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続・大体三匹ぐらいが斬る!! back next

登場人物

武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。失恋以来、女関係の暴走がより悪化中の悪魔超人。魔法使いとしても、だいぶ人間離れして来た。将来が微妙に不安。卒論の〆切も不安。

ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 元宇宙軍特殊部隊所属。戦闘用ハイブリットの先祖返りタイプ。素で強い上に魔力も高い、設定が反則なおっちゃん。

如月トリコ(トリコ) ビーストマスターの二つ名を持つ腕利きの魔女。外界ではロリ、魔界では巨乳のエロ系姐さんだが、基本的な立ち位置はおかん。

ルイス・アレン・バーナード(フリッツ) 先祖返りではなく、本物の戦闘用ハイブリット。一応、宇宙軍の所属だが、集団行動が出来ないので、半端仕事を任される事が多い。ツンデレ。

ケビン・マクレー(バット) 国連宇宙軍の少佐。昔、ジョン太の部下だった。U08の事故原因を調査している。

ヤン・コーウェン ハーマン社のエージェント。U08で起こった事故の処理を担当している。

メアリー・イーストウッド U08で行方不明になっていた少女。ヤン・コーウェンの孫。

吉村美津子 ジョン太の嫁。看護師。

如月由樹 トリコの息子。ませた幼稚園児。

続・大体三匹ぐらいが斬る!!

3.トリコとフリッツ(後編)

 軌道ステーションには、二十時間程で着いた。
 来た時より早く戻れた理由が、どうやらトリコには理解出来ていない様子だった。
 軍用機って速いなぁ…と感心している。
「いや…ハンマーヘッドとステーションは、公転周期も地球からの高度も違うから…」
 ジョン太は説明したが、トリコは訳分からんと云う顔をしている。
「おい、お前が説明してやれよ。理数系だろ」
「うーん」
 シャトルの中でも、始終うとうとしていた鯖丸は、待合室のソファーにくたりと倒れ込んだ。
「疲れたから、寝る」
 言った直後に、熟睡してしまった。
 いつもの事だが、精神的にしんどい時も、寝れば治るらしい。
 ある意味、うらやましい奴だ。
 そうでなきゃ、今までとてもやって来れなかったんだろうな…と思った。
 R13に居た子供の頃には、メアリーの比じゃないくらい酷い目に遭っているし、その後も色々苦労はあったはずだ。
 隣で、平気そうな顔で座っているトリコも、政府公認魔導士だった頃に色々あったので、この程度の事では全くへこたれていない様子だ。
 というか、精神的に一番タフなのは、絶対こいつだ。
 繊細なおっちゃんが、ため息をついて肩を落としていると、手続きが終わったらしいマクレーが現れた。
「問題ありませんでしたよ。荷物も、来た時と同じですから、通関手続きも終わっています」
 ほっとした。
 鯖丸の奴、絶対倉田教授に頼まれた、違法なデータを持ち出しているはずだが、どこへ隠したのか、頑として口を割らなかった。
 ここをクリア出来れば、たぶん地球でも無事通れるだろう。
「幕張宇宙港行きの便は、明日の午前九時出発です。それまでゆっくり休んでください」
 既に、ゆっくり休んでしまっている鯖丸を見て、マクレーはちょっと笑った。
「今度の事では、色々ご迷惑をかけました。申し訳ない」
「いや…お前も色々大変だったろう」
 こんなに早く帰れたのは、マクレーが無理をしてくれたおかげだ。
 無断で囮にされていた件を差し引いても、充分おつりが来る。
「まぁ、多少の無理はしましたが…」
 マクレーは言った。
「中尉殿とまた、同じ作戦に従事出来たのは、幸運でした」
「いや…俺は民間人だし。普通に仕事しただけだから」
「軍には戻られないんですか」
 マクレーは尋ねた。
 ジョン太は、少し考え込んでから、答えた。
「俺は、軍人には向いてないよ。今も、昔も」
「それもそうですね」
 マクレーはうなずいた。

