、ここまで送ってくれなくても良かったのに」
 ジョン太は言った。
 サリーちゃん、早起きは苦手らしく、さっきから欠伸をしている。
「だって、四国の田舎から来た人らだけで、電車にちゃんと乗れるか心配で」
「どんだけ田舎者じゃ、俺ら」
 ジョン太は突っ込んだが、自動改札機でもたもたしていた鯖丸を思い出して、そこで止めた。
 地球に来て以来、修学旅行と部活の試合以外で地元を離れた事がない鯖丸は、めずらしそうに辺りを見ている。
「大阪って都会だねぇ」
 とか、当たり前の事を感慨深げに言っている。
「まぁ、都会だけど」
 アメリカの都会に、けっこう長く住んでいたジョン太は、別に何の感慨もないので、宇宙の田舎者を引率して、さっさとエレベーターに乗った。
 トリコは、何度も来た事がある場所なので、慣れた感じで後に続いた。

 三人を待っていたのは、トリコの予想通り浅間という青年だった。
「久し振りだな…」と、トリコに一言云って、後の二人に目をやった。
「西谷魔法商会では、一番腕利きのコンビだと聞いたが…」
 三人に、向かいに掛けるよう勧めて、自分も座った。
 仕立てのいいスーツをかっちり着込んでいるが、荒っぽい事を生業にしている雰囲気は、消せていない。
 けっこう男前だが、魔法使いでなければ、ヤクザに見えるタイプだ。
「君が鯖丸か。民間のランクSは、今の所国内で四人だけなんだが」
 四人の中には、もちろんトリコも含まれている。
「我々の組織に加入した経歴がないのは、君だけだ。学生だと聞いているが、どうだね、三年ならそろそろ就職活動に入っているはずだが」
「お断りします」
 椅子にかける前に、鯖丸は即答した。
「魔界関係の仕事に就く予定はありません」
「まぁ、気が変わったら、何時でもおいで」
 浅間は、その話は一応終わらせて、三人を見た。
「依頼の内容は聞いていると思うが、トリコが居るのでは、話が変わる」
 顔の前で組んでいた両手を、ぐっと握った。
 両手の指に、シルバーのリングがはめられている。
 お洒落もあるだろうが、明らかに魔力を増幅させるアイテムだ。
「めんどくせぇんだよ、トリコ。何時まで俺の邪魔をする気だ」
「別に。貴様にやましい所があるから、邪魔だと思うだけだろう」
 クッションの効いたソファーに深くかけて、トリコは鷹揚に言い放った。
「それより、仕事の話をしようや、龍ちゃん」
 姐さん、かっこいいー。
 ジョン太と鯖丸は、同時に思った。
 浅間は、舌打ちしたが、話を続けた。
「ハンニバルを確保しろ。中身も同時にだ。生きていても死んでいてもかまわんが、確実にだ。
 ただし、トリコから聞いた話はオフレコだ。情報が漏れたら、只では済まないと思え」
「ええー、何の話ですかぁ。俺、バカだからわかんないー」
 鯖丸は、憎らしい感じで言った。
 こっちの仲間じゃなかったら、殴り倒したくなる口調だ。
「挑発すんなよ。大人の対応で行こうぜ」
 ジョン太は、その気もないのに一応なだめた。
「まぁ、そっちが法規を越えて仕掛けて来るんなら、こっちもそれなりの対応はさせてもらうけどね。昔のコネも色々あるし」
 浅間は、少しの間、黙り込んだ。
「何で、お前みたいな奴が、ここに居るんだ。魔法も使えないくせに。
 木星戦争の英雄も形無しだな、ウィンチェスター中尉」
「そんな大昔の話、持ち出すなよ」
 ジョン太は、浅間の言葉をさらっと流した。
「依頼者の秘密は守る。仕事もきちっと片付ける。それ以外に何か希望があるか」
 ジョン太に睨まれると、けっこう怖い。
「特にないが、契約書にサインしろ」
 浅間は一瞬怯んだが、テーブルの上に置かれた書類を差し出した。
 ジョン太は、さっと雑に目を通してから、首を横に振った。
「十四行目と三十六行目を書き直せ。ふざけてるのか、お前ら」
 書類を投げ返した。
「依頼者にそういう態度は、良くないと思うが」
 浅間は言い返した。
「このまま通すなら、出る所出るぞ。告訴社会で育ったマイノリティーをなめるな。たちの悪い人権擁護団体や弁護士なら、山程知り合いが居るぞ」
 はったりかも知れないが、本当に居そうで怖い。
「くそっ、ハイブリットがいい気になりやがって」
 浅間はうなった。
「はい、今の録音しちゃった」
 ジョン太は、ケータイをかざしてにやーと笑った。
「訴えたら、勝てるよ?」
「相変わらず、詰めが甘いなぁ、龍ちゃん」
 トリコは、気の毒そうにため息をついた。
「ま、仕事はちゃんとやるから」
 ジョン太は言った。
「口出しはしないで、金だけ出せや」
 物凄く悪い笑顔だ。
 根性の悪さでは自信のあった鯖丸も、ちょっと引いた。
 やっぱ、ジョン太ってすげぇな…と、思った。

