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再び、三匹ぐらいが斬る!! back next



再び、三匹ぐらいが斬る!!

主な登場人物(別窓で開きます)


1.それなりに幸せな生活 (vol.5)

 船内は真っ暗だった。
 照明設備はあるが、通常は点灯していない。
 スーツのヘッドランプを頼りに、狭い通路を進む。
 巨大なエンジンを横目で見ながら、前方にあるはずのハッチへ向かった。
 魔界では、計器の類が正常に作動しない。
 目視されない限り、侵入には気が付かないはずだ。
 暗闇で、狭い場所での移動は、神経を使った。
 フリッツと、ハイブリットのウサギ姉弟は、おそらくアウラと鯖丸より、随分周囲が見えているのだろう。
 フリッツが先導し、バニーとピーターがアウラと鯖丸の手を引いて、暗く狭い作業用の通路をゆっくり進む。
 頭の中に描いた図面を照らし合わせて、そろそろエアロックだと判断する。
 燃料系統の配管を避けて、狭い場所を体をかがめてくぐり抜け、ステップを上り下りした。
 バニーが、ヘルメットのシールドを軽くノックして、頭上に障害物があるのを報せる。
 前方のアウラは、小柄なので普通に通り抜けていたが、自分は屈まなければ頭をぶつける所だった。
 有線接続していないので、礼も言えない。
 前方でフリッツが立ち止まる気配がした。
 ごつ…と、シールドがぶつけられる。
「エアロックを開ける。耐衝撃姿勢」
 バニーの声が、接触したシールド越しに聞こえた。
 前方からの伝言ゲームだ。
 魔界で、エアロックがどんな状態になっているか分からない。空気が吹き出して来る可能性もある。
「了解」
 最後尾で鯖丸は身構えた。
 エアロックは、スイッチが死んでいたらしく、フリッツが手動で開けた。
 細い隙間から、眩しい光が漏れ出した。
 エアロックの機能は生きている様子だ。
 ただ、スーツもエアロックのパネルも、エラー表示で計器類が働かない。
 『emergency』と書かれた壁面を開き、手動操作で室内に空気を満たす。
 正常に作動した。
 吹き出して来る気体の流れが見える。
 フリッツが、スーツの腕に付いたポケットから、アナログのテスターを取り出そうとしている。
 まだるっこしいので、その場でシールドを開けた。
 シールドの向こうで、フリッツが何かわめいてから、こちらが無事なのに気が付いて、首のスイッチを引き、シールドを開いた。
「無茶するな。呼吸可能かどうか、分からんだろうが」
「分かるよ。俺、大気操作系の魔法使いなの、知ってるだろ」
「だからって、大気の組成まで分かるのか」
「何となく」
「何となくでシールド開けるな。宇宙育ちのくせに」
「ダメそうだったら、閉じればいいと思って」
 ハイジャック達がトラップでも張っていない限り、この場で出て来るのは仕様上呼吸可能な大気だ。
 もしここでダメなら、船内にいる者達も高確率で生存出来ない。
「やっとこれ、脱げるのかよ」
 ピーターが、うんざりした顔でシールドを開き、ヘルメット部分を後ろに倒した。
 長い耳を出して、何度か振った後、ずっと握っていたアウラの手を離した。
 アウラとバニーも、シールドを開く。
「隊長、それもちゃっちゃと開けちまってくれ」
 船内に続くドアを指さして、バニーはフリッツに言った。
「はいはい、指揮官は名目だけの雑用ですから」
 文句を言いながら、フリッツは船内通路側のドアをこじ開ける。
 意外と簡単に開いた。
 暗闇に慣れていた目には眩しいと感じたが、灯っているのは非常灯だった。
 船内通路の向こうも、同じ状況だ。
 手動でエアロックを閉じ、長い通路を見た。
 客室は上の階層で、ここは乗務員しか入れないスペースだ。
 人の気配は、周囲には無かった。
「この先に客室乗務員のバックヤードがある。そこまで移動して、スーツを脱いで上に上がる」
 フリッツは言った。皆はうなずいた。

