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最後に、三匹ぐらいが斬る!! 0.5 next

また、ぐだぐだした番外編です。閑な時に抜け頃な感じで読んでください。
内容は『ヤクザvs魔法使い』の前年十月くらいから、翌年四月の花見シーン少し前くらいの約半年間の、何て事無い普段の話です。



登場人物

武藤玲司 西瀬戸大理工学部宇宙工学科の院生。四年の春までは剣道部に在籍していた。比較的知能の高いバカ。

有坂カオル 西瀬戸大人文学部英米文学科三年。剣道部所属。生真面目だが、料理の腕と男の趣味が壊滅的な女子大生。

迫田宗光 西瀬戸大医学部五年。武藤玲司の友人。剣道部のOBで、割と付き合いは長いらしい。

山本弘 西瀬戸大五年。武藤玲司の友人。ワンゲル所属。平地より山での出現率が高い。

松本祥子 西瀬戸大人文学部英米文学科三年。有阪の友人。文中には出て来ないがアフロ。通称まっちゃん。

溝呂木雅之 西瀬戸大剣道部の監督。武藤玲司に有阪カオルを紹介した犯人はお前だ!!(犯人扱い)

弁当 携帯用食料。有阪が調理すると、常人には耐えられないレベル。

最後に、三匹ぐらいが斬る!! 0.5  前編

 溝呂木雅之に呼び出されるのは、久し振りだった。
 最近顔を出していなかった剣道部の道場に向かいながら、武藤玲司は悪い予感しかしていなかった。
 四年の春に引退してから、もう一年半が過ぎている。
 たまに顔を出すと、面識のない後輩が多くなっていた。当然だが、同年代の部員は、友人の迫田くらいだ。
 医学部の迫田は、五年になった今でも剣道部に籍は置いていたが、忙しいらしく毎日顔を出している訳ではないと言っていた。
 自分も同様だ。院生というのは、そんなに閑ではないのだ。
 靴を揃えてから、神棚に一礼した。
 柔道部と合同になっているので、畳の敷いてある柔道場を回り込んで奥へ向かった。
 希望者だけ残すと聞いていたが、部員のほとんどが、練習が終わっても帰らずに残っていた。
 ああ…皆律儀に居残って。ギャラリーは、少ない方がいいのに。
 剣道部の監督で、師匠の溝呂木先生から話を持ちかけられたのは、昨日だった。
 後輩の前で模擬試合を見せてくれと言うのだ。
 バイトと学業で忙しい毎日だが、後輩の前で試合をする事については、別に嫌ではない。
 剣道部を辞めても、溝呂木先生の道場には時々通っているし、正直言って竹刀を握るのは楽しい。
 異種試合だと聞いていなければ、もっと楽しい気分でここに来ただろう。
 溝呂木先生は、たまに変わった事をやりたがる。
 自宅で真剣を触らせてくれたり…おかげでバイトには随分役に立ったのだが…以前先輩が、異種試合とかで古武術のおっさんにぶん投げられるのを見て以来、こういう企画物には絶対参加すまいと決めていたのだが。
 晩メシおごるぞ…という言葉は、必殺技だった。おまけに焼き肉。
 白いご飯の上に焼いた肉を乗せて、思うさまむさぼり食う誘惑は、何物にも代え難かった。不吉な予感、無かったふり。
 後輩達は、小汚いジャージ姿で頭に粗品のタオルを巻いた先輩の姿を見つけて、次々と挨拶した。
 体育会系は礼儀正しいのだ。
「溝呂木先生は?」
 尋ねると、奥で準備してますと答えが返って来た。
 道場の奥は、部室になっていて、男子の更衣室と荷物置き場に使われている。
 女子の更衣室は、もう少し小綺麗でシャワーも付いているという話だが、見た事はなかった。シャワーは、体育館まで行けば使えるし、そんなに不便ではない。
 銭湯代を節約する為に、体育館のシャワーにマイ石鹸をキープしているのは、公然の秘密だ。
 溝呂木先生は、部室に居た。
「今日は、バイト休んでまで来てもらって、悪かったな」
 先生らしくもない事を言い出した。
「休んでませんよ、生活かかってるんだから。シフト、替わってもらいました」
「そうか。お前も色々大変だな」
 いえいえ、焼き肉の為だったら…と、口まで出かかった。
「じゃあ、すぐ着替えてくれ。それから、これ」
 見慣れない防具を渡された。
 手に取ってしばらく見てから、脛当てだと分かった。
「あ、薙刀なんですね、今日の相手」
 剣道と違って、薙刀には足への攻撃がある。
 知っているのはその程度で、特に詳しくは無かった。
 長物相手は面倒だぞ…と思いながら道着に着替え、防具を持って部室を出た。
 溝呂木先生は、先に出ていて、皆に異種試合の意義とか何やかやを話している所だった。
 もちろん、焼き肉の事しか考えていない武藤君は、途中からとはいえ聞いちゃいない。
 それでも、道場の隅に座って、慣れた手つきで防具を身に着けている姿は、中々かっこいい。
 道場に居る時だけ男前に見えるというのが、女子部員の評価だった。
 外で会った時は、出来る限りスルー…というか、中学生と付き合っていたとか(実はトリコ)子持ちの人妻と付き合っていたとか(これもトリコ)キャバ嬢と同棲していたとか、五股かけてボコられたとか、黒いウワサが絶えないので、全速力で逃亡が推奨設定だ。
 対面側には、一人だけまだ防具を着けて正座している者が居た。
 今日の対戦相手だろう。
 佇まいからして、強そうだ。変に気負った所も無い。
 面白い試合が出来るかも知れない。
 準備はいいかと聞かれたので、うなずいた。
 相手側が、先生に近づいて、何か言っている。
 うなずいた溝呂木先生が、こちらに来た。
「脛当ては付けないのか?」
「向こうも付けてないじゃないですか」
 それは、相手が剣道なら、付ける必要はないかも知れないが。
 立ち上がると、細身だが上背はそこそこある。立ち居振る舞いが柔らかい。力より技で来るタイプだろう。
 こちらも、腕力よりスピード重視だ。見た目にも面白い試合になるかも知れない。
「足を折られたくなかったら、付けろって言ってる」
 相手を、肩越しに親指で指した。だいぶ舐められてるなと思った。
「慣れない防具付けてたら、思うように動けないからいいです。どうせ、当てさせる気は無いし」
「まぁ、お前ならそう言うと思ったし、大丈夫だと思うから呼んだんだが」
 溝呂木先生は、武藤玲司の背中を軽く叩いた。
「油断はするな。強いぞ」

 試合が始まって一秒で、後悔していた。
 こいつ、細いくせに力はある。おまけに速い。
 試合開始と共に、間髪入れず、何のためらいもなく打ち込んで来た。竹刀でさばいた次の瞬間に、切り返して来る。
 そこそこ背が高い上に、身長の割に手足が長いので、自分よりリーチの長い相手とは、ほとんど対戦した事が無かった。
 二メートル以上ある長物を、自在に操って来る相手は、強敵だ。
 それに、最初に打ち込んで来た時の掛け声で分かったが、こいつ女だ。
 仮にも全国大会で三位まで行った人間が、後輩が見てる中で女に負けるって、どうよ…。
「あり得ない」
 楽しく試合しようと思っていたのに、もう、相手を叩きのめす事しか考えていなかった。
 集中する。視界が狭くなる。
 周囲の景色が、すうっと消えた。
 打ち込んで、懐に入る。ぶちのめす。
 ここまで本気になるのは、どれくらい振りだろう。
 返した切っ先が、すくい上げる様に、再び下から斬りかかった。このままだと、股間を直撃されながら、ひっくり返される。
 待てぇ、それ薙刀のルール的にありなのか?
 軸をずらして避け、打ち込んだが、柄を返して避けられた。何だこれ、めっちゃ楽しいぞ。
 互いに牽制しながら、距離を保った。相手の呼吸を読みながら、向かい合った。
 動いた。
 予告した通りに、相手は容赦なく足に一撃を入れて来た。
 飛び上がって避けた。ただし、前方に。
 そのまま、面を決めた。
 