 熟睡している鯖丸をたたき起こして、割り当てられた部屋のカードキーを渡し、どこも同じ様に見える廊下を移動した。
 本気で半分寝ているくせに、意外と迷わず自分の部屋に入って行く鯖丸を確認してから、ジョン太は、トリコと並んで廊下を歩いた。
 向こうからフリッツが来た。
 マクレーの部下だったのは、一時的な事だと言っていたのは本当らしい。
 ステーションに着いてからは、全くの別行動になっていた。
 何か言いたい事があるらしく、トリコの方を見たが、二人とももう、仕事が終わったので、翻訳機を返してしまっている。
 このまま席を外すか、残って通訳してやるべきか、ジョン太は暫く迷った。
 それから、フリッツの必死な顔を見て、自分は居ない方がいいと判断した。
「16番の出発ゲートに、八時集合だから」
 トリコに言ってから、英語に切り替えた。
「そっちは、何時に出るんだ」
「十二時」
 フリッツは答えた。
 確か、カナダ行きの便があった。
「じゃあ、時間あるな。こいつ、数字しか読めないから、迷うと思うんだ。16番ゲート前まで連れて来てくれないか。八時な」
「分かった」
 フリッツは、素直にうなずいた。らしくない。
「俺も、ちょっと休む。じゃあな」
 軽く挨拶して、ジョン太は自分に割り当てられた部屋に、入ってしまった。

 ジョン太が変に気を利かしたので、トリコは途方に暮れていた。
 ついさっきまで、不自然ながらも意思の疎通は出来ていた相手に、今は何を言っても通じない。
 フリッツは、トリコの手を掴んで、どんどん先へ歩いて行ってしまっている。
 仕方なく付き合っていると、何となく見覚えのある場所へ出た。
 この先は、一度行った事のある展望室だ。
 こういう所が好きだと思われたんだろう。確かに、嫌いじゃない。
 途中でコーヒーのサーバーがあったので、フリッツの手を引いて止め、コインを入れて二つ取った。
 アルコール類や、高価な嗜好品以外は、食事も飲み物も全部無料だったハンマーヘッドとは、随分違う。
 地球に近い場所に戻って来たのだと、何となく思った。
 飲み物をこぼさない様に、フリッツの後を追った。
 低重力で、普通に歩けているのは、我ながらすごいと思う。ここへ来た時は、まともに歩く事も出来なかったのに。
 展望室は、前に来た時と同じだったが、今はステーションの機体が、視界の半分を覆って、その向こうに夜の面を曝した地球があった。
 地表に、点の様に明かりが灯っている。
 日本も、端の方に見えた。
 主要都市には、明るい光が灯っているが、四国の辺りはちらほらだ。
 明日には帰れると思うと嬉しかったが、少し寂しいのも確かだ。
 フリッツが、窓に近い場所に腰を下ろしたので、隣に並んで座った。
 何か話しかけて来たが、意味は分からないので、ぼんやりと聞いていた。
 肩を抱かれた。
 こんな所で何するんだと思ったが、改めて周りを見ると、過半数がカップルだ。
 以前来た時は、こんな事は無かったので、時間帯とか曜日とか、色々あるのかも知れない。
 夜景を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
 さすがに、有料だけあって、ハンマーヘッドの食堂で出るやつより美味しい。
 しばらく夜景を見て過ごして、食堂に行って夕食を取って、部屋の前まで戻った。
 昨日、あんな事があったので、このまま一緒に居たいのか、ここで別れたいのか、よく分からない。
 じっと見ていると、言葉が通じていた時には気が付かなかった、微妙な表情が、何となく分かった。
 フリッツは、同じ原型タイプのハイブリットでも、ジョン太の様には感情があまり顔に出ない。
 一生懸命見ないと、分からない。
 めんどくさい奴だなと思ったが、そもそも、めんどくさくない奴と付き合った記憶が無かったので、苦笑いしてしまった。
 変な笑い方をしたので、フリッツは別の意味に取ったらしく、がっくりした感じで、繋いでいた手を離して、帰りかけた。
「待てよ、そう云うんじゃないから」
 引き止めると、本気で嬉しそうな顔をした。
 そのまま、部屋に入るかと身振りで指差すと、首を横に振って、別の場所に連れて行かれた。
 少し離れた場所で、見た様な軍服が、きちっとハンガーに掛けて壁に吊されているので、フリッツの部屋だと分かる。
 分かるが、部屋の仕様は、自分が割り当てられた所と、全く同じだ。
 別に、どっちでもいいんじゃないかと思ったが、何か、変なこだわりがあるんだろう。
 他に家具がないので、ベッドに並んで座った。
 抱き合ってキスをした。
 ああ、私も、こいつの事は、割と好きだったんだなぁ…と思った。