 宇宙船の乗務員は、客よりも遙かに乗船時間が長い。
 だから、内装は質素だが、充分な休養が取れる構造になっている。
 スーツをこの場で脱いで、客室乗務員用の個室に隠して行く予定だった。
 カプセルホテルが四つ並んだ様な構造が一部屋になっているはずだ。スペースには余裕がある。
 引き戸になっているドアを開けた所で、当の乗務員を発見した。
 旅客船の制服を着た女が二名、テープで拘束されて、二段ベッドの梯子に括り付けられていた。
 二人とも、怯えた表情で体を捻る。
 悲鳴を上げそうな二人を、口元に指を当ててフリッツが制した。
「国連宇宙軍です。救助に来ました」
 二人の表情が動いた。
「ここに居るのはあなた方だけ?」
 二人はうなずいた。
 涙目になっているが、さすが宇宙船のフライトアテンダント。訓練を受けているせいか、取り乱して騒ぐ様な事は無い。
「乗客のお世話に、三名が客室に残されました。後の乗員は皆拘束されているはずですが、何処に居るのかは分かりません」
「脱出用のシャトルと宇宙服は、全部押さえられています」
「分かった。連中がここまで見回りに来る可能性は?」
「分かりません」
 フリッツは、あっという間に宇宙服を脱いだ。
 持って来た装備を取り外し、床に放り出す。
「済まん、お前も脱げ」
 鯖丸に命じた。
 意図が分かった。
 ピーターは、転送で外へ出る為に、スーツが必要だ。
 残りは、バニーとアウラと鯖丸。
 万一の時、スーツが無くても生存の可能性が高いのは自分だ。
 うなずいて、スーツを脱いだ。
「これを着て外へ出ろ。船尾の点検口から出れば、直ぐに保護してもらえる。ここであった事は、なるべく詳細に報告してくれ」
「はい」
 小柄な方の乗務員がうなずいてから、聞き返した。
「でも、あなた方の脱出は?」
「俺達は魔法使いだ。心配しなくていいんだよ」
 言おうと思っていた事を、先にピーターに言われた。
 そのまま、勢いでスーツを脱ぎそうになるのを、バニーが必殺パンチで止めた。
「お前はもう一回外へ出るだろうが。その場のノリで行動するな」
「痛いよ姉ちゃん」
 スーツ越しでも痛いらしい。
「私もこれ、脱いでいいかな」
 アウラが言った。
「このままだと、まともに魔法使える自信ないの」
「アウラとバニーは、この場にスーツを確保。ピーターは現状のままで上階層に移動する」
 フリッツの言葉に皆はうなずいた。