 公認魔導士の事務所を出た所で、ジョン太ははぁーとため息をついた。
「やっぱり、繊細な俺には、こういうの向いてないんだよなぁ」
「繊細という言葉の意味を、今ちょっと考えてる」
 鯖丸は言った。
「お前の百倍くらいは繊細だよ」
 ジョン太は反論した。
「大体、あの部屋の中、全員トリコの穴兄弟じゃねぇか。引くわ、そんな設定」
「穴とか言うなー、棒のくせに」
 トリコは、言い返した。
「そうだったのかー」
 鯖丸は、今頃気が付いた。
「どうせ、てめぇの男の数え方は、一本、二本だろうが」
 最低な反論をしたジョン太は、鯖丸がまた、変な方向へ暴走し始めたのに気が付いた。
「じゃあ、あいつもライバル決定でいいんだね」
「誰彼構わずライバルにするな。あんな奴、とっくの昔に切れてるよ」
 トリコは言った。
「昔は私もさ…若かったから、あんな奴でも、ちょっと男前だというだけで、いい気になってたんだ」
「俺だって、そこそこかっこいいよ」
 バカは、張り合うつもりだ。
「うん。お前は、スタイルもいいし、背も高いから、遠目にはかっこいいよ」
 トリコは、妥協案を出して来た。
 遠回しに、顔が残念だと言っている。
「よーし、かっこいい俺参上」
 変なポーズまで決めている。ていうか、人の話は最後まで聞け。
 バカは放っておいて、トリコはちょいちょいと合図して、ジョン太をかがませ、耳元で言った。
「浅間の動きには、注意しててくれ。仕事の事もだが、あいつ鯖丸を強引にスカウトするつもりかも知れん」
 ジョン太は、ちらりとバカを見た。
「欲しいか?あんなバカ」
 言ったものの、自分が政府公認魔導士の要職にあったら、絶対欲しい人材だ。
「トラブルを起こして学校に居られなくしたり、就職先つぶして回ったりくらいは、平気でやる奴だ」
「まぁ、あれもバカだけど、その辺はけっこう機転が利くから、大丈夫だとは思うが」
 ジョン太は、振り返って鯖丸の肩をぽんと叩いた。
「色んな奴に狙われて、人気者だなぁ、お前」
「え…何が」
 バカは怪訝な顔でたずねた。

 喫茶店には、エンマ君とヨシオ兄さんが来ていた。
 他にもう一人、ねずみ色の「背広」としか表現しようのないスーツを着た、小柄で地味な男が座っている。
 髪の毛をびっちり七三に分けて、黒縁の眼鏡をかけている。
 あまりにも没個性なので、かえって目立つ男だ。
 若いのか年寄りなのか、それさえ分からない。
「こっちや、こっち。早よ座り」
 サリーちゃんが、立ち上がって大げさに三人を呼んだ。
 まだ若いのに、動作がすっかりオーサカのおばちゃんだ。
 席に着いたジョン太とトリコは、コーヒーとカフェオーレを注文した。
 鯖丸は、メニューを広げて思案している。
「ええと…ホーレンソウとベーコンのパスタと、エビピラフと、それから…」
 テーブルの下で、トリコに向こうずねをがすっと蹴られた鯖丸は、我に返って言い直した。
「あ、今のなし。ミルクティー。アッサムで」
 お上品な注文に変えて、残念そうにメニューを閉じた。
「ジョン太は知ってる思うけど、二人は初対面やな。こちら、マイティーマウスの海老原さん」
 ヨシオ兄さんが紹介した。
「どうも」
 地味な男は、軽く頭を下げた。
 トリコと鯖丸も、それに習った。
「トリコです。こっちは鯖丸」
「海老原です。本名やないから、魔界でもこの名前で呼んでください」
「海老原さん、本社で社長の次に偉い人だから」
 ジョン太が小声で二人に教えた。
 とてもそうは見えない。
 今度の仕事は、ヨシオ兄さんが仕切っていると思っていたが、海老原さんが出て来ているという事は、本気の大仕事だ。
「ハンニバルが、今朝九時頃、十三大橋のゲートを通過して魔界に入りました」
 海老原さんは言った。
 新しい情報だ。
「正規のルートでですか?どうやって」
 ジョン太はたずねた。
「公認魔導士やった頃のパスポートを所持していた様ですね。外界の国際パスポート程、チェックは厳しないですから」
 トリコの様に、正式に辞める場合は、公認魔導士のパスポートを返却して、一般で取り直す事になるが、行方不明になっていたハンニバルは、当時のパスポートをそのまま所持しているらしい。
 たいがいのゲートでは、係員はパスポートの詳細まではチェックしないのが常だ。
「私らも、午後から魔界に入ります。皆さん、十二時までに準備を整えて、ゲートの前に来てください」
 カップの底に残った紅茶を飲み干して、海老原はクラッチバックを片手に、席を立った。
「昼食は、打ち合わせを兼ねて、向こうで取りますんで」
 鯖丸の方を、ちらと見た。
「それまで、あんまり買い食いとか、ひらい食いとか、せんように」
 いくら食い意地の張った鯖丸でも、ひらい食いはしないと思う。
 海老原は、その場で何秒か立ち止まっていたが、ため息をついて伝票を手に取った。
「田舎の人は、誰も突っ込んでくれん」
「ええ?今の、突っ込む所だったんですか」
 鯖丸は驚いた。
 ここで驚いたら、普段日常的にひらい食いしてるみたいじゃないか…と、ジョン太は思った。
 いや…それに近い事は、しているかも。
「すいません、こいつ天然ボケなんで」
 どうして、オーサカ本社の人間と付き合うには、お笑いのスキルが必要なんだー…と、釈然としないままジョン太は言い訳した。
 アメリカ人に関西のお笑いを強要する、本社の芸風が、理解出来ない。
 そこそこ付き合えている時点で、もうすっかり同類…というか、本社の誰も、ジョン太が日本人じゃない事なんか、認識していない事実を、本人は知らなかった。
 関西人にとって、関西人以外は、外人と同じなので、些細な問題だ。
「あ、海老原さん。病院行くなら、僕も行きますから」
 ヨシオ兄さんは、あわてて席を立った。
「病院って…?」
 今朝既に、病院のお世話になった鯖丸は聞いた。
「ハルオ兄さんと、キャットさんが、入院してるから」
 エンマ君が、説明してくれた。
「キャットさんは、海老原さんの相方で、奥さんやね」
 本社の怪我人は、軽傷のエンマ君を除けば、その二人らしい。
「僕らも行くけど、君らはどうする?」
「ああ、行きます。ハルオ兄さんは、俺が怪我した時、応援で来てくれたから、挨拶くらいはしておかないと」
 鯖丸は言った。
 ジョン太もうなずいたので、ハルオとは全く面識のないトリコも、同行する事になった。