 一分程だったのに、全身汗だくになっていた。
 呼吸を整えて見ると、相手はもう居なかった。
 予想以上にいい試合だったと溝呂木先生は言ったが、そんなセリフはもう聞いていなかった。
「先生、あれ、誰なんです」
 ほとんど掴みかかる様な勢いだった。溝呂木先生は、意外そうな顔をした。
「知ってるだろ。有坂だよ」

 名前は知っていた。
 剣道は、男女合同で練習するので、女子部員とも面識はある。
 確か、今三年で、女子の中ではけっこう強くて、最近不甲斐ない男子部と違って、全国大会まで何度も行っている。
 引退する前に、一緒に練習した事もあるはずだったが、記憶はあいまいだった。
 男子並みの体格とパワーがあって、気迫もあったが、当時はそんなに目立つ存在ではなかった。
 剣道を始めたのは高校の二年からで、キャリアも短い。
 きっと、薙刀はもっと昔からやっていたんだろう。
 道場を見渡すと、有坂は居なくなっていた。
 女の子だから、女子の更衣室に行ってしまったのだろう。
 待っているのもどうかと思うし、シフトを替わってもらったバイトの時間も押していたので、そのまま帰る事にした。

 焼き肉は美味しかった。
 バイトを替わってもらっただけの事はある。
「肉はうまい」
 もう、額に肉と書いてあっても違和感のない、キン肉マン状態である。肉以外にも、うまい物はいっぱいあると思うが。
「あの…」
 声をかけられて振り向いた。
「へのつっぱりはいらんですよ」
 まだ、心がキン肉マンなのだった。ていうか、肉。
 振り返ると、普段あり得ない高さに、女子の顔があった。
 割と背は高いので、こんな位置に女の子の顔が存在する現状が、とっさに理解出来ない。
「うわ」
 間抜けな反応をしてしまった。
「誰?」
「有坂です。先日試合していただいた」
「ああ」
 そう言えばでかい女だったなあれ…と、思い返した。
 声を聞かなかったら、女の子だとは分からなかった。
「何か用?」
 そっけない聞き方になってしまった。
 それは、女の子から声をかけられて、嬉しくない訳ではないが、もう女関係のトラブルは、避けたかったのだ。まぁ、悪いのは百パーセント自分なのだが。
「あの…武藤先輩は、もう剣道は辞められたんですか」
 真剣な顔で、そんな事を聞かれた。
「辞めてないよ。時間がないから、剣道部は辞めたけど」
 有坂が、がくりと肩を落としたのが分かった。
「忙しいんですね」
 もちろん忙しい。
 院生の就活は、けっこう条件が厳しいし、学生の間にきちっと博士号も取りたいし、やりたい研究もあるし、そもそも生活の為にバイトも忙しいし。
「そうだけど、何?」
「じゃあ、いいです」
 何かを勝手に諦めて、帰ろうとしている。
「待って。話があるなら聞くけど」
 引き止めてから、しまったと思った。きっと、めんどくさい事になる。
 しかし、昨日の試合の様子を思い出した。強い奴には興味がある。出来ればもう少し話をしたい。
 この時点で、女の子ではなくライバル的なポジションに配置されてしまった事を、もちろん有坂は知らない。
 帰りかけていた有坂の表情が、ぱっと明るくなった。
 それから、真っ直ぐこちらを見た。
「お願いします」
 いきなり、頭を下げられた。
「私に稽古を付けてください。どうしても勝ちたい相手が居るんです」
 ああ、やっぱりめんどくさい事になって来た…と、武藤玲司は思った。

 翌朝五時。
 約束の時間ぎりきりに道場へ行くと、有坂はもう居た。
 剣道場の部分だけ、半分程明かりを付けて、道着も着て、きっちり正座している。
 驚いた事に、掃除も一通り終わっている様子だった。
 うわぁ…こいつマジだ。ヤバイぞ。
 こちらに気が付いた有坂は、立ち上がってお早うございますと言って、頭を下げた。
 やる気満々だ。
 武藤玲司は、昨日の会話を思い返した。
「俺、時間無いから、朝の五時から六時半までならいいけど」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 どうせ断るだろうと思って、無茶な時間帯を言ってみたのに、OKされた。空気読めよ。
 とは云っても、実際その時間しか空いてなかったので、仕方ない。
「何で俺?練習相手なら、溝呂木先生に相談すればいいじゃん」
 一応聞いてみると、真面目な顔で言い切った。
「もっと強い人相手に練習したいんです」
 遠回しだが、現状では剣道部で一番強いのは自分だと言っている。いい根性だ。
「何で断らなかったかな…俺も。あと一時間は寝れたのに」
 ぶつぶつ文句を言いながら、着替える為に部室に入った。

 女にしては強いとか、そういうレベルではなかった。
 つい本気になって、時間ぎりぎりまで相手をしてしまったので、慌てて脱いだ道着をディバッグにつっこみながら、靴を履いた。
「いつまでも一カ所でぼーっとすんな。もっと足を使え。以上」
 気になった所だけ言い捨てて、走り出した。
 背後で、ありがとうございましたと声がした。
「また、明日もよろしくお願いします」
 全力ダッシュで、どうにかバイトには間に合った。
 二時間程で清掃のバイトは終えて、開店時間に間に合わせたので、そのまま学校に戻った。
 昼時になって、倉田教授の研究室で昼飯を食った。
「教授〜、コーヒー入りましたよ」
 完全に、自分が飲みたいだけなのだが、勝手に倉田教授私物のインスタントコーヒーを、気の利いた学生風に持って行った所で、今朝の事をやっと思い出した。
 何で、特に好きでもないコーヒーが、こんなに飲みたいのかとか。
 ああ、今朝は早起きしたからなぁ。
「眠そうだね、君」
 倉田教授にまで言われた。
「はぁ、ちょっと十五分ぐらい寝ます」
 愛用のお泊まりシュラフにもぐり込んだ所で、有坂のセリフを思い出した。
 明日もよろしく…
「ええっ、これ、毎日かよ!!」
 大変な事になって来ました。

 翌日も、そのまた次の日も、有坂は当然の様に現れた。
 付き合っている自分も、どうかと思う。
 そろそろ終わりにしようと言い出せなかったのは、けっこう楽しかったからだ。
 俺は、自分で思ってたより剣道好きだったんだなぁ…と、思った。
 睡眠時間が削られるのは厳しいが、どうせ秋の大会までだろうから、最後まで付き合おう。
 その日は、ぎりぎりにならない様に五分前に上がったので、余裕を持って着替えてから、道場を出た。
 いつも通りバイト先に走って行こうとすると、呼び止められた。
「あのっ、先輩」
 このまま朝練に参加するつもりらしく、まだ着替えていない有坂が、道着姿でスニーカーを履いて追って来た。
「何?」
 立ち止まると、何か可愛い柄の布に包んだ物体を渡された。
「毎日、こんな時間に付き合ってくださって、ありがとうございます。あの…これ、お口に合うかどうか分かりませんが」
 弁当的な何かだという事は、分かった。
 何だ、この、学園物みたいな展開は。
 男子校で不毛な高校生活を送った祟りで、今頃こんなイベントが発生しているのか?
「いや…いいよ。こんな時間にしたのは俺だし、別に気を使わなくても」
 一応弁当的な物は受け取って、バイトに向かった。

