novel
続・大体三匹ぐらいが斬る!! back next登場人物
武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。失恋以来、女関係の暴走がより悪化中の悪魔超人。魔法使いとしても、だいぶ人間離れして来た。将来が微妙に不安。卒論の〆切も不安。
ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 元宇宙軍特殊部隊所属。戦闘用ハイブリットの先祖返りタイプ。素で強い上に魔力も高い、設定が反則なおっちゃん。
如月トリコ(トリコ) ビーストマスターの二つ名を持つ腕利きの魔女。外界ではロリ、魔界では巨乳のエロ系姐さんだが、基本的な立ち位置はおかん。
ルイス・アレン・バーナード(フリッツ) 先祖返りではなく、本物の戦闘用ハイブリット。一応、宇宙軍の所属だが、集団行動が出来ないので、半端仕事を任される事が多い。ツンデレ。
ケビン・マクレー(バット) 国連宇宙軍の少佐。昔、ジョン太の部下だった。U08の事故原因を調査している。
ヤン・コーウェン ハーマン社のエージェント。U08で起こった事故の処理を担当している。
メアリー・イーストウッド U08で行方不明になっていた少女。ヤン・コーウェンの孫。
吉村美津子 ジョン太の嫁。看護師。
如月由樹 トリコの息子。ませた幼稚園児。続・大体三匹ぐらいが斬る!!
3.トリコとフリッツ(後編)
軌道ステーションには、二十時間程で着いた。
来た時より早く戻れた理由が、どうやらトリコには理解出来ていない様子だった。
軍用機って速いなぁ…と感心している。
「いや…ハンマーヘッドとステーションは、公転周期も地球からの高度も違うから…」
ジョン太は説明したが、トリコは訳分からんと云う顔をしている。
「おい、お前が説明してやれよ。理数系だろ」
「うーん」
シャトルの中でも、始終うとうとしていた鯖丸は、待合室のソファーにくたりと倒れ込んだ。
「疲れたから、寝る」
言った直後に、熟睡してしまった。
いつもの事だが、精神的にしんどい時も、寝れば治るらしい。
ある意味、うらやましい奴だ。
そうでなきゃ、今までとてもやって来れなかったんだろうな…と思った。
R13に居た子供の頃には、メアリーの比じゃないくらい酷い目に遭っているし、その後も色々苦労はあったはずだ。
隣で、平気そうな顔で座っているトリコも、政府公認魔導士だった頃に色々あったので、この程度の事では全くへこたれていない様子だ。
というか、精神的に一番タフなのは、絶対こいつだ。
繊細なおっちゃんが、ため息をついて肩を落としていると、手続きが終わったらしいマクレーが現れた。
「問題ありませんでしたよ。荷物も、来た時と同じですから、通関手続きも終わっています」
ほっとした。
鯖丸の奴、絶対倉田教授に頼まれた、違法なデータを持ち出しているはずだが、どこへ隠したのか、頑として口を割らなかった。
ここをクリア出来れば、たぶん地球でも無事通れるだろう。
「幕張宇宙港行きの便は、明日の午前九時出発です。それまでゆっくり休んでください」
既に、ゆっくり休んでしまっている鯖丸を見て、マクレーはちょっと笑った。
「今度の事では、色々ご迷惑をかけました。申し訳ない」
「いや…お前も色々大変だったろう」
こんなに早く帰れたのは、マクレーが無理をしてくれたおかげだ。
無断で囮にされていた件を差し引いても、充分おつりが来る。
「まぁ、多少の無理はしましたが…」
マクレーは言った。
「中尉殿とまた、同じ作戦に従事出来たのは、幸運でした」
「いや…俺は民間人だし。普通に仕事しただけだから」
「軍には戻られないんですか」
マクレーは尋ねた。
ジョン太は、少し考え込んでから、答えた。
「俺は、軍人には向いてないよ。今も、昔も」
「それもそうですね」
マクレーはうなずいた。
熟睡している鯖丸をたたき起こして、割り当てられた部屋のカードキーを渡し、どこも同じ様に見える廊下を移動した。
本気で半分寝ているくせに、意外と迷わず自分の部屋に入って行く鯖丸を確認してから、ジョン太は、トリコと並んで廊下を歩いた。
向こうからフリッツが来た。
マクレーの部下だったのは、一時的な事だと言っていたのは本当らしい。
ステーションに着いてからは、全くの別行動になっていた。
何か言いたい事があるらしく、トリコの方を見たが、二人とももう、仕事が終わったので、翻訳機を返してしまっている。