 病院は、梅田から三駅離れた場所にあった。
 十キロ以内は徒歩圏内だと言い張る鯖丸には、公共の交通機関を使わなくても行ける、全然近所だ。
「田舎の人は頑丈やねぇ」と、サリーちゃんは言った。
「頑丈なのは、こいつだけだから」
 ジョン太は、説明した。
「普通の田舎人間は、車がないと生活出来ないから、些細な移動にも車を使い続けて、足腰弱ってる。
 都会の人の方が、駅まで歩くから、まだ丈夫だ」
 徒歩五分の場所にも、車を出すのが田舎人間の特徴だ。
 エンジンをかけて、車を出して駐車場に入れる手間を考えたら、絶対、歩いた方が早いのだが。
「うちの嫁なんて、最近十分以上、歩いた事ないと思う」
「歩けや、十分くらい」
 ヨシオ兄さんに怒られた。
「ナースだから、仕事中はいっぱい歩いてると思うよ」
 ジョン太は言い訳した。
「お前ん所の嫁はん、ナースやったんか」
 ヨシオ兄さんは、意外そうに言った。
 秘密ではないが、誰も聞かないから、特に公表はしていない。
 病院関係には詳しそうなジョン太と、地球に来て以来、低重力症と、解離性同一性障害の治療で、病院からは縁の切れなかった鯖丸は、病院内の構造に慣れているらしい。
 初めて来る病院内で、迷わず受付で聞いた場所に近付いた。
 ヨシオ兄さんは「わし、ダンジョン苦手やねん」とか言って、何度も来た場所で迷いそうになっていた。
 近付いた所で、鯖丸は顔をしかめた。
 重症患者しか扱わないエリアに、入ってしまったからだ。
 そんなひどい怪我人が出たとは、聞いていなかった。
「あの…これ、集中治療室…」
「集中せんと、治るもんも治らんやろ」
 気合いを入れればカメハメ波が出せると言い切る小学生と、同じレベルの事を、ヨシオ兄さんは言い切った。
 賛成してあげたいが、集中治療室に入る様な人に、精神論は通用しない
「ええかげんにせぇや。わしをピン芸人にするつもりかぁ」
 ヨシオ兄さんは悪態を付いたが、ベッドの上で寝続けている男は、何の反応も無い。
 ハルオさんって、こんな顔だったかなぁ…と、鯖丸は思った。
 全然記憶がない。
 海老原さんが、別の病室から出て来た。
 普通の入院患者が居る部屋だ。
 キャットさんとかいう人は、ハルオ兄さん程重傷ではないらしい。
 皆で見舞いに顔を出そうとしたが、海老原さんは止めた。
「うちの奥さん、人見知りでしてね。お気持ちだけありがたくいただきますわ」
 じゃあ行きましょうかと言って、病院の廊下を、先に立って歩き出した。

 ハルオ兄さんが、思っていたよりひどい状態だったので、鯖丸は少しショックを受けた様子だった。
 危険な仕事をしている自覚はあったのだが、今まで、周囲で死にそうな怪我人が出た事は無かったし、魔法でどうにかなると思っていたのだ。
 海老原さんに、電車で行くか、車に同乗して行くか聞かれた時も、ぼんやうなずいていたので、電車組に組み込まれてしまった。
 本人的には、きっと歩いて行くつもりだったに違いない。
 電車は、魔界の中で降りるチケットだけ、通り抜けて向こう側の外界に出るチケットと、購入方法も手続きも違っていた。
 手続きが終わるのを待っている間に、トリコは「ちょっと…」とか言って、駅中のテナントを見に行ってしまった。
 けっこう有名なブランドや、老舗の菓子屋等も入っている。
「女性の買い物は、長いですからねぇ」
 海老原さんはため息をついたが、トリコは五分くらいで戻って来た。
 ドラッグストアの袋と、可愛いリボンの付いた、クリスマスっぽい紙袋を持っている。
 紙袋の方を鯖丸に「はい」と言って渡し、ドラッグストアの袋は、自分のショルダーバッグに仕舞った。
「えーと、何」
 渡されたうすっぺらい袋を、鯖丸は怪訝そうに見た。
 軽くて柔らかい。
「お前、いつも薄着で、襟のない服ばっかり着てるだろう。巻いとけ」
 袋を開けると、芥子色のマフラーが入っていた。
「わぁ、もしかしてクリスマスプレゼント?初めてもらった」
 すごく嬉しそうな顔で、首に巻いている。
 通常の女は、ドラッグストアに買い物に行くついでに、五分でクリスマスプレゼントを買ったりはしないと思う。
 単に、勘違いでラッピングされたんじゃないのか…と、ジョン太は思ったが、トリコのやる事なので、本当の所は分からない。
「ええ品ですね。カシミヤやないですか」
 海老原さんは誉めてから、関西人が必ず言うセリフを口にした。
「で…なんぼしました?」
「50パーオフから、更に千円引き」
 トリコは、勝ち誇った様に言った。
「そゆこと、もらった本人の前で言うなよ」
 ジョン太は止めたが、本人は気にしていない様子なので、生暖かく見守る事にした。

 電車は、川を越えて魔界の外縁に入った。
 四国の魔界と違って、都市部にある為か、出現したのが二十数年前と、比較的新しいせいか、随分様子が違う。
 外界には持ち出せない武器や備品の保管は、倉庫にあたる様な建物は無くて、普通にビルの一角を借りているらしかった。
 別に、魔界関係の業種がテナントに集まっている訳でもなく、上下をお好み焼き屋と美容院に挟まれた、良く分からない構成になっている。
 鍵を開けて中に入ると、十畳間二部屋程の室内は、様々な荷物や備品で半分方埋まっていた。
「狭っ」
 土地が余っている田舎の倉庫の様には、いかない様子だ。
 入り口近くのスチール机に、中四国支所からの荷物がきちんと乗っていた。
 陸路を来たので、船に乗った人間より先に届いている。
 ジョン太は、箱を開けて荷物のチェックを始めた。
 鯖丸の刀がかさばるので、嫌に縦長い段ボール箱から、見慣れた装備が取り出された。
 一通り点検したジョン太は、普段地元で仕事をする時と違って、服は着替えないで装備だけ身に着けた。
「おーい、所長が延長ケーブルまで送って来てるぞ。お前これ、持って行くのか?」
 どちらかというと、送ってくれたと云うより、詰め物の代わりにされていたケーブルの束を、ジョン太は取り出した。
「ううん、必要だったら取りに戻るよ。変換プラグだけ持ってく」
 さすがに十メートルもあると、ケーブルも相当かさばる。
 変換プラグの入ったケースをポケットにねじ込んで、鯖丸は刀を背負った。
 海老原さんは、特に装備品は使わないタイプの魔法使いらしく、入り口の近くで待っていた。
 トリコが、奥で着替えて来ると言うと「では、外で待っとりますよ」と、出て行った。
 中々紳士的だ。
 ジョン太と鯖丸も外の廊下で待っていると、身支度の早いトリコは、すぐに出て来た。
「ほな、下の店に行きましょか。みんな待っとります」
 海老原さんは、先に立って階段を下りた。
 