 弁当だと思い込んでいた物体は、本当に弁当的な何かだった。
「何だろうな…これ」
 武藤玲司は腕組みした。
 向かいに座った友人の迫田宗光は、良く分からない物体をケータイのカメラで撮影した。
「一応食べ物には見えるけど」
 昼時の学食は混んでいた。
 横に座った別のグループが、黄色と白と黒と赤の物体を、しげしげと見ている。
「今度は、料理の下手な女と付き合う事にしたのか」
 過去の女遍歴を色々知っている迫田は聞いた。
「ううん、有坂が持って来たんだけど」
「お前、有坂と付き合ってたのかよ」
 迫田は、驚いた様に言った。
「大会まで、朝練に付き合う事にした」
 正直に言うと、長年の友人は、奇妙な物を見る目でこちらを見た。
「ええっ、こんな物体Xみたいな弁当一個でか」
「うん。これ食って大丈夫かどうか、医者としての意見を聞きたい」
「まだ医者じゃない」
 迫田は断言した。
「食ってみれば分かる」
 いい加減な事を言われた。
「まぁ、昼メシ代節約になるし、食うけどね」
 安全や味より、満腹感最優先の武藤君は、弁当に箸を付けた。
「しょっぱい」
 変な形の海苔巻きおにぎりを食って、言った。それから、良く分からない固まりを口に入れた。
「うわ、何だこれ、にがすっぱい」
「本当に、何だろうな、それ」
「でもまぁ、食えない程でもないかな」
 機嫌良く、焦げた卵焼きに箸をのばした。
「ストライクゾーン広いなぁ、お前」
 迫田は、呆れた顔をした。
「有坂も、練習相手なら、設楽とか風間とか居るだろうに、わざわざお前か」
 風間は、まだ一年だが、剣道部男子の中でも、飛び抜けて強い。
 高校総体でも、かなりいい所まで行っていたし、今後西瀬戸大剣道部を引っ張っていく存在になれるだろう。
 設楽は、女子の中では最強だと言われていたが、ハイブリットなので公式戦には出場出来なかった。
 本人も、それを承知で剣道部に籍を置いていたし、そもそも四年なのでもう、来春には卒業だ。
「何か、風間は女子相手だと腰が引けるし、設楽は試合経験が少ないから、ダメだって」
 毎日会っている割に、話す時間はほとんど無いが、その程度の事は聞いていた。
 そうか…と迫田はうなずいた。
「お前も、もうちょっと時間あったら良かったのになぁ」
 迫田とは、中学の頃から…と云うより、地球に来てリハビリを始めた頃からの友達だ。
 こちらの事情も全部知っているので、無遠慮な事を言われても、腹も立たない。
「たまには溝呂木先生所の道場だけじゃなくて、剣道部にも顔出せよ」
「とっくに引退した先輩が威張ってても、いい事無いだろ」
 変な形のウィンナーを食べながら、言った。
 それもそうだな…と迫田はうなずいた。
「ところでそれ、タコなの、カニなの」

 弁当は壊滅的だったが、自主朝練で、有坂は着実に実力を付けていた。
 さすがに薙刀ではなく剣道なら、こちらの方が上だが、時折明らかに押される事があった。
 弁当の方は、おにぎりが普通の形になって、卵焼きの焦げが幾分緩和された程度だったが。
 地区予選が近付いたので、朝練はそこで切り上げる事にした。
 試合前にはきちんと休んだ方がいいと言うと、少し残念そうな顔をされた。
 明日から、ゆっくり寝られると思うと嬉しかったが、毎日竹刀を握れる生活が終わったのは、何だか少し寂しかった。

 その後は、特に変わりのない生活が続いた。
 有坂が、全国大会で六位に入った事は、迫田から聞いた。
 あれより強い女がまだ五人も居るなんて、意外と日本も広いもんだ。
 忙しいながらも、通常の生活をぼやほや送っていた武藤玲司は、いきなり声をかけられて立ち止まった。
「武藤先輩」
 振り返ると、見た事のある様な背の高い女が居た。
 有坂だ。道着姿しか見た事が無かったので、一瞬分からなかった。
「おう、有坂、久し振り」
 普通に言うと、詰め寄られた。
「どうして来てくれなかったんですか。私がダメだからですか。あんなに熱心に指導してくださったのに、不甲斐ない成績だったからですか。何とか言ってください」
 襟首を掴んで、締め上げられた。
 待て、息出来ない。ギブ!!
 どうにか引き剥がして、その場に座り込んだ。
 キャンパスの銀杏並木は、人通りが多かった。
 学生以外にも、銀杏を拾いに来た近所の主婦とか…。全員、こっちを見ている。
「ええと…」
 しばらく考えてから、思い至った。
 あれ…朝練は大会までって云うのは、もしかして俺が、一方的にそう思ってただけ?
 確かに期限までは聞いていなかったが、そこはそれ、一般論として…。
「あ、もしかして、朝練て大会までじゃなかった?」
 聞き返すと、有坂は雷に打たれた様に、その場に硬直した。
 効果音として背後に、がびーんとか入っている。絶対。
「ああっ、私全然事情話してなかった。すいません、すいません」
 今度は、全力で謝り始めた。
 変な目で見られるのは慣れているが、ギャラリーが集まり始めたので、移動する事にした。
「良く分かんないけど、別の所で話は聞くから」

 という訳で、定番の学食。
 昼時は終わったので、人は少ない。
 先ず、最後の日に渡されて、そのままだった弁当箱を返した。
 このまま会う機会が無ければ、溝呂木先生か、剣道部の誰かに渡そうと思って、持ち歩いていたのだ。
「五時集合で弁当作って来るって、大変だったろ。ありがとうな」
「いいえ」
 そこで黙って、俯いてしまった。
「それで、話聞くけど」
「はい」
 有坂が話したのは、そんなに意外でもない事だった。
 高校の頃、どうしても勝てなかった相手が、進学せずに警察官になった事。
 その相手との、試合の機会が来月ある事。
 今年の春に地元に戻って警察官になった、広大の秋本の事を思い出した。
「ケーサツは反則だよな、あれ。仕事してても毎日練習出来るし」
 実質、社会人の剣道と云えば、イコール警察くらいの勢いだ。
 それは、剣道が自分的にやりたい事ナンバーワンだったら、迷わずそうしていたが、実際にはもっと他に目標がある。
 まぁそれ以前に、未成年の頃とはいえ、けっこうな前科持ちなので、ケーサツ無理だけど。
「分かった。協力するよ」
 思わず言っていた。
「でも、おにぎりはもうちょっと塩分控えめでお願いします」