 女子四人を、狭い客室乗務員の部屋に残し、野郎三人は廊下に出た。
 アンダースーツの上から、持って来た私服を着て、装備を調える。
 上着の後ろにごついサバイバルナイフを隠したフリッツは、スーツから外した腕時計を付けた。
 鯖丸もそれに習う。
 パッキングを開いて、刀を取り出す。
 愛用していた刀を、二年振りに魔界で握った。
 かすかに、他人の魔力の気配が残っている。
 ああ、所長とジン君がたまに使ってたな…と分かる。
 そう云えば今の所長はジョン太だと聞いたけど、所長はどうしているんだろう。
 転勤だろうか。
「おお、サムライソードじゃねぇか。イカス」
 ピーターが、横合いから覗き込んだ。
「ねぇねぇ、後で触らせてくれよ。いいだろ」
「いいよ。後でなら」
 武器は使い回すのが当たり前の民間会社で魔法使いをしていたから、特に他人に触られる事には頓着しない。
「なぁ、あんたニンジャなのか。そうなんだろ」
 外人って、どうしてこんなに忍者が好きなんだ。
 めんどくさいので「そうだよ」と言っておいた。
 乗務員室のドアが開いた。
 バニーとアウラと、スーツを着た乗務員二人が出て来る。
 客室乗務員の片方は、アウラのスーツを着ていた。
 何んで…と言いかけるフリッツを、アウラが止めた。
「この娘、体格が違いすぎるから、私のじゃないと無理」
 乗務員二人の体格は、かなり違っていた。
 一方は、背の高い白人だが、もう一方は小柄な東洋人だ。
 汎用性の高い簡易スーツならともかく、個人で調整が必要な中装備のスーツでは、体格に合わないと動作が制限される。
 アウラの危険度が増す事を除けば、正しい判断だった。
「問題ねぇだろ、俺が外に送って、直ぐにスーツだけ回収してやるよ」
 ピーターが、ヘルメットを戻して、シールドだけ開いた状態にしてから言った。
「この先何度も転送する事になる。大丈夫か?」
「そんなヤワだったら、ここに来てねぇよ」
 軽く言って、シールドを閉じた。
 乗務員二人の腕を掴み、その場からかき消える。
 ピーターの居た場所に、薄いもやの様な物がゆらめきながら残り、しばらくしてそれも消えた。
「雑なジャンプしやがって」
 バニーが舌打ちしてから、フリッツに言った。
「あいつは見ての通りアホだが、自分の出来る事はちゃんと分かってる。せいぜいこき使ってくれ」
「分かった」
「それと、戻って来る時も雑だ。こっちに避けて」
 全員が、乗務員室に入る。
 ピーターは、五分程で戻って来た。
 両手にスーツを二体抱えて、雑に廊下へ出現した。
 床より少し上に現れたので、スーツががしゃりと音を立てて床に落ちる。
「本当に雑だな」
「お姉ちゃん達二人は、基地車に回収したぜ」
 俺、よくやっただろう…という風に胸を張った。
 わぁ、ほんとにガキなんだな、こいつ。
 ちょっと可愛いとは思うが、自分も昔はこんなだったかも…と思うと、微妙にいたたまれない。
「よーし、偉いぞ」
 鯖丸は一応褒めてみた。
「ガキ扱いすんなよ。いや…でもニンジャに褒められたのは、帰ってから自慢出来るか…」
 しまった、忍者確定だ。そして、誰に自慢するつもりだ。そもそも自慢になるのか。
 フリッツが、俺は知らんぞ…という顔をした。
「じゃあ、それは上の段に隠して」
 今まで黙っていたアウラが、指示を出した。
 フリッツと鯖丸が、二人でスーツを運び、二段ベッドの上の段に持ち上げ、カーテンを閉める。
 残った二体のスーツを、更にベッドの梯子に密着させる様に言ってから、皆に少し下がる様に合図した。
「折角だから、偽装して行くわね」
 アウラが、指先で二体のスーツに触った。
 見る間にそれが、二人の客室乗務員に姿を変える。
 ぐったりうなだれて括り付けられている様子は、二人を発見した時と同じだ。
「触らなければ元の姿には戻らないわ。ここを見られても、少しは時間稼ぎが出来るでしょう」
 魔力が高いだけではなく、かなりの熟練度だ。
 感心した様に見ていたフリッツが、気を取り直してポケットから船内図を取り出した。
「16フィート先に非常用の通路がある。そこから上に出る」
「非常用じゃない通路は?」
 バニーが尋ねた。
「エレベーターだ。使わない方がいい」
「そうだな」
 不用意に動かして、気付かれるリスクもあるし、魔界に入っている現在、作動しているかどうかも怪しい。
 バニーはうなずいた。
「俺と鯖丸は、この先に人が居ないか確認して来る。非常口の下で待機してくれ」
 アウラが、それを制した。
「待って、私の方が適任よ。指揮官はもう少しどっしりと構えてらっしゃい」
 鯖丸の方を向いた。
「行きましょう」
 ふわりと、淡いオレンジのスカーフをなびかせて、軽い足取りで歩き出した。
 香水なのか、かすかにいい香りがする。
「はい」
 実質、この場の空気はアウラに握られている。
 フリッツ、もっとしっかりしろよ…とは思ったが、年齢も魔力も熟練度も遙かに上の、しかも女相手では無理もない。
 鯖丸は刀を掴んでアウラの後に続いた。