 一階のお好み焼き屋に、サリーちゃんとエンマが席を取って、既に何か焼いていた。
 ヨシオ兄さんの姿が見えない。
「兄さん、先に行って痕跡を見付けて来る言うてな」
「ああ、彼は追跡系の特殊スキルを持ってますから」
 ジョン太は知っていたが、海老原さんは鯖丸とトリコに説明してくれた。
「お昼を食べて、吉報を待ちましょ。ああ、お姉さん、ネギ焼きお願いします」
「俺もネギ焼き」
 ジョン太は、便乗した。
「豚キムチ焼きそば」
 トリコは言った。
「えーと、豚玉そば入り。大盛りって出来るの?」
「出来ますよー」
 店のお姉ちゃんは答えた。
「じゃあ、それとごはん」
 鯖丸、食う気満々だ。
「ごはんは普通でいいからねー」
 そんな事、別に念を押さなくても…。
「相変わらず食うね、君」
 エンマ君はぼやいた。
「何言ってんだ。君、弱った怪我人の状態のこいつしか、見てないだろ」
 ジョン太は言った。
「これでも最近、少し小食になったんだよ」
「うわー、体育会系って、怖っ」
「普通だよ、これくらい」
 鯖丸は、ぶつぶつ言った。
 腹が減った状態で、目の前で焼いていると、けっこう待ち時間は長いが、いい塩梅だと云う感じで、海老原さんは打ち合わせに入った。
「ヨシオ君が痕跡を見付けて来たら、追跡に入りますが…」
 中四国支所からの助っ人三人を、一人一人見て、話を続けた。
「正直、ハンニバルの確保は、君ら三人でやってもらわんとあきません」
 その為に呼ばれたのは、充分に分かっていたので、三人はうなずいた。
「あれは、ハンニバル本人の物質系魔法と、殿の弟子とか云う異界人の、空間操作魔法を同時に使います。
 どない早よ動いても、距離を詰められて、お手上げですわ」
 海老原さんの二つ名、マイティーマウスは、伊達ではない。
 破壊力では鯖丸の方が上だが、純粋にスピードだけなら、海老原さんが圧勝だ。
 魔力ランクはA3(ランクA中、五段階で)だが、スピードのある魔法使いは使い勝手がいいので、ランクSと互角に戦えるランクAとして、けっこう有名だ。
 それが、お手上げだと言っている。
 船の上で、すべる様に移動して来たハンニバルを思い出して、鯖丸はぞっとした。
 外界では、魔法が使えなくても対処出来る範囲内だったが、魔界であれが、どの程度の距離を操作して縮めて来るのか、予想が付かない。
 たぶん、ジョン太なら対応出来るだろうけど…。
 目が合うと、ジョン太は少し、居心地の悪そうな顔をした。
 ジョン太はジョン太で、何か考えている事があるらしい。
「あのー、こんな時、悪いんだけど」
 皆を見て、ジョン太は言った。
「今の戦力じゃあ、収拾がつかない様だったら、俺、魔法使える様にするから」
 ジョン太が魔法を使えない事は、皆、知っていた。
 この業界内では、けっこう有名だ。
「ちょっと時間くれ」

「ジョン太、自分の言ってる事、分かってる?」
 鯖丸は聞いた。
「まぁ、お前が分かってる程度にはな」
 ジョン太は答えた。
 先にごはんが来たので、一緒に来た漬け物と、ほぼ焼けた部分のそば入り豚玉をおかずにしながら、鯖丸は言った。
「トリコ抜きでリンク張ったら、絶対暁が出て来るよ」
「出すな。本気になれば止められるだろ?お前」
「まぁ」
 本当に、止められるらしい。それを聞いて安心した。
「何で、この娘とリンクせぇへんの。その方が楽やろ」
 サリーちゃんが聞いた。
「一回失敗してるし、急ぐなら、今はちょっと…」
 トリコは、ぶつぶつ言った。
「本当は、あと四五日余裕あるはずだったんだけど、なんか急に生理になっちゃって」
 一緒に暮らしている鯖丸はともかく、嗅覚が犬並みのジョン太にも、もれなく知られてしまうのが、ちょっと嫌だ。
 まぁ、ジョン太も別に知りたくないのは分かっているので、仕方ないと思うが。
 ていうか、おぢちゃん排卵日まで分かってしまうらしく、今回ちょっとずれ込むのも、事前に知らされてた。
 便利だが、釈然としない。
「日程に余裕があるなら、終わってから…」
「無いよ」
 ジョン太は言った。
「だってあいつ、段々腐って来てるから」