このまま席を外すか、残って通訳してやるべきか、ジョン太は暫く迷った。
それから、フリッツの必死な顔を見て、自分は居ない方がいいと判断した。
「16番の出発ゲートに、八時集合だから」
トリコに言ってから、英語に切り替えた。
「そっちは、何時に出るんだ」
「十二時」
フリッツは答えた。
確か、カナダ行きの便があった。
「じゃあ、時間あるな。こいつ、数字しか読めないから、迷うと思うんだ。16番ゲート前まで連れて来てくれないか。八時な」
「分かった」
フリッツは、素直にうなずいた。らしくない。
「俺も、ちょっと休む。じゃあな」
軽く挨拶して、ジョン太は自分に割り当てられた部屋に、入ってしまった。
ジョン太が変に気を利かしたので、トリコは途方に暮れていた。
ついさっきまで、不自然ながらも意思の疎通は出来ていた相手に、今は何を言っても通じない。
フリッツは、トリコの手を掴んで、どんどん先へ歩いて行ってしまっている。
仕方なく付き合っていると、何となく見覚えのある場所へ出た。
この先は、一度行った事のある展望室だ。
こういう所が好きだと思われたんだろう。確かに、嫌いじゃない。
途中でコーヒーのサーバーがあったので、フリッツの手を引いて止め、コインを入れて二つ取った。
アルコール類や、高価な嗜好品以外は、食事も飲み物も全部無料だったハンマーヘッドとは、随分違う。
地球に近い場所に戻って来たのだと、何となく思った。
飲み物をこぼさない様に、フリッツの後を追った。
低重力で、普通に歩けているのは、我ながらすごいと思う。ここへ来た時は、まともに歩く事も出来なかったのに。
展望室は、前に来た時と同じだったが、今はステーションの機体が、視界の半分を覆って、その向こうに夜の面を曝した地球があった。
地表に、点の様に明かりが灯っている。
日本も、端の方に見えた。
主要都市には、明るい光が灯っているが、四国の辺りはちらほらだ。
明日には帰れると思うと嬉しかったが、少し寂しいのも確かだ。
フリッツが、窓に近い場所に腰を下ろしたので、隣に並んで座った。
何か話しかけて来たが、意味は分からないので、ぼんやりと聞いていた。
肩を抱かれた。
こんな所で何するんだと思ったが、改めて周りを見ると、過半数がカップルだ。
以前来た時は、こんな事は無かったので、時間帯とか曜日とか、色々あるのかも知れない。
夜景を眺めながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
さすがに、有料だけあって、ハンマーヘッドの食堂で出るやつより美味しい。
しばらく夜景を見て過ごして、食堂に行って夕食を取って、部屋の前まで戻った。
昨日、あんな事があったので、このまま一緒に居たいのか、ここで別れたいのか、よく分からない。
じっと見ていると、言葉が通じていた時には気が付かなかった、微妙な表情が、何となく分かった。
フリッツは、同じ原型タイプのハイブリットでも、ジョン太の様には感情があまり顔に出ない。
一生懸命見ないと、分からない。
めんどくさい奴だなと思ったが、そもそも、めんどくさくない奴と付き合った記憶が無かったので、苦笑いしてしまった。
変な笑い方をしたので、フリッツは別の意味に取ったらしく、がっくりした感じで、繋いでいた手を離して、帰りかけた。
「待てよ、そう云うんじゃないから」
引き止めると、本気で嬉しそうな顔をした。
そのまま、部屋に入るかと身振りで指差すと、首を横に振って、別の場所に連れて行かれた。
少し離れた場所で、見た様な軍服が、きちっとハンガーに掛けて壁に吊されているので、フリッツの部屋だと分かる。
分かるが、部屋の仕様は、自分が割り当てられた所と、全く同じだ。
別に、どっちでもいいんじゃないかと思ったが、何か、変なこだわりがあるんだろう。
他に家具がないので、ベッドに並んで座った。
抱き合ってキスをした。
ああ、私も、こいつの事は、割と好きだったんだなぁ…と思った。
爆睡して、少し元気になった鯖丸は、食堂でばりばりメシを食っていた。
疲れたら、食って寝て、時々ナンパ。ステキな動物っぷりだ。
トリコとフリッツが、一緒に入って来たのは気が付いていたが、向こうはこちらに気付いていない様子なので、こっそりラーメンの替え玉をもらって、席に戻った。
というか、ラーメンが国際的なメニューになってる事は周知の事実だが、何で替え玉システムが導入されてる?
