home   目次
novel
大体三匹ぐらいが斬る!! 4.5 next

この話は「大体三匹ぐらいが斬る!!」四話と五話の間のサイドストーリーです。
五話の「三匹」を書き始めてから、四話と五話の間に、鯖丸とトリコがどういう事になっているか分からないと、先を書き辛かったので、適当に書き進めてみたけど、折角書いたからアップしてみようかな…という感じの話です。
そんな訳なので、普通に日常生活が書いてあるだけで、魔界での事件も特にないし、これと言った劇的な展開もないですが、まぁ、暇な方だけ読んでみてください。
面白いかどうかは、自分でも謎。
でも、これを書いたおかげで、行き詰まっていた五話終盤が、書きやすくなりました。


登場人物

武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。夏休みなので、バイトに明け暮れる毎日。彼女居ない歴イコール年齢の生活が終わって、割といい気になっている。

如月トリコ(トリコ) 政府公認魔導士をクビになってしまった姐さん。基本的に人の話は聞いてない。そのせいで気軽に鯖丸と同棲するはめになる。

ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 犬型ハイブリット。鯖丸とトリコの上司。慕われてはいるが、尊敬はされてない。割とナイーブなおっちゃん。

如月由樹 トリコの息子。ませた幼稚園児。やんちゃだが、それなりに複雑な境遇で、色々苦労もあるらしい。けっこう冷静に周囲を見ているが、年相応に子供らしい所もある。

テル君 由樹の友達。両親は美容師で、帰りが遅くなる事が多いので、似た様な境遇の由樹と連んでいる。年上だが、控え目な性格なので、一歩引いている。割としっかりした子供。

溝呂木雅之 西瀬戸大剣道部の監督。自宅でも道場を経営している剣道一直線の青年。鯖丸が中坊の頃から剣道を教えている師匠だが、指導に熱心な余り、彼の境遇については配慮が欠ける部分もある。

スキヤキ 日本一豪華な鍋物(鯖丸談)。もっと豪華な鍋物は、色々あるが、それ以前に、如月家のスキヤキは、パッチもんだ。

フナムシ 海辺によく居る生物。別名、海のゴキブリ。

大体三匹ぐらいが斬る!! 4.5  前編

 幹線道路の歩道を、見覚えのある青年が歩いていた。
 よれよれのTシャツと、小汚いジャージを着て、頭に、帽子代わりなのか粗品のタオルを巻いている。
 背中のディバックには、変な柄の布で包んだ長い棒が突っ込まれていた。
 一目見て不審人物だ。
 どうか人違いでありますように…と、如月トリコは頭の中で念じたが、目が合ったとたん、不審人物は立ち止まった。
 ああ、やっぱり鯖丸だ。何でそんな、常識のある人なら、朝のゴミ出しにちょっと出るにも恥ずかしい様な格好で、堂々と往来を歩いてるんだ、こいつ。
 仕事中は、もうちょっとこざっぱりした格好をしていたはずだが。
 