 恐ろしい事を言われて、トリコは固まった。
 体を乗り換えたがっているのは分かっていたが、乗っ取られているとはいえ、ハンニバルが本当に死んでいると宣告されたからだ。
 じゃあ、時々出て来るあの海斗は、誰なんだ…。
 いや…痕跡なのは、ちゃんと分かっていた。
 認めたくなかっただけだ。
 とにかく、ヨシオ君の帰りを待ちましょうと、海老原さんは言って、上品な仕草でネギ焼きを食べ始めた。
 皆が一通り食い終わる頃、ヨシオ兄さんが戻って来た。
「見付けたでぇー。おっ、わしの分も焼けとるやんか」
 席に着こうとしたヨシオ兄さんを止めて、海老原さんは立ち上がった。
「行きますよ」
「殺生な、食わしてくれぇ」
「おっちゃん、これ包んで。それとおあいそ」
 サリーちゃんが、鉄板の隅に焼き上がっているお好み焼きを指差した。
「まいどおおきに」
 サリーちゃんから、五千円札を受け取ったおっちゃんは、小銭を寄越した。
「はい、おつり三十万円」
 大阪のお金の単位が分からない。
 刀を手に取って店を出かけた鯖丸は、ヨシオ兄さんに捕まった。
「わし、これ食うよって、君が運転してくれや」
 ランエボの鍵を渡された。
 スポーツカータイプの車は、運転するのも乗るのも、初めてだ。
「はい…」
 外へ出ると、赤いスポーツカーと、丸っこい小型車が、道端に堂々と路駐してあった。
 周囲は大半がそんな感じで、道路の半分が埋まってしまっている。
 外もそこそこひどかったが、魔界の中なので警察が居ないせいか、無法地帯だ。
 いつも座席の高い四駆にばかり乗っていたので、低い位置の運転席に乗り込もうとした鯖丸は、入り口でしこたま頭をぶつけた。
 普段ならあいたた…で済む所だが、今朝額を縫われたばかりなので、超痛い。
「いやー、君は本当に、おいしいとこしっかり押さえとるなぁ」
 ヨシオ兄さんは、頭を抱えて悶絶している鯖丸に言った。
「天然はずるいで、ほんま」
 欲しかったら、こんなポジション、いくらでも代わってあげるのに…と、涙目になりながら鯖丸は思った。
 どうやら、後ろの小型車は、運転手がエンマ君に決まっているらしく、迷わず運転席に乗っている。
 残ったメンバーをざっと見たヨシオ兄さんは、二つの車に人を振り分け始めた。
「えーと、ジョン太とわしとサリーちゃんはこっち。海老原さんとトリコ姉さんは向こう」
 きちんと中四国支所からの助っ人のデータには目を通しているらしく、トリコが実際は子供ではない事は、分かっているらしかった。
 姉さんと呼んでいるから、意外とヨシオ兄さん、見た目より若いのかも知れない。
「いや、トリコこっち乗れ」
 ジョン太は、トリコとサリーちゃんを取り替えた。
「魔界に入ったら十キロちょっと重くなるだろ。サリーちゃんと海老原さんの方が軽い」
 車の馬力に合わせて、メンバーを振り分けていたらしい。
「お前は、私の個人情報を、何だと思っているんだ」
 トリコは、ジョン太を睨んだ。
「太ってるとは言ってねぇよ。乳が重いだけだろ」
 更にいらん事を言ったジョン太は、殴られた。
 皆で車に乗り込んで、元々は結構広いはずなのに、路駐と不法投棄や変な屋台でごちゃごちゃした道を走り出した。
 四駆と違って、けっこうシビアな設定になっている車を楽々と転がしている鯖丸を見て、安心したらしいヨシオ兄さんは、助手席でお好み焼きを食い始めた。
 後部座席では、携帯が通じる間にと、トリコが由樹に電話をかけている。
「そうか、もう友達出来たんだ。良かったな。…うん、しばらく電話通じないけど、あんまりゲームばっかりして、夜更かししない様にな。…分かった。いつもごめんな」
 電話を切って、ケータイの電源も落として、ポケットに仕舞った。
 境界が目の前にあった。
 人によって、見え方には差があるが、四国の魔界と、基本的には変わらない。
 ただ、市街地を横切って広がっているので、見た目にはかなり違って見える。
 車が境界を突き抜けた。
 いつも通り、トリコの外見が変化した。
 ジョン太と鯖丸は見慣れているが、ヨシオ兄さんは、おお…という顔で、後部座席を振り返った。
「トリコ、頭痛いから、ちょっと治しといて」
 車を運転しながら、鯖丸は言った。
「うん」
 後部座席から手を伸ばして、後頭部に触れた。
 鯖丸は、頭に巻いた包帯とガーゼをむしって、その辺に放り出した。
 それから、車を運転しながら、ポケットから病院で処方してもらった薬を取り出した。
「鎮痛剤入ってるけど、使う?俺、もう要らないし」
「ああ、もらっとこうかな」
 トリコは、薬の袋を受け取って、ちょっと顔色を変えた。
「お前、本名が書いてある袋とか、魔界に持って来るなよ」
「あ、しまった」
 ジョン太が、横から袋を取り上げた。
 中身だけ出してトリコに渡し、手の中で薬局の紙袋をぐしゃりと握りつぶして、ちょっと力を込めた。
 手の平の上で、小さな紙の固まりが燃え上がった。
 あっという間に灰になったそれを窓から捨てて、ジョン太はため息をついた。
「気を付けろよ。ハンニバルに本名知られたら、洒落にならんし」
「いや…ジョン太。あんた今、魔法使こてなかったか」
 ヨシオ兄さんが、驚いた顔で言った。
 魔法が全く使えないのが、ジョン太のいい所でもあるし、欠点でもある。
「本社には報告しとらんやろ。どういう事になってん、あんた」
「微妙」
 ジョン太は言った。
 トリコとリンクを張るのに失敗して以来、本当に微妙な程度の魔法は、使える様になってしまった。
 魔力のランクとしては、最低なので、百均のライターを使った方が大きな火を起こせる程度だ。
 別に、使えても使えなくても、大勢に影響はない。
「微妙でも、魔法使えたら、社長の態度も変わるのに」
 ヨシオ兄さんは言った。
「微妙なら、使えない方がましだ。その分魔法防御が下がってるからな」
 うんざりした感じで、ジョン太は言った。