 その後一ヶ月が過ぎて、目標だった試合は終わった。
 さすがに毎日ではなくなったが、お互いケータイ番号やアドレスは交換していたので、都合のいい日を選んで、朝練は続いていた。
 試合の結果は聞かなかったが、何となく負けたのだという事は、雰囲気で分かった。
 相手、どんだけ強いんだ…。
 きっと、二メートルくらいある、プレデターみたいな女に違いない。
 バイトのシフトが替わったので、その日は六時からという、常識的な時間だった。
 ラジオ体操も始まらない時間を、常識的と云うのもどうかと思うが、午前五時に比べたら、だいぶ常識の範囲内だ。
 季節も冬に近付いて、六時はまだうす暗い。
 有坂は、いつも通り先に来て待っていたので、道場の隅で急いで着替えた。
 ジャージを脱いで、ディバッグから道着を引っ張り出した。
 もう、めんどくさいので、いちいち部室に入って照明を付けて着替えるのは、だいぶ前から止めていた。
 というか、有坂が女の子だという意識は、ほぼ無くなっていた。
 ガチで男の後輩と同等の扱いになっていたのだ。
 南国四国でも、そろそろ道場の床は冷たい。
 ここまで走って来た体温が残っている内に、気合いを入れて着替えてしまおうと服を脱いだ所へ、溝呂木先生と、剣道部の部員何人かが入って来た。
 この時期に、こんな時間から道場に来る、剣道バカ一代な部員が居るとは思わなかった。
 溝呂木先生も、公式戦の前ならともかく、普通このタイミングでは来ないだろう。何考えてるんだ。
 勝手に道場を使って、大した時間ではないが、照明に電気代も必要だったはずなので、どう言い訳しようかと躊躇した。
 最初からちゃんと話しておけば良かった。
「あの…」
 事情を話そうとする間もなく、溝呂木先生に詰め寄られた。
「お前、何やってるんだ、武藤」
「ええと…朝練?」
 つい、疑問形になってしまった。
「それは見れば分かる」
 溝呂木先生は言った。
「何でここで着替えてるんだ」
「めんどくさいから」
 正直に答えた。
「ダメですか」
「ダメだぁー」
 全面否定。おまけに、怒っている。
「お前は、道場で女の子の前でパンツ一丁になって、何か疑問は湧かなかったのか。客観的に犯罪者だろうが」
 女の子って誰?と思って、有坂と目が合った。
「ああ、なるほど」
 率直に言った。
「忘れてました」
 溝呂木先生は、頭を抱えた。バカ相手に議論するのが虚しくなったのだ。
 武藤君は武藤君で、大学三年の成人女性を女の子扱いする溝呂木先生のファンタジーっぷりについて行けないで居る。
 先生が一人もんなのは、この辺が原因じゃないのか?
 どっちもどっちなのだが、有坂本人が口を出した。
「先生、先輩は女の子扱いしないで、本気で相手してくれてるんです」
「当然だ。剣道に男も女もない」
 溝呂木先生は、断言した。
「もちろん、着替えた後の話だー!!」
 小一時間説教コースに突入。朝練台無し。
 何が悪かったのか、理解も反省もしていない武藤君は、いつも通り溝呂木先生の説教を聞き流した。
 正に、馬の耳に念仏。

「昨日は、すみませんでした」
 偶然、学食で会った有坂に、謝られた。
 思わない臨時収入があったので、久し振りに学食で定食を食っていた武藤玲司は、顔を上げた。
「いや…俺も不注意だったし」
 道場で会う分には、単なる後輩なのだが、こうして学内で見ると、やっぱり若い女の子だ。
 一緒に来ていた友人達は、全然体育会系ではなくて、普通にかわいい。
 こういう集団に入っていると、有坂も多少でかいだけで、普通の女子大生に見える。何か、服装もお洒落だし。
 別に、ぼろぼろのジャージを着ているのが恥ずかしい訳ではないが、俺とはジャンルの違うええ所のお嬢さんなんだろうな…と思った。
 一緒に入って来た友人達が、後ろから「誰?」と小声で聞いている。
 それじゃあこれで…と断って、友人達の所に戻った有坂が、説明しているのが聞こえた。
「剣道部の先輩。ほら、この前言ってた」
「うそ、あれがかっこいい先輩?あり得んわ」
「ていうか、あれ先輩なの。あたしらとタメか下ぐらいじゃない」
「大体、ジャージで学校来る奴って、意味分からん」
 私も、たまにジャージで来てるんだけど…と、有坂が文句を言っている。
 それはそうなのだが、さすがに講義の時は着替えているのだ。
 お値段は、二十年据え置き三百八十円の、特大チキンカツ定食(ごはん大盛りは50円アップ)をむさぼり食いながら、武藤玲司は多少むっとしていた。
 お前ら、全部聞こえてるぞ、全く。
 ジャージは平気だが、童顔なのはけっこう気にしているのだった。
 何で、女のひそひそ話って、こんなに良く聞こえるんだ。
 それから、かっこいい先輩というフレーズを思い出して、機嫌を直した。
「ふふふ…かっこいい俺」
「寝言か、気持ち悪い」
 友人の山本に、後頭部を張り倒された。
「何すんだよ。うれしさの余韻に浸ってたのに」
「うーん、かっこええのぉ」
 絶対、褒め言葉ではない口調で言われた。
「明日のバイト、遅れるなよ。迎えに行くからな」
「分かってるよ」
 バスも電車もろくにない場所でのバイトだった。
 いつも山にばかり行っている山本が、久し振りに二人でバイトしないかと持ちかけてきたのだ。おまけに、超有名変身ヒーローの着ぐるみショー。
 少年の心を忘れないと言うより、心根がお子ちゃまなので、変身ヒーローは大好きなのだ。
「お前、バク転とか普通に出来るって言ってあるから、期待されてるぜ」
「任せなさい、剣道の防具フル装備でも出来るよ」
 練習試合中にやったら、めっちゃ怒られたので、特に使ってはいないのだが。
「何しろかっこいいからな、俺は」
「ああ、また変な病気なんだ」
 気心の知れた友達なので、山本は容赦しなかった。
「期待してるぞ」
 山本は一応言った。
「あんなの出来る奴、知り合いでは、お前だけだからな」

 何を期待されているのかは、翌日分かった。
「彼が剣道部の…?」
 着ぐるみショーの現場監督(絶対、他に正式名称があると思われる)は、腕組みした。
 何か、素人には難しい殺陣でもあるのだろうか。
「体格も同じくらいだし、セリフはアフレコで録音したやつ流すけど、昼までに台本憶えられる?」
「大丈夫です。こいつ、アホそうな顔してるけど、割と頭いいから」
 山本は、勝手に太鼓判を押している。話からすると、誰かの代役らしい。
 周囲には、同じ様にバイトらしい者が何人か居て、少し離れて、主役をやるらしい青年が居た。
 顔は出ないとはいえ、主役の変身ヒーローで、それなりの演技とアクションが必要なので、有名ではなさそうだが、きっとプロなのだろう。
「良かったよ。前に雇ってきちんとリハまでしたバイトの子が、着ぐるみに耐えられなくてね」
 現場監督は、言った。
「剣道部なら、真夏でも臭い防具を着けて練習してるだろうから、大丈夫だろう」
「ええっ、俺が期待されてるポイント、そこですか」
 何だか、嫌な予感。
「それと、着ぐるみ三十キロあるけど、まぁそれは、鍛えてるから大丈夫だよな」
 部屋の隅に、おどろおどろしい怪人の着ぐるみが鎮座している。重そうだ。
「騙したなぁ、山本〜」
「騙してない、アクションもあるし、ある意味準主役」
「どうせ悪なら、総帥とか、もっと偉い人がいいよぅ」
「諦めろ。今年のライダーの敵役は、女だ」
 悪の女幹部。それは何だか楽しみだ。