 爆睡して、少し元気になった鯖丸は、食堂でばりばりメシを食っていた。
 疲れたら、食って寝て、時々ナンパ。ステキな動物っぷりだ。
 トリコとフリッツが、一緒に入って来たのは気が付いていたが、向こうはこちらに気付いていない様子なので、こっそりラーメンの替え玉をもらって、席に戻った。
 というか、ラーメンが国際的なメニューになってる事は周知の事実だが、何で替え玉システムが導入されてる?
 フリッツが、トリコの事を好きなのは知っていたが、トリコが楽しそうな顔で笑っているのは、予想外だった。
 俺じゃダメだったくせに、そんな奴がいいのかよ…。
 フリッツを見る度に、不愉快になってしまう理由は、自分で分かっていた。
 トリコと別れてから、心の中に大きな穴が空いていた。
 あまり大きいので、一人じゃ埋められないと思って、色んな女と遊びや本気で付き合ったけど、ダメだった。
 それなのに、二人が一緒に居る所を見て、何だかほっとしていた。
 辛いけど、これでちゃんと諦めて、前へ進める気がする。
 とりあえず、二個めの替え玉を吸い込んでしまったので、じわりとカウンターに忍び寄った。
「おっちゃん、替え玉もう一個。ついでにチャーシューとスープも足して」
「それはもう、替え玉じゃないけど」
「あ、そうか」
 一般常識を諭されたので、どうせ仕事中は領収証切れば経費で落ちると思い直して、追加注文した。
「餃子定食、ライス大盛りで」

 翌日、16番ゲートの入り口に、皆が集合した。
 トリコは、十分前くらいに、フリッツと一緒に現れた。
 手を繋いで歩いて来た二人は、ジョン太と鯖丸の姿を見ると、慌てて離れた。
 いや…そーゆーのはもう、今更いいから。
「何だよ、変なフラグが立ったなら、ぼきっと折ってやろうか」
 鯖丸は、にこやかに笑って言った。
「いや…フラグとか立ってない。別のもんは立ったけど…」
「何が?」
「秘密だ」
 さすがに、フリッツの辛くて恥ずかしい過去に関しては、仕事仲間にも言えない。
 ゲートを抜けて、搭乗口に向かった。
 見送り出来るのは、ゲートの前までだ。
 皆がゲートを抜ける前に、フリッツはトリコに封筒を手渡した。
 真剣な表情で、何か言った。
 ゲートを抜けてから、トリコは尋ねた。
「あれ、何て言ってた?」
「文通してくれって」
「ええっ、今時、メールじゃなくて文通?」
 封筒の中には、住所と電話番号が書いてあった。
 大体、言葉も通じないのに、文通って何だ。
 うかつに仲良くしてしまったが、これ、今後大変なんじゃないのか。
 フリッツは、ゲートの向こうに立って、こちらを見送っている。
 何と言うか、最初に会った時と、全然キャラ違うじゃないか、こいつ。
「うわぁ、軍曹がデレ期に入ってる。キモい」
「本人は真剣なんだから、キモいとか言うなよ」
 トリコは、一応止めた。
「何となく分かった。真剣な恋愛って、端から見るとちょっと痛いし、可笑しいよね」
 鯖丸は言った。失礼な意見だ。
「俺はもう、しばらくそーゆーのはいいや」
「しばらくなんだ…」
 トリコはつぶやいた。
 何となく、鯖丸の態度も、いつもと違う。
 いや、違うと云うより、別れる前に、普通に接していた頃に近かった。
 何だかほっとした。
 こいつはこいつで、あれから色々思う所はあったんだろう。
「だって、将来的にはいい感じの娘と恋愛して、幸せな家庭を持ちたいもん」
 こいつ、自分では気が付いてないと思うが、私と付き合ってた頃は、もう出来てる所に入り込んで、手っ取り早く目標を達成しようとしていたな…と思った。
 今更指摘するのも気の毒だ。
 黙っている事にした。
 ゲートを抜けて、待合室に入ると、向こう側とはガラスの仕切りで隔てられているが、電話の様な有線通話を使うと、会話も出来る。
 フリッツは、向こう側に立って、見送っている。
 鯖丸が、受話器を取って向こうの有線電話を鳴らした。
 フリッツが、不振な顔をしながら、電話に出た。
 ガラス越しに、五十センチ程度しか離れていないのに、電話でしか会話出来ないのは、不思議な感じだ。
「あー、フリッツ。ちょつと話があるけど」
 英語なので、トリコには分からないはずだ。
「何だ」
 トリコにはでれでれしていたくせに、他は相変わらずだ。
「俺がトリコと付き合ってたのは、知ってると思うけど」
「ウインチェスターに聞いた」
 フリッツは答えた。
「それで?」
「俺は結局、死んだトリコのダンナを、忘れさせる事は出来なかったよ。お前は、それが出来るのかよ」
 フリッツは、意外そうな顔をした。
 思ってもいなかった事を言われた。
「忘れる必要なんか、あるのか?」
 ええと、何それ。
「お前はやっぱり、見た目通りのガキだな」
「てめぇに言われたくないよ」
 乱暴に電話を切ったが、通話相手がまだ目の前に居て、にやにや笑っている。
 うわ、超むかつく。
 受話器を戻したフリッツは、待合室の時計を指差して、もう時間がないから行くという身振りをして、手を振った。
 トリコは手を振り返している。
 以前なら腹立たしい場面だが、何となく、もういいやと思った。