 車は、市街地を走り続けた。
 助手席でお好み焼きを食いながらナビゲートするヨシオ兄さんの指示で、ランエボはどんどん、魔界の深い場所に近付いていた。
 うっかり、普通に運転していて、後から気が付いたが、後ろに居る丸っこい小型車が、普通にランエボに付いて来ている。
「何だ、あのちっちゃい車。速っ」
 鯖丸はつぶやいた。
「そら速いわ。あれ、アバルトやで」
 ヨシオ兄さんは言った。
「カリオストロの城で、ルパンがカーチェイスしとったやろ」
「ああ、あれ」
 なぜか鯖丸は知っている。
 マイナーコロニーでは、娯楽が少ないせいか、昔のマンガや映画やアニメが、けっこう配信されているのだ。
 リアルタイムの通信と違って、配信に時間がかかっても特に不都合はないので、意外と普及している。
「あの、ターボみたいなやつは、付いてるの?まくるぞーとか言う時の」
「それは、宮崎監督の創作やないかなー」
 ヨシオ兄さんは言った。
「よう知らんけど」
 関西人定番の言い訳を口にした。
 創作なのか改造なのか分からないが、後ろにいるアバルトは、別にターボブースターを発動したりはしないで、それでもランエボについて来る。
 魔界の深い場所に入ると、周囲の風景が変わった。
 もうここは、普通の街ではない。
 見捨てられ、廃墟になった住宅街と、胡散臭い連中が住み着いた繁華街が、モザイクの様に道路の両側に展開していた。
 外縁部に居た観光客も、もう見えない。
 胡散臭いプレイヤーと魔界人だけの、本当の魔界都市だ。
「この辺や」
 ヨシオ兄さんは、指示を出して車を止めた。
 境界からは、もう十キロ近く移動している。
 普通の魔界なら、中心地に入っている頃だが、日本最大の魔界では、まだ中間地点だ。
 ハンニバルの痕跡は、ジョン太にも分かった。
 船で会った時より、ひどい状態になっているが、魔界に入って魔力でコントロール出来る様になったせいか、想像していた程は、腐敗が進んでいない。
 ヨシオ兄さんの特殊能力「追跡」は、ジョン太の様な匂いを追う物理的な物とは違うらしく、左右に逸れているジョン太を無視して、直線コースを辿った。
 ジョン太も、ヨシオ兄さんの能力は分かっているらしく、自分の感覚はとりあえず無視して、後に続いた。
 後ろの車から、海老原さん達が降りて、追いついて来た。
 グレーのスーツを着た海老原さんと、キャバ嬢っぽいサリーちゃんが並んでいると、どこの同伴出勤かと思ってしまう絵面だ。
 魔法陣で車を隠していたエンマ君は、後から走って来た。
 以前魔界で見た、男のエンマ君になっている。
 外では、ざっくり着ていたワンサイズ大きい革ジャンが、ぴったりになっていて、中々かっこいい。
「この辺におるんか?」と、聞いた声も、外とは全然変わっている。
「そのはずやけど…」
 ヨシオ兄さんは、腕組みした。
「近距離の特定は、精度が落ちるから、後はジョン太に任すわ」
「分かった」
 ジョン太は、しばらくその辺をぷらぷら歩いていたが、ふいに手で合図して皆を止めた。
「見つかる。バラけて隠れろ」
「ううん、うちが隠す。集まって」
 サリーちゃんに手を握られたエンマ君と海老原さんの姿が、あっという間に視界から消えた。
 見えない場所から伸びてきた手が、トリコを掴んであっという間に消し去った。
 おろおろしていた鯖丸は、ぐいと後ろに引っ張られた。
 自分の体が、どんどん見えなくなって行く。
「ジョン太も、早よ」
 見えない手がジョン太を触ったらしかったが、微妙に半透明になってから、元に戻った。
「やっぱ、ジョン太は無理やったわ」
 近い場所から、声だけ聞こえた。
 ジョン太は、そんな事最初から分かっていたという顔をして、すっと物陰に隠れた。
 目線の先に、ハンニバルが居た。
 道端にごつい大型バイクを停めて、ぼんやりと空を見上げている。
 何が目的か分からなかったが、こちらに気が付いている様子もないし、寛いでいる感じだった。
 もう少し近付いてみたかったが、自分の体が見えないと、意外に行動が不自由だ。
 おそらく、サリーちゃんから離れると、見える様になってしまうのだろうが、肝心のサリーちゃんが何処に居るのかも、分からない。
 ハンニバルは、周囲をゆっくりと見回した。
 こちらに視線が来た時、ぞっとしたが、視線はそのまま素通りし、ぐるりとビル街を一巡りした。
 それで納得したのか、近くの店で、水と食料を少し買い込み、バイクに跨ってエンジンをかけた。
 死んでいても食事は必要なんだろうか…と、鯖丸は思った。
 殿が、酒を飲んだら酔っぱらっていた様に、何か概念的に必要なのかも知れない。
 ハンニバルが走り去ると、サリーちゃんは皆のステルスを解いた。
 青い顔をして、かすかに震えている。
 ハルオ兄さんが重傷を負わされた時、近くで見ているのだろう。怯えた表情だ。
「穴の方に行ったな」
 ヨシオ兄さんが、緊張した顔で言った。
「俺を乗っ取るのに、都合のいい場所を探してるのかも」
 鯖丸は言った。
「何か、操れる様な物や障害物が多くて、穴に近い場所」
「この先にあるなぁ」
 ヨシオ兄さんは、答えた。
「行ってみるか?」
 あまり気は進まない口調だった。