 女性用の控え室は別にあったらしく、司会のお姉さんと、何だかエロい感じの悪の女幹部は、別室から出て来た。
 温泉地とホテルを併設した公園でのヒーローショーは、日曜日のせいか、そこそこ人が集まっていた。
 きっと、番組自体に人気があるのだろう。
 大きなお友達にも、子供をダシにやって来た若い奥様達にもひるまない司会のお姉さんと主役は、さすがにプロだ。
 公演が終わると、バイト代の振り込みは来月になると言われたが、温泉の入浴券を渡された。
 普段、ろくに風呂に入ってないと責められる事は多いが、実は風呂は好きなのだ。特に、銭湯とか温泉とか、広い所。
 ただ単に、めんどくさいのと予算の関係で、日常的に入らないだけ。
 そこが一番ダメな部分なのだが、戦闘員一号の山本と一緒に温泉に入って、帰路についた。
 広い庭園になっている敷地内を、駐車場に向かって歩いていると、そこから見下ろせるホテルのロビーに、なぜか有坂が居た。
 小学生ぐらいの子供が、周囲を走り回っていて、少し困った顔をしている。
 立ち止まって見ていると、向こうから、温泉の浴衣を着た、夫婦連れらしい男女が現れ、子供はそちらに駆け寄った。
 年の離れた兄が居るという話は聞いていたから、兄夫婦とその子供かも知れない。
 もしかして、さっき悪側で大暴れしてたのも、見られてるのか?
 大体、女子大生が日曜日に、兄夫婦とその子供と一緒に、温泉なんか来るなよ、変な奴。(自分の変さは棚上げ)
 色々突っ込みどころはあるのだが、見つかりたくないのでさっさと帰る事にした。
 夜からは塾のバイトだし。

 その後は、朝練以外、特に接点は無かった。
 その朝練も、色々忙しいのか、ここしばらく連絡もない。
 なので、図書館で会った時は、少し驚いた。
 図書館に居る事自体は、特に変でもないのだが、理工学部の学生しか借りない様な専門書を広げて、辞書とノートパソコンを傍らに、難しい顔をしていたからだ。
 確か、英米文学科だったはずだ。
「何してんの」
 後ろから声をかけると、突然で驚いたのか「ひゃあ」と変な声を出した。
「あ、先輩」
 周囲から睨まれたので、小声になった。
 パソコンには、伏せ字だらけの日本語の文章が表示されている。
「エロ本かよ、これ」
「違います」
 エロくもないのに、伏せ字だらけだ。
 しばらく見て、専門書を翻訳しているのだと気が付いた。
 こういう文学じゃないやつの翻訳までやるのか?けっこうハードだな。
 おまけにこれ、まだ日本語訳は出ていないやつだ。
「あ、これ、読みたかったんだ。図書館に入ってたのか」
「すいません。ずっと借りっぱなしで。翻訳が中々進まなくて」
 当たり前だ。素人に翻訳出来る様な内容じゃない。
「何で、文系なのにこんなのやってんの」
「ゼミの先輩に頼まれて…」
 頼むな、そんなもん…と思った。
 軌道エレベーターの具体的な設計についての、けっこう突っ込んだ内容の専門書で、理工学部でも、宇宙関係を専門にやっていないと、まともに内容も理解出来ない様な代物だ。
「断れよ、そんなの」
 体育会系は、先輩に逆らえない…というより、有坂が人がいいのにつけ込んで、無理な事を押し付けている奴が居るんだろう。
「そういう訳にも…」
 困っている様子だが、投げ出すつもりはないらしい。
「最近、朝練無いのは、このせい?」
「すみません。本当は毎日でも道場に行きたかったんですけど」
 手こずっているらしい。
 ちょっとため息をついた。
「良かったら手伝おうか?」
「いいんですか」
 相当困っていたらしく、一瞬表情が明るくなった。
 それから、俯いた。
「やっぱりダメです。先輩も色々お忙しいのに」
 忙しいのはデフォルトだ。別に、気にされる事じゃない。
「その本、うちのゼミの連中も、皆捜してたんだよ。個人で買うには高い本だし。早く返却されたら皆助かるさ」
 何のつもりで、後輩にこんな無理難題を押し付けているのかは、後でじっくり追求してやろうと思った。
 とりあえず今は、ちゃっちゃと翻訳を終わらせて、本を確保したい。

 有坂が分かる部分を訳した後、専門的な部分を付け足してから、もう一度校正するという作業を繰り返して、思いの外早く、翻訳は終わった。
 有坂の英語力はかなりのレベルだった。
 武藤君の場合、英作文は英語圏の中学生程度なのだが、専門知識はあるので、翻訳はさくさく進んだ。
 卒論で、無茶なテーマを選んだ挙げ句、優秀な後輩に翻訳を押し付けた先輩については、正体も分かったので後でこっそり絞めるとして、その日武藤玲司はがっくり落ち込んでいた。
「ああ…やっぱり軌道エレベーターって、とっくに実用化されてるはずだったんだ」
 技術的には、もっと昔に可能だったが、コスト面から言っても、とっくに実現していなければおかしい。
 実用化されていないのは、輸送用シャトルの大半を飛ばしている大国の都合と、エレベーター基底部の設置場所を巡っての、利権争いだ。本当にくだらない。
 宇宙では、ただ生きて呼吸をしているだけでも、コストがかかる。
 低コストでの運搬が出来る軌道エレベーターが運用されれば、宇宙に居る人間が、どれ程助かるか。
 それに、重力圏離脱時の負荷も軽減されるので、やむを得ない事情で地球に来た、低重力圏出身者も、それ程過酷なリハビリをせずに、宇宙へ戻れる。
「何もかもがっかりだ」
 有坂の先輩は、とりあえず物陰に引きずり込んでボコっておいたが、気は晴れない。
「あの…本当にすみません」
 有坂に謝られたが、いや、君が謝る事じゃないんだ。
「先輩がバイトでいつも忙しい理由は、溝呂木先生に聞きました。私、何も知らなくて、迷惑ばっかりかけて」
「ああ、何だ、そっちの話か」
 軽い口調で言ってしまった。
「え?それじゃあどっちの話だったんですか」
 驚いた感じで聞かれた。
「秘密」
 言い切ると、不満そうな顔をされた。
 まぁいいか、説明が面倒なだけで、本当は秘密でも何でもないし。
「俺、実は宇宙人なの。その辺は溝呂木先生に聞いてない?」
 宇宙人というのは、地球外出身者の総称で、太陽系の外から来た知的生命体の事ではない。
 そっちは異星人と呼ばれている。
 現在確認されている唯一の異星人は、何十万年も前に木星周辺に活動の痕跡を残して消えている。
 現在も、研究調査はされていたが、コンタクトを取るのは絶望的だというのが、今の所の学説だ。
「そうなんですか」
 どうリアクションしていいか良く分からないらしく、困った顔になっている。
 言わなきゃ良かったな…と、何となく思った。