 十二日振りに、地球に戻った。
 体が重い。
 元々、低重力の影響が普通の人間より少ないジョン太はともかく、トリコが意外と平気そうなのは、釈然としない。
「元から、減る程筋肉ねぇんだよ、こいつ」
 ジョン太はいい加減な事を言ったが、それだけとは思われない。
 生まれつき、宇宙での生活に耐性の高い人が居ると聞いていたが、それなのか。子供の方が適応力が高いが、もしかして、トリコの肉体年齢は、外見通りなのか、今更だが謎だ。
 検疫や通関手続きはすぐに済んだが、一週間以上宇宙に居た者は、地球環境にすぐ戻れるかどうか、検査される。
 ステーションから宇宙港への移動より、着いてからの手続きの方が長かった。
 銃器や刀の様な、国内で持ち歩けない物を、別便で魔界へ配送する手続きも残っている。
 久し振りにケータイの通じる場所まで戻って来た三人は、待ち時間の間に、あちこちに電話とメールを入れた。
 やっと地球に帰って来た気がする。
 所長に連絡を入れた後、どうやら家に電話していたらしいジョン太は、二人に言った。
「みっちゃんが空港まで迎えに来てくれるってさ。お前らも乗って行くだろ」
 車を出してくれるらしい。
「助かるよ。バスは、駅までしか行かないからな」
 メールを打っていた手を止めて、トリコは言った。
「ついでに、由樹君を託児所まで迎えに行こうかって。どうする」
 そこまで甘えるのもどうかと思ったが、自宅に帰ってから車を出していたら、かなり遅い時間になってしまう。
 バスや電車で寄るには、不便な場所だし。
「うん。悪いけどお願いしようかな。みっちゃんって、本当は何て名前だっけ」
 ジョン太に名前を聞いたトリコは、吉村さんという人が代わりに迎えに行きますから…と、連絡を始めた。
 一段落付いたジョン太が、鯖丸の方を見ると、メールを打っている最中だった。
 ミッションコンプリートとか、ふざけたタイトルを付けている。
 ちらりと見えた送信相手は、倉田教授だった。
 こいつ、本気でどこにデータ隠してるんだ。
 荷物を受け取って、ゲートを出るまでは、気が気ではなかった。
「お前、データどこにやったんだよ」
 聞いてみると鯖丸は、悪い顔で笑って「秘密」と言った。
 きっちり調べられた荷物を受け取り、無事にゲートを出た時には、夕刻が近かった。
 空港まで直行のモノレールに乗り、四国行きの国内線最終便に、予定通り搭乗した。
 