 更に奥へ進んだ所に、その場所はあった。
 既に大阪府から兵庫県に入っている。
 何か、大きな建造物を建てようとした形跡はあったが、全てが途中で放棄され、積み上げられた資材と、放置された重機が、組み上げられた鉄骨の周辺に点在している。
 目と鼻の先に、異界へ通じる穴があった。
 関西魔界の中心部だ。
 この地域が魔界に飲み込まれた時、工事が中断したのだ。
 魔界の周辺部なら、それなりに住民も居るし、観光価値もあるので工事は続けられただろうが、こんな穴の間近に残っている人間は、ほとんど居ない。
 普通の人間には、住めないからだ。
 魔力の高い人間の方が、魔法防御は低いが、異界に対する耐性は高い。
 それでも、かなりの違和感があった。
 このメンバーの中で、一番魔力が高いのは自分とトリコだという事は、分かっていた。
 自分が違和感を感じるという事は、他の人達は、もっと異常な状態にあるという事だ。
 一番魔力が低そうだったサリーちゃんは大丈夫だろうか…と、振り返って、本気で並外れて魔力が低いのは誰だか、やっと思い出した。
 ジョン太が大変な事になっている。
 元コンビニだった建物の壁にもたれて、変な感じで斜めになっていた。
「何だ、これ。真っ直ぐ立てねぇ」
 重力が、異界の穴にある様な姿勢になっている。
 そのままずるずる、穴に向かって微妙に引きずられていた。
 ジョン太の魔力が低い事は、もちろん分かっていたが、いつも魔力が高い人間以上の事を、さらっとやってのけるので、気を使ったり心配したりする習慣は無かった。
「大変だ」
 ジョン太の腕を掴んだが、ほんの少しずつ、じりじりと穴に向かって引きずり込まれる力は、止められなかった。
 魔力を通して、重力操作で引き戻そうとしたが、全く別の力が働いているのか、ジョン太の体は軽くなったが、止められない。
「トリコ、簡易接続って、どうやるんだ」
 ジョン太の体を抱えたまま、鯖丸はたずねた。
 一時的に魔力を上げれば、こんな状況は、楽に突破出来る。
「私がやろうか?」
 トリコは聞いた。
 鯖丸は、ちょっと考えた。
 実は、生理中の方が、魔力が上がるのだが、動作が安定しない。
 不慣れな自分が接続するのと、どちらが安全か分からない。
「どっちがいい?」
 一応、聞いてみた。
「それは、鰐丸にやらせるのが一番確実だが」
 トリコは、ジョン太にとって大変都合の悪い結論を出した。
「鯖丸だと腰が引けちゃうかも。私がやると、事故る可能性がゼロじゃないし」
「ダメだぁ。トリコでお願いします」
 ジョン太は泣きを入れて来た。
「安全第一。鰐丸、お願い」
 鯖丸は、がしっとジョン太を抱き留めたが、次の瞬間鰐丸に変わっていた。
「いゃーん、ジョン太から呼んでくれるなんてー」
「呼んでねぇー」
 叫んだ次の瞬間に、唇を塞がれた。
 鰐丸の存在を知らなかった本社の人達は、呆然と二人を眺めた。
 鯖丸と鰐丸の記憶は、どの範囲までだか分からないが、ある程度共通らしい。
 簡易接続した時の、トリコとジョン太の状況は理解しているらしく、同じ状態を再現している。
 当時の鯖丸は、理解していなかった様な事まで、鰐丸が把握しているのは、ちょっと驚いた。
 表層に接続して、繋いで引き上げる。
 やっている事は、トリコと同じだが、感触が全然違う。
 というか、同性に抱きかかえられてキスされているという、嫌な状況さえ無ければ、接続自体はトリコより簡単だ。
 あっという間に、以前殿と戦った時より高いレベルまで引き上げられていた。
 世界が一変した。
 穴に引かれる引力が消失し、周囲の空間に対する感性が、格段に鋭くなった。
 ジョン太は立ち上がろうとしたが、その場に膝をついて座り込んでしまった。
 両手で自分を抱えて、体をくの字に曲げたまま、俯いている。
「どうした、ジョン太」
 鰐丸が、ジョン太の肩に手をやって、顔を覗き込んだ。
 毛皮のせいで顔色は分からないが、辛そうな表情だ。
「気持ち悪い…」
 ジョン太は言った。
「そこまで?傷付くなぁ」
 鰐丸はつぶやいた。
「お前のせいじゃねぇよ。魔力が上がったから、たぶんすぐ治る」
 鰐丸に肩を借りて、無理に立ち上がった。
「大丈夫か?気持ち悪いなら吐いた方が楽になるけど」
 肩を貸したまま、ジョン太の背中をさすりながら、鰐丸は言った。
 何時になく嫌がられないでジョン太に触れるので、ワニ君大喜びなはずだが、本気で心配そうな顔になっている。
「断る」
 おぢちゃん見栄っ張りなので、これ以上人前でかっこ悪い所は見せたくないらしい。
 鰐丸の手を振り払って、普通に立ち上がり、周囲を見回した。
「二キロくらい向こうに、ハンニバルが居る」
 何だか把握出来ない状況になっていたので、呆然としていた本社の人達は、はっとした様子だった。
「あのバイクなら、二三分で来る。安全圏に出て、隠れよう。ここなら…」
 ジョン太は、周囲を見回し、離れた場所にある廃ビルの一つを指差した。
「あれがいい。先に行ってくれ。俺は、この辺ちょっと調べて追いつくから」
「ジョン太が言うならそうするけど、大丈夫なんか」
 ヨシオ兄さんは聞いた。
「行きましょう」
 海老原さんが皆をうながした。
「急がな、二三分ではあの場所まで行けませんよ。君も…」
 変わってしまった鯖丸を、どう呼んでいいのか分からないらしく、そこで言葉を止めた。
「一緒に来なさい」
「嫌だね」
 鰐丸は、ジョン太の腕をぎゅっと掴んだ。
「俺は、ジョン太と一緒に、後から行く」
「ハンニバルに見つからないで追い付けるなら、それでもええですよ」
 海老原さんは言って、皆を促して歩き出した。
 実際には、マイティーマウスの能力を使えば、二三秒で廃ビルまで着けるだろうが、全員を運ぶ力はないので、皆に合わせて歩いている。
 瓦礫や廃材で、周囲の地面は荒れている。
 直線距離を行けないので、本当に二三分かかりそうだ。
 ジョン太は、穴の周辺を素早く移動して、時折屈み込んで何かしていたが、ふいに立ち止まって聞き耳を立て、鰐丸の所まで戻って来た。
「すぐ来る。行くぞ」
 鰐丸を抱え上げて、移動しようとした。
「ジョン太、無理しちゃって」
 鰐丸は、自分からジョン太の手を離して、地面に降りた。
「普通なら、まともに立ってられないだろ、それ」
 心配そうな鰐丸の表情の向こうに、鯖丸がちらりと見えた様な気がした。
 意地を張るのは、止める事にした。
「腹の中掴んでかき回されてるみたいだ。けっこうひどい」
 普通に、状況を説明した。
「でも、お前一人ぐらい連れて移動するのは、無理じゃない。魔力が上がってる間に、これも回復出来る」
「分かった。でも、こっちの方が楽だろう」
 いきなり、抱き上げられた瞬間、加速した。
 鰐丸の魔法が、鯖丸とは全く違う事は、何となく分かっていたが、どう違うのかは理解していなかった。
 こいつの魔力は、ハンニバルや所長と同じ、物質操作系だ。
 個人的な特能としては、瞬間移動が使える。
 殿と戦った時には、まだ技術的に荒削りだったのか、普通に速い攻撃にしか見えなかったが、一緒に移動すると、空間がスキップされているのが分かる。
 あっという間に、先行していた皆に追いついた。
 皆の少し後ろでジョン太を降ろした鰐丸は、瞬間移動でちょっと変な風にねじれてしまった服を整えた。
 遠くで、大型バイクのエンジン音が聞こえた。
 もちろん、ジョン太にはとっくに聞こえていたのだが、普通の人間に聞き取れる距離になったのだ。
 けっこう近いはずだ。
「早く行こう」
 鰐丸は、ジョン太の手を取って、歩き出した。
 魔力が上がっているせいか、鰐丸の考えや感情が、微妙に繋いだ手から伝わって来る。
 ちょっとエロい事を考えている様子だが、大半は無条件の好意と信頼なのが意外だった。
 自分が、そんなに他人に好かれるタイプだとは思った事も無かったし、大体、鰐丸とはそこまでの接点もない。
 そんな事をぼやぼや考えていたら、歩みが鈍くなってしまったらしい。
 追い越して、顔を覗き込まれた。
「何、やっぱり抱っこして連れて行って欲しい?」
「絶対断る」
 ジョン太は、走り出した。
「もう、意地っ張りなんだから」
 鰐丸は、ジョン太の後を付いて走った。
「そこが可愛いんだけど」
「可愛いとか言うなー。お願いします」
 早速泣きが入った。
 皆で廃ビルに身を隠したほとんど直後に、ハンニバルが現れた。