「アウラさんは、こういう危ない仕事、慣れているんですか」
 後に立って歩きながら聞いた。
「そうよ、ランクSだもの」
 アウラは、事も無げに言った。
「貴方もそうでしょう」
「まぁ、そこそこは…」
 学生の頃は、バイトなのにけっこう危険で、リスクの高い仕事も任されていた。
 その分、報酬も良かった。
 おかげで、学費や生活費を負担してくれる身内が居ないのに、返さなくてはいけない奨学金は、ほんの少ししか借りないで済んだ。
 低重力コロニー出身と云う事で、甘い審査でスポーツ振興財団に大学四年までは学費を出してもらえたし、そこそこ頭はいいので、返さなくてもいい奨学金も貰えた。
 平穏ではないが、恵まれた環境だったと思う。
「エンジニアですってね。魔界を離れて、寂しくない?」
「いえ、全然」
 東賀中とのトラブルや、菱田重工のエンジン開発撤退を除けば、気の合う同僚も居るし、現在の上司はいい人だし、上京してから新しく出来た友達も居るし、自分の事を理解してくれる嫁も居る。
 正直、この事件が無かったら、もう一度魔界に関わる事も無かっただろう。
「珍しいわね。魔力の高い魔法使いは、余程の覚悟がなければ魔界を離れられないのに」
 トリコは、やっぱり特別なんだろうな…と思った。
「初めて魔界に入ったのが二十…いや、ええと十九歳ですから。元々魔界との関わりは薄いんですよ」
「まぁ、ランクSにもそんな人が居るのね」
「そうですね。普通は自分がランクSだと気が付かないで、一生を終えると思います」
 魔界に入った事のない人間の中にも、一定の確率でランクSは存在する。
 ファニーメイの様に、事故で自分の能力に気が付く者も居る。
「縁があったのね、大切にするといいわ」
 アウラは笑った。
 それから、廊下の左側にある乗務員室のドアを素通りした。
「見えてるんですか」
「そうよ」
 トリコ以外で、こんなに熟練度の高い魔法使いは、見た事が無い。
 自分から適任と言ったくらいだ。相当能力は高いのだろう。
 服装は普通だが、額に押したマーキングは、自分の民族に少なからぬ誇りを持っている様に見える。
 或いは、魔力を後押しする為の、装備なのかも知れないが。
「立ち入った事を聞いてすみませんが、お子さんは今、三歳くらいですよね」
「一番下の子はね」
 アウラはうなずいた。
 四年前、U08の事件で、妊娠中なので招集に応じなかったランクSは、おそらくアウラだ。
「心配じゃないですか」
「その為の夫婦だもの」
 アウラは笑った。
「まぁ、実家の両親も健在だしね。子供達がしばらく魔界で暮らす事になるのは、少し気掛かりだけど」
 なる程、アウラはおそらく魔界出身で、何らかの理由で宇宙での活動経験があったのだろう。
 次のドアも素通りしながら、アウラは逆に聞き返した。
「貴方は大丈夫?」
「自信は無いです」
 正直に言った。
 魔界で、自分より上手の魔法使いに嘘をつき通すのは、得策ではない。
 短時間なら問題無いが、これから、どの程度の時間がかかるのか、予想も出来ない作戦に従事しなければいけないのだ。
 ああ、ここも居ないわね…と、肩をすくめて、アウラは廊下を進んだ。
 行き止まりになっている通路の端は、照明の薄い状態でも、もう視認出来る。
「自信満々の人の方が危ないわ」
 それから止まった。
「誰か居ますか」
「ええ」
 気配を探った。
 通路は突き当たりで、横にあるドアは残り一つだったが、アウラは突き当たりの壁を見ていた。
 確かに、かすかだが何か居るのが分かる。
「この向こうは貨物室です。ここからは直通では行けません」
 明確にでは無いが、記憶はしていた。
 向こう側に居るのが、乗務員なのか乗客なのかテロリストなのかは分からない。
 アウラの方を見ると、彼女も首を横に振った。
「私の能力では、相手の大きさしか分からないの。私と同じくらいの体格だけど…」
 アウラの身長は、おそらく百六十センチ弱。
 東洋人の女性ならよくある体格だが、アウラの様なアーリア人や欧米人やアフリカ系、それと宇宙育ちの人間としては小柄だ。
 可能性としては、乗客の小学生か女性だろう。
「向こう側に出るには、一旦上に行くか、船外に出て搬入口から入り直さないと無理ですよ」
 一応言った。
 壁に穴をえぐる事は可能だが、向こう側の様子がはっきりしない以上、お互い命に関わる。
 相手は小柄だがテロリスト側の可能性もあるし、貨物室は客室より気圧が低い。空調も最低限だ。
 長時間の滞在に適した環境ではない。
 宇宙服か、せめて低気圧室での作業服を着用していてくれればいいが。
「戻りましょう」
 アウラは言った。
「でも…」
 言いかけてから、黙った。
 壁をぶち破って、向こう側へ行く事は簡単だ。
 だが、そんな事をしたらさすがにテロリスト側にも気付かれるだろう。
 今だって、索敵の得意な魔法使いが向こうに居たら、ぎりぎりアウトかセーフの境目なのだ。
 一時の感情で、乗客全員を危険に晒す訳にはいかない。
 頭を振って、最低限の空調しかない、暗い貨物室で怯えている子供の幻覚を追い払った。
 乗客は、確実に、全員助けなければいけない。