 その後、今度は有坂が武藤先輩の論文を手伝う事になった。
 悪いねと言われたが、お返しが出来て、内心ほっとしている。
「先輩の文章って、平易だけど表現がちょっと子供っぽいですよ」
「英語圏に居たの、中二までだからなぁ」
 内容は専門的なのに、作文能力が中坊並みで、不気味な論文になっている。
 このまま外国の科学雑誌に送りつけるつもりだったのが、さすがにいい根性だ。
 この人、理系に時々居る専門バカなのかしら…と、ちょっと思った。
 単なるバカなのは、まだバレてないのだ。
「ところで有坂って、休みの日は何してるの」
 いきなり聞かれたので、有坂は硬直した。
「えええっ、何でそんな事聞くんですかー」
 ちょっとうろたえている。
「二週間前の日曜に、温泉で見たから」
 見られたー。日曜の昼間から、若い娘が温泉でぷらぷらしている所を目撃されたー。
「どうして知ってるんですか」
「ほら、あの時のアリ地獄怪人、俺」
「色々やってるんですね」
 甥を引率して見ていたが、全然気が付かなかった。まぁ、着ぐるみだし、気付かないのが普通だが。
「今度は戦隊物やるんだけど、イエロー役の女の子がまだ決まってないんだよね。有坂、どう?」
「だ…ダメです。ていうか無理です。そんな人前に出るバイト。私、背は高いし胸はちっちゃいし、もっと普通の娘に…」
 うーん、山本、女装決定か…と、独り言を言い始めた。それから、設楽でも誘ってみるかなと呟いている。
「設楽先輩なら、可愛いし、いいんじゃないですか」
「顔は出ないからどうでもいいんだけど」
 さりげなく非道い事を言っているのに、本人は気が付いていない。天然は恐ろしいのだ。
 何だかがっかりしていた有坂は、それからふと思い直して、聞いた。
「先輩は、今度の土曜もバイトですか?」
「そうだけど、何」
「あの、サッカーのチケット貰ったから、どうかなと思って。私の友達は皆、スポーツにあんまり興味ないし」
「ああ、昼だったら空いてるけど。土日は、七時から塾の講師やってるから」
 それはもしかして、このままの破れたジャージ姿でやってるんですか?と、一瞬聞きそうになった。
 他の服を着ているのは、見た事がなかったからだ。父兄から苦情は来ないんだろうか。
「色々お世話になったし、昼ご飯おごりますよ」
 武藤玲司最大の弱点を直撃。
 ごはん食べさせてあげようと言われると、子供よりも簡単に不審者にでも付いて行ってしまうタイプだ。
 しかし、同じ学生で後輩の女の子相手だと、さすがにちょっと遠慮したらしい。
 相手がちゃんとした収入のある社会人なら、女だろうが年下だろうが、平気なのだが。
「それは悪いよ。ええと…」
 妥協案を見つける事にした。
 昼ご飯は食いたいし、特別サッカーが好きな訳ではないが、スポーツ観戦全般は、割と好きだ。
「じゃあ、また弁当作ってよ。ほら、卵焼きとか唐揚げ入ったやつ」
 そんなのでいいなら…と、有坂はうなずいた。

「デートじゃん、それ」
 ワンゲルの部室で、ご飯を炊いていた山本弘は、言った。
「そうかぁ」
 武藤玲司は、気のない感じで言った。
「でもほら、相手有坂だぜ」
「ああ、剣道部のでっかい娘ね」
 山本はうなずいた。
 休学して、外国のけっこうきびしい山に行ったりしているが、山本は小柄で、体も細い。
 見た目は武藤君の方が十倍くらい強そうなのだが、筋力と瞬発力以外は、山本の方が上だった。
 大学に入った頃に出来た友達だが、低重力症の治療も完全に終わっていなかった当時は、自分よりずっとちっちゃい山本が、何十キロもある荷物を山頂に運び上げるバイトを、普通に楽々とやっているのが、何だかショックだった。
 今でも、あれはちょっと真似出来ない。
「それよか、スタジアムの隣って動物園だったろ。入場料って高いかな」
「なぜ、否定しておいて、そんなバリバリのデートコースに行きたがる?」
「動物園、行った事ないんだよ。ゾウとかキリンとかクジラとか居るんだろ」
「クジラは哺乳類だが、動物園には居ない」
 水族館にだって、めったに居ない。いつも忘れているが、たまに地球人なら普通に知っている事を知らなくて驚くな…と、山本は考えた。
「動物園は公営だから安いよ。四、五百円くらいだったと思うけど」
「虎とかライオンとか、かっこいいよな」
 ダメだ、いつも通り人の話は聞いてない。
 なぜか、ワンゲルなのに山用の装備ではなく、普通の炊飯器でご飯を炊いていた山本は、炊きあがったアラームを聞いて、炊飯器を開けた。
 一升炊きで、中にはみっちりご飯が入っている。
「こんなにどうすんの」
 明らかに、食わせろと言う口調で、武藤玲司は聞いた。
「農学部のラボで加工してもらうんだよ。通常のフリーズドライより、更に軽量化する実験をしてるとかで、まぁ、実験台として八ヶ岳に持ってく」
「もったいない。今食った方が美味いのに」
 そういう問題ではないのだが、まだ予備があって腹も減ったので、食ってしまう事にした。
 まだ、農学部でもらって来て水にかしてある米が、二升くらいある。
 スーパーで買って来た総菜をおかずに、二人で三合くらい食った後、さすがに満腹になったので、残りはおにぎりにして、山本は続きを炊き始めた。
「篠原とかに持って行ってやれよ。残りは、家で食えばいいし」
 理工学部の宇宙工学科で共同研究をしている篠原は、特に友達ではないが、研究者としては申し分ない相方だった。
 実家は近所なのに、なぜか大学に寝泊まりしている事が多くて、普段ろくな物を食っていない。
「うん、そうする」
「それからお前、相手はでかいだけで普通の子なんだから、あんまりダークな事すんなよ。いきなりホテルに連れ込むとか」
「大丈夫、そんな予算はない」
 自信満々で断言された。うわー、ダメだこいつ。
「あったらするのかよ、お前は」
「うーん、どうだろう」
 ちょっと考え込んだ。それから、顔を上げた。
「まぁ、嫌がられなかったらやっちゃうな。もれなく」
「そういう芸風、改めろよ」
 さすがに忠告した。
「平気だって。変な病気はもらってないし」
「誰も、お前の健康なんか心配してない」
 こんな人を誘うなんて、有坂もうかつ過ぎである。

 案の定、彼女は友人に寄ってたかって責められていた。
「何考えてるの、あんたは」
「だって、誰もサッカー行かないって言うから」
 ハンバーガーをかじりながら、有坂はぶつぶつ言った。
 女四人でファーストフードにたむろって、もう一時間以上経つ。それは良くある話だが、普通の女子大生はハンバーガーをお代わりしたりはしない。
「だからって、あれは無いでしょう。もうちょっとましなの居なかったの」
「かっこいいと思うんだけどなぁ。道場に居る時とか」
 絶対、その他の場所に居る確率の方が高い。
「やめて、そんなピンポイントのかっこ良さで男を選ぶの」
「まぁ、あんたがそれでいいと言うならいいけど。ほら、餞別」
 友人三人の中で一番ギャル系寄りの(あくまでも三人の中では比較的寄ってるだけ)キミ子が、なぜか化粧ポーチからコンドームを引っ張り出して握らせた。
「彼氏居ない歴二年に、終止符を打つんだ。あんなのでも居ないよりまし」
「何をアメちゃんみたいな気軽さで握らせるんじゃコラ」
 友達と居る時は、ちょっと芸風が違う有坂は突っ込んだ。
「こんなん使う様な事は無いっていうか、あり得ないし」
「何だ、付き合ってる訳じゃないんだ」
「ないわよ、あんな変な人と」
 かっこいいとか言っていた割には、きっぱり言い切った。
「良かったわ、あんたに客観的な判断力があるのが分かって」
 すっかり氷が溶けて、ぐだぐだになってしまったコーラの残り汁をすすってから、向かいに座った松本が言った。
「この前例の翻訳で色々手伝って貰ったし、お礼にご飯でもご馳走しようかなと思っただけよ」
「ああ、あれはひどかったもんね。断らないあんたも悪いけど、相川最悪」
「良かったじゃん、理工学部に知り合い居て」
「そうなんだけど…」と、有坂はため息をついた。
「おごらせるのも悪いから、お弁当作って来てだって」
「男は分かってないね。朝っぱらから早起きして弁当作るくらいなら、金で解決した方がマシなのに」
「うわ、まっちゃん夢がない…」
 松本の隣に座った細倉が言った。
「それより、カオルが作った料理を、積極的に食べたい男が居るなんて方がびっくりだよ」
 キミ子が、容赦のない事を言った。
「その人、味覚は大丈夫なの」