フリッツが、トリコの事を好きなのは知っていたが、トリコが楽しそうな顔で笑っているのは、予想外だった。
俺じゃダメだったくせに、そんな奴がいいのかよ…。
フリッツを見る度に、不愉快になってしまう理由は、自分で分かっていた。
トリコと別れてから、心の中に大きな穴が空いていた。
あまり大きいので、一人じゃ埋められないと思って、色んな女と遊びや本気で付き合ったけど、ダメだった。
それなのに、二人が一緒に居る所を見て、何だかほっとしていた。
辛いけど、これでちゃんと諦めて、前へ進める気がする。
とりあえず、二個めの替え玉を吸い込んでしまったので、じわりとカウンターに忍び寄った。
「おっちゃん、替え玉もう一個。ついでにチャーシューとスープも足して」
「それはもう、替え玉じゃないけど」
「あ、そうか」
一般常識を諭されたので、どうせ仕事中は領収証切れば経費で落ちると思い直して、追加注文した。
「餃子定食、ライス大盛りで」
翌日、16番ゲートの入り口に、皆が集合した。
トリコは、十分前くらいに、フリッツと一緒に現れた。
手を繋いで歩いて来た二人は、ジョン太と鯖丸の姿を見ると、慌てて離れた。
いや…そーゆーのはもう、今更いいから。
「何だよ、変なフラグが立ったなら、ぼきっと折ってやろうか」
鯖丸は、にこやかに笑って言った。
「いや…フラグとか立ってない。別のもんは立ったけど…」
「何が?」
「秘密だ」
さすがに、フリッツの辛くて恥ずかしい過去に関しては、仕事仲間にも言えない。
ゲートを抜けて、搭乗口に向かった。
見送り出来るのは、ゲートの前までだ。
皆がゲートを抜ける前に、フリッツはトリコに封筒を手渡した。
真剣な表情で、何か言った。
ゲートを抜けてから、トリコは尋ねた。
「あれ、何て言ってた?」
「文通してくれって」
「ええっ、今時、メールじゃなくて文通?」
封筒の中には、住所と電話番号が書いてあった。
大体、言葉も通じないのに、文通って何だ。
うかつに仲良くしてしまったが、これ、今後大変なんじゃないのか。
フリッツは、ゲートの向こうに立って、こちらを見送っている。
何と言うか、最初に会った時と、全然キャラ違うじゃないか、こいつ。
「うわぁ、軍曹がデレ期に入ってる。キモい」
「本人は真剣なんだから、キモいとか言うなよ」
トリコは、一応止めた。
「何となく分かった。真剣な恋愛って、端から見るとちょっと痛いし、可笑しいよね」
鯖丸は言った。失礼な意見だ。
「俺はもう、しばらくそーゆーのはいいや」
「しばらくなんだ…」
トリコはつぶやいた。
何となく、鯖丸の態度も、いつもと違う。
いや、違うと云うより、別れる前に、普通に接していた頃に近かった。
何だかほっとした。
こいつはこいつで、あれから色々思う所はあったんだろう。
「だって、将来的にはいい感じの娘と恋愛して、幸せな家庭を持ちたいもん」
こいつ、自分では気が付いてないと思うが、私と付き合ってた頃は、もう出来てる所に入り込んで、手っ取り早く目標を達成しようとしていたな…と思った。
今更指摘するのも気の毒だ。
黙っている事にした。
ゲートを抜けて、待合室に入ると、向こう側とはガラスの仕切りで隔てられているが、電話の様な有線通話を使うと、会話も出来る。
フリッツは、向こう側に立って、見送っている。
鯖丸が、受話器を取って向こうの有線電話を鳴らした。
フリッツが、不振な顔をしながら、電話に出た。
ガラス越しに、五十センチ程度しか離れていないのに、電話でしか会話出来ないのは、不思議な感じだ。
「あー、フリッツ。ちょつと話があるけど」
英語なので、トリコには分からないはずだ。
「何だ」
トリコにはでれでれしていたくせに、他は相変わらずだ。
「俺がトリコと付き合ってたのは、知ってると思うけど」
「ウインチェスターに聞いた」
フリッツは答えた。
「それで?」