「帰ってください、ほんとに」
 ジョン太は、鰐丸を拝んだ。
 元何かのオフィスだったらしい、二階の部屋で、皆はジョン太と鰐丸を囲んでいた。
 ハンニバルは、穴の近くにバイクを停めて、のんびりした感じで寛いでいる。
 キャンプ用のカセットガスストーブで湯を沸かして、わざわざ豆を挽いて入れたコーヒーを飲んでいる。
 くつろぎ過ぎていて、何となく憎い。
 こっちは、こんな場所で何時間も過ごす予定は無かったので、皆軽装だ。
 食料どころか、飲み水もほとんど持っていない上に、サリーちゃんは、タイツは履いているとはいえ、ミニスカートでハイヒールだ。
 関西魔界での仕事は、普段なら冬場でも、これで事足りるのだろう。
「いっぺん戻った方がええな。少なくとも、ここでハンニバルを長時間見張るのは、無理や」
 ヨシオ兄さんは言った。
「我々が、いずれは接触せざるを得ないのを知って、待っとるんでしょうが」
 海老原さんは、言った。
「もうちょっと離れたいですね。暗なったら、移動しましょか」
 それから、鰐丸に向かっていつも通りの冷静な口調で言った。
「早よ鯖丸君に戻ってもらわんと、困るんですが」
「勝手に呼んでおいて、用が済んだらすぐ帰れかよ」
 鰐丸はぶつぶつ言った。
「どうせ、ジョン太の簡易接続は、あと五分ぐらいで切れるから、それからでいいだろ」
「あ、しまった」
 トリコが、急に気が付いた様子で言った。
「簡易接続が利いてる間に、ここから離れないと、ジョン太がまた、大変な事になるぞ」
「早く言え、そう言う事は」
 一時的に魔力が上がって、違和感も不快感も感じなくなったせいで、本人もすっかり忘れていたらしい。
「車を隠してある場所に戻る。近くに会社の常宿があっただろ。あそこで連絡取れる様にしとくから」
「俺も行く」
 鰐丸が、刀を掴んで立ち上がった。
「囮のお前が別行動して、どうするんだ。皆と一緒に居ろ」
 ジョン太は、命令口調で言った。
 鰐丸は、ちぇっという顔をして、あっという間に鯖丸に戻った。
「えーと」
 皆が注視しているのに気が付いた鯖丸は、開き直った。
「まぁ、大体こんな感じなんで、俺」
「魔力が高いと、色々大変なんや」
 エンマ君はうなずいた。
「魔力の高さとは関係ないよ」
 同じランクSのトリコは、否定した。

2009.2/24up










中途半端な後書き
 前回、予定していた所で切れなかったので、vol.3がこの辺になってしまいました。
 久々に出て来た暁(鰐丸)が、だんだん『大阪豆ゴハン』のキビマキに似て来る怪現象はさておき(置くな)ジョン太も覚悟完了しているので、次回はやおいです。
 わたくしは、昔、聖闘士星矢の同人をやってた頃ですら、やおいは一切やらなかったのですが、皆が期待しているとやりたくないけど、誰もが嫌がってると書きたくなる悪癖発動。
 次回、誰も望んでない、どうでもいいやおいです。

次回予告
 ジョン太が魔法使いになる為に、次回、やおい編に突入。
 それでいいのか、二人とも。
 vol.1では良く分からなかったジョン太のトラウマ映像の全貌が出ます。

おまけ
 悪魔召還士的なあれ。串カツじゃあ、悪魔は召還出来ません。

大体三匹ぐらいが斬る!! back next

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