 大失敗だー!!
 広い動物園のベンチで弁当を食いながら、武藤玲司は内心叫んだ。
 有坂の弁当が美味しかった事は無いが、今までは塩が利きすぎたり足りなかったりするおにぎりとか、クリーチャーみたいな形の炒めたウィンナーとか、変に茶色い卵焼きとか、何で味付けしてあるのか見当も付かないサラダとか、要はまぁ、通常の人間でも食べられる範囲内のまずさだったのだ。
 しかし今日は、いつもより凝った物を作ったのが良くなかったらしい。
 好き嫌いは特にないし、食い意地は張っているし、自分もたまに変な失敗料理を作ってしまうので、原料が食材なら食えない物は無いのだが、やっぱり美味しい方がいいに決まっている。
 更に、動物園内の獣臭さが、弁当のまずさに追い打ちをかけていた。
 応援していたチームが勝って、サッカーを見ていた時はご機嫌だったのだが、あのままスタジアムの周辺で食えば良かった。
 場所もメニューも、何もかも大失敗だ。
「ええと…これは唐揚げ?」
 黄色い何かを箸でつまんで聞いた。カレーの匂いがする。
「カレー味と普通のと、両方作ったんですけど。あの…唐揚げ好きだって言ってたから」
「わーい、カレーも大好き」
 口に入れた所で、好きな物が合体したからと言って美味しくはならない事が判明。
 粉っぽくてピリ辛なのに塩味のしない物体が、市販のカレーパウダーを唐揚げ粉の代わりにまぶして揚げただけの代物だという事に、料理をあんまりしない武藤君は気が付かない。
 好き嫌いはないが、激辛系は苦手なので、これは厳しい。
 というか、味覚がちびっ子なので、お子ちゃまが喜ぶような物を入れておけば間違いないのに、有坂も変な方向に張り切ってしまった。
 急いでおにぎりを食って自分を誤魔化し、普通の唐揚げにシフト。
 幸い、今日のおにぎりは普通の味だったので油断した所へ、何をどうしたのか見当も付かない唐揚げが直撃した。
 見た目は普通だったのに…。
 ああ…遠慮するとか、キャラにない事はやめて、ラーメンでもおごってもらっとけば良かった。
 幸い、ちくわにキュウリを詰め込んだ、味の予想が付く物があったのでそれを食ってから、いつものスターシップトゥルーパーズのバグみたいになってしまったウィンナー(多分タコ)を捜したが、今日は入ってない。
 とりあえず、お茶を渡してくれたので飲んだ。
 それから、いつも入ってるこのにがすっぱい緑色の物体は何だろうと考えながらつついて、相変わらず変な色だが、最初の頃よりはだいぶ普通の形になって来た卵焼きを二個いっぺんに口に入れて、再び唐揚げにチャレンジ。
 はっきり言って通常の人間なら諦めるレベルだが、根が貧乏性なので残すという選択肢はない。
「サンドイッチもありますけど」
 二個目の包みには、タマゴサンドとキュウリサンドが詰まって、横にみかんの輪切りとリンゴが入っている。
 キュウリは、多少辛子が利きすぎだが、シンプルなサンドイッチだし、普通の味だ。タマゴサンドは、どっちかというとうまい。
「んー、これはうまい」
 無心に食い始めたのでほっとしていた有坂は、ふと「これは」の部分が気になったのか、自分も唐揚げを口に入れた。
 何かむせている。
 涙目になりながらどうにか飲み込んだ。
 それから、更に食い進もうとしている弁当箱を奪い取った。
「こんなの食べちゃダメぇ!!」
 まずくても、食い物を取り上げられるのは許せない武藤君は、弁当を取り返した。
「まだ食ってるだろうが」
「嫌ぁぁ食べないでー」
 全力で弁当を奪回した有坂は、そのまま走り去った。
 こんな所に一人で置いて行かれても困るんだが…。

 動物園が広いせいなのか、もう帰ってしまったのか、有坂は見つからなかった。
 ゾウの前でしばらく黄昏れていた武藤玲司は、帰る事にした。
 バスの時間を確認してから、閉園の近付いた動物園を出た。
 親子連れやカップルが、楽しそうに同じ方向に歩いている。
 客観的に見れば、俺も今日はそういう楽しそうな集団の一員だったのに、何でこんな事になってしまったんだ。
 弁当がまずいくらいで、逃げる事ないのに、全く。
「ああ、腹も減った。最悪だ」
 中途半端にしか食ってないので、空腹だ。
 人の流れに乗っていたら、いつの間にか駐車場に来てしまった。
 あまり交通の便が良くない郊外にあるスタジアムと動物園は、車で来る人の方が多いのだ。
 もしかしてと思って行ってみると、朝乗って来た車がまだあって、有坂がしょんぼりした感じで横に立っていた。
「何だ、待ってたなら連絡くれよ」
 一応逃げたものの、帰り道困ると思って待っていたのだろう。バスは三十分に一回だし。
「帰るから送って」
 声をかけると、車のキーを開けてくれた。