「俺は結局、死んだトリコのダンナを、忘れさせる事は出来なかったよ。お前は、それが出来るのかよ」
フリッツは、意外そうな顔をした。
思ってもいなかった事を言われた。
「忘れる必要なんか、あるのか?」
ええと、何それ。
「お前はやっぱり、見た目通りのガキだな」
「てめぇに言われたくないよ」
乱暴に電話を切ったが、通話相手がまだ目の前に居て、にやにや笑っている。
うわ、超むかつく。
受話器を戻したフリッツは、待合室の時計を指差して、もう時間がないから行くという身振りをして、手を振った。
トリコは手を振り返している。
以前なら腹立たしい場面だが、何となく、もういいやと思った。
十二日振りに、地球に戻った。
体が重い。
元々、低重力の影響が普通の人間より少ないジョン太はともかく、トリコが意外と平気そうなのは、釈然としない。
「元から、減る程筋肉ねぇんだよ、こいつ」
ジョン太はいい加減な事を言ったが、それだけとは思われない。
生まれつき、宇宙での生活に耐性の高い人が居ると聞いていたが、それなのか。子供の方が適応力が高いが、もしかして、トリコの肉体年齢は、外見通りなのか、今更だが謎だ。
検疫や通関手続きはすぐに済んだが、一週間以上宇宙に居た者は、地球環境にすぐ戻れるかどうか、検査される。
ステーションから宇宙港への移動より、着いてからの手続きの方が長かった。
銃器や刀の様な、国内で持ち歩けない物を、別便で魔界へ配送する手続きも残っている。
久し振りにケータイの通じる場所まで戻って来た三人は、待ち時間の間に、あちこちに電話とメールを入れた。
やっと地球に帰って来た気がする。
所長に連絡を入れた後、どうやら家に電話していたらしいジョン太は、二人に言った。
「みっちゃんが空港まで迎えに来てくれるってさ。お前らも乗って行くだろ」
車を出してくれるらしい。
「助かるよ。バスは、駅までしか行かないからな」
メールを打っていた手を止めて、トリコは言った。
「ついでに、由樹君を託児所まで迎えに行こうかって。どうする」
そこまで甘えるのもどうかと思ったが、自宅に帰ってから車を出していたら、かなり遅い時間になってしまう。
バスや電車で寄るには、不便な場所だし。
「うん。悪いけどお願いしようかな。みっちゃんって、本当は何て名前だっけ」
ジョン太に名前を聞いたトリコは、吉村さんという人が代わりに迎えに行きますから…と、連絡を始めた。
一段落付いたジョン太が、鯖丸の方を見ると、メールを打っている最中だった。
ミッションコンプリートとか、ふざけたタイトルを付けている。
ちらりと見えた送信相手は、倉田教授だった。
こいつ、本気でどこにデータ隠してるんだ。
荷物を受け取って、ゲートを出るまでは、気が気ではなかった。
「お前、データどこにやったんだよ」
聞いてみると鯖丸は、悪い顔で笑って「秘密」と言った。
きっちり調べられた荷物を受け取り、無事にゲートを出た時には、夕刻が近かった。
空港まで直行のモノレールに乗り、四国行きの国内線最終便に、予定通り搭乗した。
地元の空港に着いた時には、九時が近かった。
地方の空港なので、飛行機を降りて少し歩けば、出口は目の前だ。
売店や食堂は、もう閉まっていたが、出口の外には、迎えに来た家族や友人達が、群れをなして待っていた。
交通の便が悪い地方都市ならではの光景だ。
みっちゃんは、人混みから少し離れた場所で待っていたが、目立つ容姿のジョン太をすぐに見つけて、手を振った。
隣に、所在なげな顔で手を引かれた由樹が居る。
ジョン太とは面識があるが、みっちゃんとは初対面なので、何となく不安なのだろう。
特に受け取る手荷物も無いので、ゲートを抜けるのはあっという間だった。
機内持ち込みの出来ない荷物を預けた乗客は、ベルトコンベアの前で待っている。
人混みをかき分けたジョン太は、みっちゃんに駆け寄って抱きしめ、キスをした。
長い間寂しかったよ…とか言っている。