 地元の空港に着いた時には、九時が近かった。
 地方の空港なので、飛行機を降りて少し歩けば、出口は目の前だ。
 売店や食堂は、もう閉まっていたが、出口の外には、迎えに来た家族や友人達が、群れをなして待っていた。
 交通の便が悪い地方都市ならではの光景だ。
 みっちゃんは、人混みから少し離れた場所で待っていたが、目立つ容姿のジョン太をすぐに見つけて、手を振った。
 隣に、所在なげな顔で手を引かれた由樹が居る。
 ジョン太とは面識があるが、みっちゃんとは初対面なので、何となく不安なのだろう。
 特に受け取る手荷物も無いので、ゲートを抜けるのはあっという間だった。
 機内持ち込みの出来ない荷物を預けた乗客は、ベルトコンベアの前で待っている。
 人混みをかき分けたジョン太は、みっちゃんに駆け寄って抱きしめ、キスをした。
 長い間寂しかったよ…とか言っている。
 基本的にシャイなおっちゃんだが、さすが外人。こういう場面では、臆面がない。
 ぽかんとして見ていた由樹は、人の波にうもれていたトリコを、やっと見つけた。
「母ちゃん、遅い」
 文句を言った。
「ごめん」
 そう云えばトリコって、こんな時に「仕事だから」とか言い訳しているのを、聞いた事が無いなぁ…と、鯖丸は思った。
 一緒に暮らしていた事もあるから、色々大変なのは知っている。
 男関係はだらしないけど、基本的にはいいお母さんだよなぁ…と思いながらぼんやり見ていたら、由樹がこちらに気付いた。
「あっ、鯖くんだ」
「げっ、見つかった」
 適当に理由を付けて、バスと徒歩で帰ろうと思っていた鯖丸は、その場で固まった。
 トリコと別れて以来、由樹とも一度も会っていなかった。
 最後に見た時より、少し大きくなっている。
 子供の成長は、早いなぁと思った。
 確か、来年の春には小学生だ。
「や、久し振り」
 鯖丸は、適当な挨拶を返した。
「何してたの?たまには遊びに来なよ」
 いや、それは大人の事情で…とか、言い訳を口に出す前に、由樹は言った。
「母ちゃんとは別れても、おれ達は友達だろ」
 そうなんだ。
 何だかちょっと嬉しい。
「ほら、ケータイ出して。アドレス交換するからさ。何か母ちゃんは教えてくれないし」
 トリコの方を見ると、別にいいよという顔をしたので、ポケットからケータイを取り出した。
「待って。今、メモリーカード抜いてるから、内装メモリにスキ間作る」
 少しの間ケータイを操作してから、鯖丸は受信ボタンを押した。
 情報を交換し終わってから、鯖丸はため息をついた。
「由樹、お前って大人だなぁ」
「鯖くんが子供」
 由樹は言い切った。

 空港から市街地までの幹線道路を、皆を乗せた車は走っていた。
 賑やかなのか寂しいのか、微妙に分からない、地方都市の県庁所在地特有の、中途半端な夜景が、後ろへ流れて行く。
 ああ、帰って来たんだなぁと思った。
 地球なんて、帰る場所じゃないと思っていたし、家に帰っても、誰が待っている訳でも無い。
 それでも、ほっとした。
 これで、元の生活に戻れる。
 放り出して来てしまった、色々な事を考えると、気持ちが重かった。
 メアリーは、元の生活に戻れるんだろうか。ケントは、地球で、お母さんと一緒に暮らせるんだろうか。ワーニャは、月に戻って、新しい生活を始めるんだろうか。身寄りの無くなったシンディーは、これからどうなるんだろうか。
 それから、U08での事故は、きちんと解明されて、それなりの対処がされるんだろうか。
 どれもこれも、自分の手には負えない事ばかりだった。
 自分が、何の力もない若造だという事は、内心分かっていたが、今までは、頑張ればどうにかなると思っていた。
 本当は、そうじゃない事も、薄々分かってはいたけど。
 鬱々と考え込んでいたら、ハンドルを握っているみっちゃんが声をかけた。
「武藤君、久し振りに会うけど、ずいぶん大人になったわねぇ」
「え…?」
 反論しようと思ったけど、もうあんまり気力が無かった。
 帰ろう。帰って寝よう。出来れば十二時間ぐらい。
「ガキですよ、俺なんて」
 何となく、投げやりに言ってしまって、後悔した。
 何も出来ない、無力なガキだ。