 フリッツに、壁の向こうに居た小柄な人間については報告した。
 上手くテロリストの監禁から逃れているのか、当のテロリストなのか、或いは乗客やテロリストに必要な物資を取りに、貨物室に行かされているのか。
「おそらくは人質の方だろうな。百二十人も居たら、一人や二人減っても増えても、気が付かない。管理出来ない人数を人質に残すなんて、どういうつもりなんだ…」
「見せしめにばんばん殺すつもりじゃないのか」
 バニーが、嫌な事を言った。
「使い捨ての通信要員だろ。魔界じゃ、外との連絡取れねーし」
 ピーターも嫌な事を言った。
 さすが裏家業のウサギ姉弟。考え方が怖い。
 フリッツが黙ったまま反論しない。意外と正解なのだろう。
 バックヤード通路の半ばで、フリッツは宇宙服から外した時計で、時間を確認した。
 船内に入って、14分が経過している。
 左サイドから潜入したAチームも、予定では反対側の通路に待機している時間だ。
 向こう側は、乗務員のバックヤードではなく、機関室だ。
 連絡通路まで出てから、宇宙服を脱いで乗客に偽装している頃だろう。
 どのタイミングで出るのかと考えていると、壁から染み出す様に、黒っぽい小さな影がふわりと現れた。
 小型の肉食動物によくある、柔らかくてしなやかな動作で、二歩、三歩と歩く。
 体の輪郭は、微妙にぼやけていて、もやもやとした感じだ。
 それが、可愛らしい動作でこちらに近付き「にゃぁ」と、小さく鳴いた。
「猫?」
 アウラが、体を硬くして一歩下がった。
「うぉっ、可愛い。これ味方の魔法か。もふもふしていいか」
 ピーターが、触覚のフィードバックも無い宇宙服で、何をどうするつもりなのか、手を伸ばした。
「ビーストマスターの使い魔だろ。可愛いのも居るんだな」
 トリコの魔法を見た事のあるバニーは言った。
 確かに、トリコの魔法だという事は分かるが、自分で視認出来ない場所まで、トリコが魔獣を飛ばしているのは、見た事が無い。
 それに、この可愛い魔獣自体、初対面だ。
「フリッツ、トリコとリンク張った?」
 ちらりと横目で見て、聞いた。
 トリコの魔獣は、リンクした相手の数だけ居る。そして、リンク相手の魔法特性や性質を反映している。
「まぁ、それは…」
 フリッツは口ごもった。
 リンクを張る一番簡単な方法は、魔界でセックスする事だから、そういう反応も有りっちゃあ有りだが、お前ら夫婦だろうが。別に照れんでも…。
「くそう、何て可愛いんだ。俺の魔獣なんて、猛禽と猛獣のミックスだったのに」
 鯖丸は、理不尽な文句を言った。
「可愛いから嫌なんだよ。黒豹のこの俺が…」
「お前猫だろ」
 フリッツは、うぐっと息を飲んで黙った。
「何でもいいから、これ、余所へやって。あたし、猫ダメ」
 アウラが、首に巻いていたスカーフを鼻の上までずり上げて、更に後ずさった。
「猫が苦手なら、貴女とトリコのポジションを入れ替えた方が良かったかな」
 フリッツはぼやいた。
「いえ、猫型ハイブリットは人間だから平気。でも、本物の猫は…」
「これ、本物じゃないですよ。アレルギーか何か?」
 足下の猫を抱き上げて、鯖丸は聞いた。
「ええ…ああ、そうね。そうだったわ、ごめんなさい」
『やめろ、喉を撫でるな』
 唐突に、猫がしゃべった。
 フリッツに良く似た金色の瞳の向こうから、トリコがこちらを見ているのが分かる。
『こちらAチーム。準備完了だ』
「Bチーム、準備完了」
 フリッツが答えた。
「一分後に客室階層に移動する」
 了解…という声は、トリコではなくジョン太の物だった。
 手の中に居た猫は、もやの様にかすんで消えた。
「ピーターは、現装備のまま移動。発見される前に基本地点に転送。分かってるな」
 フリッツは念押しした。
 瞬間移動は便利な能力だが、万能ではない。制約も多い。
 ピーターは真面目な顔でうなずいた。
「それから、俺とジョン太は目立つ。さすがにこのままで紛れ込むのは不可能だから、容姿を変える。ジョン太の外見は、金髪で身長二メートルくらい、大体四十代後半の北欧系白人だ。ジャケットの色は茶色。似た様な外見の奴が居たら、服装で見分けてくれ」
「大丈夫よ、魔力の色で分かるから」
 アウラは言ったが、ピーターは少し不安な顔をしている。
 バニーは、魔法整形したジョン太を見た事があるはずだ。四年も前の事だが、見れば分かるのか、うなずいた。