基本的にシャイなおっちゃんだが、さすが外人。こういう場面では、臆面がない。
ぽかんとして見ていた由樹は、人の波にうもれていたトリコを、やっと見つけた。
「母ちゃん、遅い」
文句を言った。
「ごめん」
そう云えばトリコって、こんな時に「仕事だから」とか言い訳しているのを、聞いた事が無いなぁ…と、鯖丸は思った。
一緒に暮らしていた事もあるから、色々大変なのは知っている。
男関係はだらしないけど、基本的にはいいお母さんだよなぁ…と思いながらぼんやり見ていたら、由樹がこちらに気付いた。
「あっ、鯖くんだ」
「げっ、見つかった」
適当に理由を付けて、バスと徒歩で帰ろうと思っていた鯖丸は、その場で固まった。
トリコと別れて以来、由樹とも一度も会っていなかった。
最後に見た時より、少し大きくなっている。
子供の成長は、早いなぁと思った。
確か、来年の春には小学生だ。
「や、久し振り」
鯖丸は、適当な挨拶を返した。
「何してたの?たまには遊びに来なよ」
いや、それは大人の事情で…とか、言い訳を口に出す前に、由樹は言った。
「母ちゃんとは別れても、おれ達は友達だろ」
そうなんだ。
何だかちょっと嬉しい。
「ほら、ケータイ出して。アドレス交換するからさ。何か母ちゃんは教えてくれないし」
トリコの方を見ると、別にいいよという顔をしたので、ポケットからケータイを取り出した。
「待って。今、メモリーカード抜いてるから、内装メモリにスキ間作る」
少しの間ケータイを操作してから、鯖丸は受信ボタンを押した。
情報を交換し終わってから、鯖丸はため息をついた。
「由樹、お前って大人だなぁ」
「鯖くんが子供」
由樹は言い切った。
空港から市街地までの幹線道路を、皆を乗せた車は走っていた。
賑やかなのか寂しいのか、微妙に分からない、地方都市の県庁所在地特有の、中途半端な夜景が、後ろへ流れて行く。
ああ、帰って来たんだなぁと思った。
地球なんて、帰る場所じゃないと思っていたし、家に帰っても、誰が待っている訳でも無い。
それでも、ほっとした。
これで、元の生活に戻れる。
放り出して来てしまった、色々な事を考えると、気持ちが重かった。
メアリーは、元の生活に戻れるんだろうか。ケントは、地球で、お母さんと一緒に暮らせるんだろうか。ワーニャは、月に戻って、新しい生活を始めるんだろうか。身寄りの無くなったシンディーは、これからどうなるんだろうか。
それから、U08での事故は、きちんと解明されて、それなりの対処がされるんだろうか。
どれもこれも、自分の手には負えない事ばかりだった。
自分が、何の力もない若造だという事は、内心分かっていたが、今までは、頑張ればどうにかなると思っていた。
本当は、そうじゃない事も、薄々分かってはいたけど。
鬱々と考え込んでいたら、ハンドルを握っているみっちゃんが声をかけた。
「武藤君、久し振りに会うけど、ずいぶん大人になったわねぇ」
「え…?」
反論しようと思ったけど、もうあんまり気力が無かった。
帰ろう。帰って寝よう。出来れば十二時間ぐらい。
「ガキですよ、俺なんて」
何となく、投げやりに言ってしまって、後悔した。
何も出来ない、無力なガキだ。
蚊に刺された。
築四十年、風呂無し、便所共同のボロアパートで、鯖丸はぼりぼり向こうずねを掻いていた。
地球に戻って来た感、満載だ。
留守中、ろくに干していないまま放置した布団には、ダニーちゃんが繁殖したらしく、背中もかゆい。
「地球なんか嫌いだ」
地球のせいにするのは、絶対濡れ衣だ。
布団は干せ。蚊取り線香を焚け。
という風な、的確なツッコミをするジョン太とも、しばらく会っていない。
幸いな事に、裁判とかでややこしくなっているにも関わらず、通常十二日間働いた分のバイト代は、支払われていた。
近いうちにボーナス分も支払うと言われたので、勝算はあるらしい。
これで卒論に集中出来る。ありがたい。