 蚊に刺された。
 築四十年、風呂無し、便所共同のボロアパートで、鯖丸はぼりぼり向こうずねを掻いていた。
 地球に戻って来た感、満載だ。
 留守中、ろくに干していないまま放置した布団には、ダニーちゃんが繁殖したらしく、背中もかゆい。
「地球なんか嫌いだ」
 地球のせいにするのは、絶対濡れ衣だ。
 布団は干せ。蚊取り線香を焚け。
 という風な、的確なツッコミをするジョン太とも、しばらく会っていない。
 幸いな事に、裁判とかでややこしくなっているにも関わらず、通常十二日間働いた分のバイト代は、支払われていた。
 近いうちにボーナス分も支払うと言われたので、勝算はあるらしい。
 これで卒論に集中出来る。ありがたい。
 卒論の為の資料をまとめながら、普段、自宅ではあんまり見ないテレビを見ていた鯖丸は、固まった。
 U08のニュースをやっている。
 報道された内容は、知っている物とはかけ離れていた。
 たまたま近くにあった廃棄衛星が、軌道を外れて飛んで来た所を、センサーの故障で避けきれなかった為に起こった事故だと、アナウンサーは言っていた。
 U08に、危険を覚悟で救助隊を送り込み、遺族に対して、出来る限りの保証をすると公言したハーマン社は、英雄的な扱いになっている。
 真相がどの辺にあるのか知らないが、見なきゃ良かった。
 U08が閉鎖系プラントの実験コロニーで、複雑な利権争いがある事は、一部の人間は知っているが、その内忘れられるだろう。
 R13の事件が、一部の宗教系テロリストに興味のある人間以外には、忘れられた様に。
 本気でやりきれない。
 いつまで、こんな事が続くんだろう。
 たぶん、永遠にだ。
 辛い。
 それでも、地球に来た頃程は、心が痛まなかった。
 俺も、嫌な感じで大人になったんだなぁ…と、思った。

 一ヶ月振りに、仕事で魔界に入った。
 いつも通り会社の倉庫に入って、装備を調えた。
 割とヤバイ仕事だが、いつも通りなので、何だか安心する。
 いつも通り自分の刀を持ち出した鯖丸は、いつもと違って、座り込んで刀の鞘を点検し始めた。
 不審に思いながら見ていたジョン太は、鞘にべたべた貼り付けていたシールの一枚を、鯖丸が念入りに剥がし始めたのを見て、あんぐりと口を開けた。
 小学生男児でも、ちょっとませた子供なら、貼るのは躊躇する「ドッキリマンシール」の裏に、ケータイのメモリーカードがあった。
 最近のカードは、小指の爪より小さい上に薄い。
 シールの裏に貼り付けてしまえば、それは分からないが、調べられたら、あっという間にバレる。
 刀の持ち主が、基本設定でアホになっているから使える、必殺技だ。
「おま…いつそれにデータ移した…ていうか、どうやって」
「秘密」
 鯖丸は、言い切った。
「知ってたら、ジョン太本気で共犯になるよ」
 カードをケータイに戻した鯖丸は、倉田教授宛にデータを送信し始めた。
「お前、それバレてたら、まだ地球に戻れてないぞ」
「そうかもね」
 平然と言って、刀を手に取って、立ち上がった。
 何て恐ろしい奴…。
「早く行こう。今度の依頼者、中で待ってるんだろ」
 鯖丸は、先に立って歩き出した。
「ああ」
 ジョン太はうなずいて、後に続いた。

2009.8/12up











後書き
 今までの三匹は、鯖丸が様々な困難に立ち向かって、まぁそれなりに乗り越えて来たんですが、今回は乗り越えないまま終了。後味悪いけど、たまにはそんな事もあるさという話です。
 とりあえず、失恋の傷手は乗り越えられたみたいなので、それでいいか…。
 姐さんとフリッツについては、今後も絡ませて行く予定です。

次回予告&後書きの続き
 次回の鯖は院生。
 何て言うか、初登場時には十九歳だった事を思うと、月日の経つのは早いねぇ…と、近所のおばちゃんみたいな事を言ってみるけど、月日を経たせているのは確実にわしだ。
 このまま順調に行くと、武藤君、学位取って博士になっちゃいますよ、バカのくせに。
 実は、マンガ版(月飛で描いてるやつ。ネットにアップする予定は、今の所ない、コピー同人誌です)描き始めた頃は、このまま話が長くなったら、その都度留年させれぱいいや…とか、ええかげんな考えだったんですが、今の展開にして良かったと思ってます。
 こんなに続くとも、思ってなかったし。
 そーゆー訳で、次回は、アダルトな感じの鯖丸です。
 いつも通り魔界に入って暴れつつ、就職先も決まったり、卒論が終わったら、修士論文に追われたり、それなりに恋愛もしたり、悪霊付きのアパートに引っ越したり、ヤクザと戦ったりします。
 今回が微妙にすっきりしないエンディングだったので、何と言うか、鯖でさわやかな展開は無理だと思うけど、それなりに青春物な感じにしたい。
 という訳で、続きます。

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