「それじゃ、行くぞ」
 壁に埋め込まれる様に付けられた、非常用通路のノブを、回しながら壁に押し込んだ。
 非常口がせり出す様に音もなく開いた。
 同時に、フリッツの姿が変わった。
 そこに居るのは、すらりとした体格の(そこだけは変わらない)黒人の青年だった。
 そう云えば、猫型ハイブリットの遺伝子提供者は、アフリカ系が多かったという話は、聞いた事があった。
 まぁ、どの種類のハイブリットも、様々な人種が交じってはいるのだが。
 鯖丸の感想は、くそぅ、意外と男前だ…という程度の物だった。
 昔、複数の人間から、ええ所取りで遺伝子を組み合わせて作られたハイブリットは、容姿については考慮されていないはずなのに、見た目も案外いい感じになる事が多い。
 原型タイプだと、獣人の様な姿だが(ちなみに、ハイブリットに面と向かって獣人と呼ぶのは、差別用語だ)普通の人間との混血タイプは、そこそこ優れた容姿の者が多いのだ。
 フリッツが割と男前という事実より、驚いたのは、さらっと魔法整形を使って見せた事の方だ。
 伊達に魔界で仕事をして来た訳では無いらしい。
 バニーとアウラがフリッツの後に続き、鯖丸はピーターを最後尾に残して、後ろから二番手に付いた。
 非常用通路は、本当の非常用で、狭い楕円形の筒が、上までほぼ垂直に続いていた。
 梯子に近い階段は、低重力なので宇宙服を装備したままのピーターにも、楽に登れた。
 壁面のパネルから、ここが非常用のエアロックも兼ねているのが分かる。
 全部が手動だ。
 登り切った場所には、天井ではなく壁面に出口があった。
「確認してください」
 フリッツが、アウラに言った。
 このチームで、壁の向こうを見られるのは、アウラだけだ。
 アウラは、薄暗い非常用通路の中で、階段に捉まったまま、少し背伸びして、フリッツの膝越しに壁に手を当てた。
「大丈夫よ」
 言った。
「少なくとも、二十メートル以内は」
「この先は、ギャレーユニット」
 船内図を頭の中に描いて、鯖丸は言った。
 乗客が拘束されているのは、メッセンジャーにされた人質二人の証言では、客室だ。
 ここに人の気配が無いなら、とりあえず出てみるしか無い。
「扉を開ける。俺が出た後、安全確認後、二名ずつ出て来てください」
 フリッツは言った。
「それじゃあダメ」
 アウラは言った。
 何がダメなのか分からなくて、フリッツは微妙な顔をする。
 見慣れた、猫型ハイブリットの顔ではなく、どこにでも居そうな黒人青年の顔だが、表情はフリッツの物だった。
「貴方は指揮官なのだから、お願いじゃなく命令しなくては」
 それは、鯖丸も感じていた違和感だった。
 マクレー…バットが、全権を託しているのに、フリッツの態度は遠慮がちだ。
「貴女は命令されたいですか?」
 フリッツはたずねた。アウラは、いいえと答えた。
「俺は、自分よりも魔力の高い魔法使い達と、色々な場所で仕事をして来ました。貴方達は、格下の相手に命令される事なんて、本当は望んでない」
「それはそうだけど…」
 仕事だから…と、アウラは言いたかったのだろう。
「俺が君らに命令するのは、本気でケツに火が付いた、どうしようもなくヤバイ時だけだ。それだけ憶えといてくれ」
 確かに魔力は格下だが、ずっと魔界での軍務に付いていた実績と経験があるのだろう。
 有無を言わせない空気があった。
 皆が、無言でうなずく。
 上層階の非常口が開いた。
 四人の魔法使いは、ゆっくりと、客室階層に足を踏み入れた。

2011.6/11up










後書き
 フリッツがそこそこ男前の黒人という設定は、登場した頃からあったんだけど、今回やっと活かせました。イメージとしては、宇宙人を素手でタコ殴りにしてた頃のウィル・スミスという男前っぷりだが、ストーリーとは全く関係ありません。
 問題は、主人公の男前じゃないっぷりだな。忍者(笑)だけど。
 あと、アウラは割とお気に入りのキャラだけど、このまま話が進むとトリコとキャラがかぶるかも知れないなぁ…という不安。

次回予告
 ジョン太率いるAチームが、特攻しないでじわじわ前進。そして、テロリストと遭遇した鯖丸は、結局鬼畜モード突入、止めるのは青少年ピーターという感じの二章です。

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