卒論の為の資料をまとめながら、普段、自宅ではあんまり見ないテレビを見ていた鯖丸は、固まった。
U08のニュースをやっている。
報道された内容は、知っている物とはかけ離れていた。
たまたま近くにあった廃棄衛星が、軌道を外れて飛んで来た所を、センサーの故障で避けきれなかった為に起こった事故だと、アナウンサーは言っていた。
U08に、危険を覚悟で救助隊を送り込み、遺族に対して、出来る限りの保証をすると公言したハーマン社は、英雄的な扱いになっている。
真相がどの辺にあるのか知らないが、見なきゃ良かった。
U08が閉鎖系プラントの実験コロニーで、複雑な利権争いがある事は、一部の人間は知っているが、その内忘れられるだろう。
R13の事件が、一部の宗教系テロリストに興味のある人間以外には、忘れられた様に。
本気でやりきれない。
いつまで、こんな事が続くんだろう。
たぶん、永遠にだ。
辛い。
それでも、地球に来た頃程は、心が痛まなかった。
俺も、嫌な感じで大人になったんだなぁ…と、思った。
一ヶ月振りに、仕事で魔界に入った。
いつも通り会社の倉庫に入って、装備を調えた。
割とヤバイ仕事だが、いつも通りなので、何だか安心する。
いつも通り自分の刀を持ち出した鯖丸は、いつもと違って、座り込んで刀の鞘を点検し始めた。
不審に思いながら見ていたジョン太は、鞘にべたべた貼り付けていたシールの一枚を、鯖丸が念入りに剥がし始めたのを見て、あんぐりと口を開けた。
小学生男児でも、ちょっとませた子供なら、貼るのは躊躇する「ドッキリマンシール」の裏に、ケータイのメモリーカードがあった。
最近のカードは、小指の爪より小さい上に薄い。
シールの裏に貼り付けてしまえば、それは分からないが、調べられたら、あっという間にバレる。
刀の持ち主が、基本設定でアホになっているから使える、必殺技だ。
「おま…いつそれにデータ移した…ていうか、どうやって」
「秘密」
鯖丸は、言い切った。
「知ってたら、ジョン太本気で共犯になるよ」
カードをケータイに戻した鯖丸は、倉田教授宛にデータを送信し始めた。
「お前、それバレてたら、まだ地球に戻れてないぞ」
「そうかもね」
平然と言って、刀を手に取って、立ち上がった。
何て恐ろしい奴…。
「早く行こう。今度の依頼者、中で待ってるんだろ」
鯖丸は、先に立って歩き出した。
「ああ」
ジョン太はうなずいて、後に続いた。2009.8/12up
後書き
今までの三匹は、鯖丸が様々な困難に立ち向かって、まぁそれなりに乗り越えて来たんですが、今回は乗り越えないまま終了。後味悪いけど、たまにはそんな事もあるさという話です。
とりあえず、失恋の傷手は乗り越えられたみたいなので、それでいいか…。
姐さんとフリッツについては、今後も絡ませて行く予定です。次回予告&後書きの続き
次回の鯖は院生。
何て言うか、初登場時には十九歳だった事を思うと、月日の経つのは早いねぇ…と、近所のおばちゃんみたいな事を言ってみるけど、月日を経たせているのは確実にわしだ。
このまま順調に行くと、武藤君、学位取って博士になっちゃいますよ、バカのくせに。
実は、マンガ版(月飛で描いてるやつ。ネットにアップする予定は、今の所ない、コピー同人誌です)描き始めた頃は、このまま話が長くなったら、その都度留年させれぱいいや…とか、ええかげんな考えだったんですが、今の展開にして良かったと思ってます。
こんなに続くとも、思ってなかったし。
そーゆー訳で、次回は、アダルトな感じの鯖丸です。
いつも通り魔界に入って暴れつつ、就職先も決まったり、卒論が終わったら、修士論文に追われたり、それなりに恋愛もしたり、悪霊付きのアパートに引っ越したり、ヤクザと戦ったりします。
今回が微妙にすっきりしないエンディングだったので、何と言うか、鯖でさわやかな展開は無理だと思うけど、それなりに青春物な感じにしたい。
という訳で、続きます。