 帰り道も無言で、何だか気詰まりだった。
 市内に向かって渋滞している道路をとろとろ進んでいると、間が持たない。
 仕方がないので、こちらから声をかけた。
「さっきの弁当、まだ残ってんだろ。ちょーだい」
「あんなの食べないでください」
 ハンドルを握って前を向いたまま、有坂は言った。うっすら涙目になっている。
 そこまで気にする様な事か?
「だって腹減ったんだもん」
 後部座席に放り出してあった包みを、勝手に取って食い始めた。
 ひとしきり食い終わって見ると、有坂は本気で泣いている。
 わぁ、危ねぇ…ていうか、めんどくせぇ。
「その辺に駐めろよ、運転替わるから」
 有坂が素直にホームセンターの駐車場に入ったので、運転を代わって、再び渋滞した道に出た。
「家、どこだっけ」
 一応、送って行くつもりで聞いた。こんなんで運転させたらやばい。
 本当は、落ち着くまで付き合った方がいいのかも知れないが、バイトを休むという選択肢は無いのだ。
 小声で言われた住所は、意外と自分が住んでいるアパートの近くだった。
 近いと言っても二キロくらいは離れているが、何となくイメージとしては、もうちょっと大学の近所に住んでいると思っていたのだ。
 どちらかというと、学校からの距離は、彼女の方が遠い。
 よく俺より先に来て、道場の掃除までやってたな…と感心した。
 その上、弁当まで作ってくれていたなら、一体何時に起きてたんだろう、こいつ。
 おかげで凝った物が作れなくて、今日のような惨事は避けられていたのだが、何となく悪い事をしたかも知れないと思った。
 得意でもないのに料理作るとか、大変だよな…良く考えたら。
「泣くな、変な事頼んだ俺が悪かった」
 有坂は、西瀬戸大一の貧乏人と呼ばれている武藤先輩が、普通に運転免許持っていて、しかもそこそこ運転も上手い事に驚いていたのだが、声をかけられて俯いた。
「すみません。何か色々」
 その後は、家に帰るまでまた、無言だった。
 有坂の家は、乗って来た車を見た時にそうじゃないかとは思っていたが、住宅街にある普通の民家で、実家から大学に通っているのだと云う事が分かった。
 金持ちならともかく、学生が個人用に乗り回すには、贅沢な車種だったからだ。
 というか、お金持ちの学生なら、こんなおっさん臭い車には乗らないし。
 普通の家庭で育った、普通の娘なんだなぁと思った。
 お茶でも飲んで行かないかと言われたが、バイトの時間が迫っているのを口実にして、そのまま車を降りて帰る事にした。
 悪いから送って行くと云うのも、近所だからと断った。
 事実だが、半分は言い訳だ。
 まだ時間はあるし、送ってもらったりしたら、かえって気詰まりだ。
 家まで走って帰りながら、武藤玲司は考えた。
 別に付き合ってる訳でもない女相手に、何やってんだろうな…俺は。

「それは、普通にお付き合いすればいいんじゃないのかな。別に嫌われてないみたいだし」
 迫田宗光は、空いてしまったグラスに、どぼどぼと酒を注いだ。
 共通の友人山本弘の実家は酒屋で、市内に何軒か支店を展開していたが、その一軒の二階に、山本はアジトをこしらえていた。
 すっかり改装された二階は、自作のクライミングウォールが設置され、下にはマットが敷かれている。
 マットの上で、三人は久し振りに集まって酒を飲んでいた。
「だって、普通なんだよ」
 まるで、それが欠点でもあるかの様に、武藤玲司は言った。
「いいじゃん普通。特に、性格も顔も悪くなく、通常の範囲内」
「俺が、普通と続かなかったの、知ってるくせに」
 実は、如月トリコと別れて以来、一般的には色々引かれる様な女遍歴を繰り返して来た武藤君だが、一度だけ普通の娘と付き合った事があるのだ。
 二週間持たなかったけど。
 他の、遊びで付き合っていた相手とは違って、割と本気だったのに。
 でも、二週間。
「普通は無理」
 言い切った。
「あれ、普通じゃないと思うけど」
 山本は、痛い所を突いた。
「一緒の高校だったから知ってるけど、何て言うかスポ根…変だよ、あいつは」
「それは知ってるけど、普通なんだよ」
「ああ…そういう」
 二人とも、気心の知れた友達なので、何を言いたいのかは分かっている。
「そんな事気にするのは、お前的に変だぞ。ガンガン行こうぜ」
「そういう、ゲームのコマンドみたいな単語で、他人の恋愛を括るのは、どうかと思うけど」
「ああ、恋愛ならガンガン行こうぜでいいだろ、お前の芸風的に」
 言われてみればそうだ。
 困るのは、有坂が女として好きなのか、単なる好ましい後輩なのか、自分で全く分からない所だ。
 そんな事悩んでいる時点で、そこそこ好きなんだと思うが、何しろ相手、普通だし。
「普通は困るなぁ」
 お金がないと云うだけで、相手が望んでいるような通常の付き合いも出来ないし、何もかも違い過ぎて、最後にはケンカになってしまう。
 ああいうのは、もうごめんだ。心身共にしんどい。
「お前こそ、平地でしか生きて行けない彼女とはどうなってんだよ」
 自分の方に矛先が向いたので、山本は微妙な顔をした。
「まぁ、そこそこ続いてるよ。最近、仕事が忙しいとかで、たまにしか会ってないけど」
「お前もそろそろ卒業しろよ。来年もダブるつもりか」
 多少酒が回って来たのか、迫田が普段は聞かない様な事を言った。
「お前らだって、来年も学生じゃないか」
「俺らはダブってないもん」
 めずらしく、友人二人に責められた山本は、うーん、来年カラコルムに行く予定だったけど、やっぱり残りの単位取るの優先か…とか、割と当たり前の事を悩み始めた。

 有坂からは、あれ以来連絡がなかった。
 気まずいのかも知れないし、彼女も三年で、そろそろ就活も始める時期だろうし、色々忙しいだけかも知れない。
 武藤玲司当人も、ぼちぼち就活の目処を立てていたが、通常の学生とは全く違うポイントで行き詰まっていた。
「何で面接にスーツが必要なんだ。ジャージでいいだろうが、ジャージで」
 本気で文句を言いながら、服屋のチラシをぐしゃぐしゃに丸めて部屋の隅に投げた。
 希望の会社は、関東方面に固まっているので、旅費も必要だ。
 とりあえず、倉田教授に勧められた地元企業の面接も受けておく事にして、後は金儲けに走る事にした。
 幸い、いいタイミングで魔界の仕事が入った。
 何て言うか、魔法使いに塾の講師に清掃員にコンビニ店員に戦隊ヒーローって、どういう状況なんだ俺は。
「ダメだ、我に返ったら負けだ」
 ケータイを取り出してスケジュールを打ち込んでから、夜中のバイトまで少し寝ようと思ったが、なぜか今日は眠れない。
 いつでも何処でも寝られるのが取り得なのだが、たまにはこんな事もあるかと思って、しばらく本を読んだり、年明けから始める予定の実験に使うエンジンの設計図を書き直してみたり、色々やった後、AVを取り出してプレイヤーにしか使っていない古いゲーム機に入れた。
 内容は何度も見たので分かっているのだが、久し振りに見ると、そこそこ新鮮だ。
 抜きどころは決まっているのに、スキップしないで最初から全部見てしまった。
 おまけに、バイトの時間は迫っているのに、眠たくなって来た。
 本当に、何やってんだか…俺。
 そう言えば、最近大人しくしてたので、生身の女には半年以上触ってない。
 寝てしまわない様に用心しながら、布団の上に横になってため息をついた。
「あー、何か彼女欲しいな…普通の」
 普通は無理とか自分で言っておきながら、この有様だ。
 心にすき間が出来ると、人はとんでもない行動に出るものなのだった。

2010.3/12up










後書き
 まぁ特にヤマもオチもない話なんで、暇つぶしにだらだら読んでいただけたら…と。
 鯖丸も有坂も、普通の男女交際には全く向いてないですね。というか、書いてる本人が、恋愛物に全く適性がないので、何に分類していいか全く分からないぐだぐだした話になってますが、それは本編も同じなので、まぁいいか。
 今回は外界での話なので、あえて文中で鯖丸という呼び名は使わなかったんですが、別人みたいで変な感じでした。

後半予告
 後半は『ヤクザvs魔法使い』の冒頭部分くらいから始まります。
 暴走する武藤君、定規で測る有坂、ミニスカメイドと執事、エクストリームエロ本隠し地球最後の性戦は少年達に託す、おっぱいパブ専属サンタ、等。
 羅列すると何が何だか分からない後半へ続く。

最後に、三匹ぐらいが斬る!! 0.5 next

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