 殿の城から外界に戻って、四日程過ぎていた。
 合宿の後半にもどうにか参加出来たし、夏休み中の単発バイトも、いくつか確保した。
 何時になく順調だ。
 朝のバイトと部の練習を終えて、家に帰ろうとしていた鯖丸は、見た事のある人を見つけて、立ち止まった。
 如月トリコだ。
 一見中学生の様に見える小柄な女は、買い物袋を下げて、もう一方の手にトイレットペーパー12ロール入りをぶら下げた、所帯じみた格好で、こちらをぼんやり見た。
 買い物袋から、ネギの先がのぞいている。
 仕事が終わって魔界を出る時には、たぶんもう、会う事もないだろうと思っていた。
 それが、こんな生活感丸出しの姿で、自分の住んでいる場所から徒歩圏内(鯖丸の徒歩圏内は、大体10キロ)を歩いているとは…。
 鯖丸は、トリコに駆け寄った。
「あの…如月さん」
「ああ、久し振り…という訳でもないけど、元気そうだな」
 トリコは、当たり障りのない事を言って、小汚い格好をした青年を見上げた。
 何か言いたい事があるのか、少しの間迷っていた鯖丸は、突然頭を下げた。
「お願いします!!」
 何を…?
「俺と付き合ってください」
「ええと…」
 トリコは二三秒考えた。
 周りの通行人が、こっちを見ている。
 もう少し場所とか状況を考えられないのか、こいつは。
 トリコは、ちょっとため息をついた。
「まぁいいか…いいよ」
「ええーっ本当に」
 がしっと両肩を掴まれた。
 だから、家から思い切り近所の往来で、そういう話を大声でするな。
「良かった…ダメ元で思い切って言ってみて」
 ちょっと涙目になっている。
 明らかに同じ町内の奥さんが、自転車を押しながら、不審な目でこちらを見ていた。
 このままでは、世間体とか近所付き合いとか、色々な物が危険だ。
「とりあえず、家来る?」
 トリコは聞いた。
「えっ、展開早くないですか、それ」
 こんな不審人物と、往来で長時間立ち話なんか出来るか…と、トリコは思った。
 それに、夕刻が近いとはいえ、夏の日差しはまだまだ強い。
 早く帰らないと、バーゲンで買った冷食が溶ける。
 素早く、買い物袋の中を確認してからトリコは言った。
「今晩スキヤキ」
 鯖丸は、雷に打たれた様にその場で硬直した。
「スキヤキって、あの、日本一豪華な鍋物の…」
 お前は、昭和の子供か。
 一人暮らしの学生だから、あんまりいい物は食ってないだろうとは思っていたが、そこまで驚かなくても。
 これ、どういうジャンルの貧乏人だろう…と、トリコは思案した。
「あ、荷物、俺持つよ」
 両手から買い物の荷物を取り上げられた。
 牛乳とか醤油とか、けっこう重い物も入っている袋を、軽々と持っている。
 低重力コロニーの出身だと知っていたが、何かのスポーツをやっているらしかったし、やっぱり男の子だから力あるなぁと思った。
「じゃあお願いしようかな、すぐ近所だし」
 トリコは言った。

 トリコの住んでいるアパートは、本当に近所にあった。
 ほんの二三分で、先程居た、幹線道路の先にあるスーパーからでも、徒歩五分だ。
 鯖丸は、物珍しそうにきょろきょろしながら後をついて来た。
 階段を三階まで上がって、奥から二番目のドアの前で、トリコは立ち止まった。
 割合新しい建物だ。
 ドアとドアの間がけっこう開いているので、中も広そうだ。
 家賃高いんだろうな…と、思った。(あくまで鯖丸基準で)
 トリコがポケットから鍵を出して入り口を開けると、足音がして、小さな子供が飛び出して来た。
「母ちゃん、アイスは」
「先にお帰りなさいは?」
 軽くはたかれた子供は、お帰りなさいとしぶしぶ言ってから、後ろに知らない人が居るのを見つけた。
 あまり人目は気にしない鯖丸も、子供が露骨にがっかりしているのが分かった。
 歓迎はされていないらしい。
 というか、子供が居ると云うのも知らなかった。
 自分より十歳くらい年上だと聞いていたし、魔界で行方不明になった夫が居たというのも知っていたので、子供が居ても不思議ではないが。
「ああ、この子は由樹」
 トリコは、自分の息子を紹介した。
「初めまして、武藤…」
 自己紹介を始めようとした鯖丸を、トリコは止めた。
「鯖丸だ」
「ふうん」
 子供はうなずいた。
 魔界出身の人間は、外界に出ても日常生活に本名を使いたがらないが、子供にまで徹底させているのは、意外だった。
 由樹も、本名ではないかも知れない。
 その辺で座っててと言って、トリコは買い物の荷物を仕舞いに、台所に行ってしまった。
 トリコが居なくなると、子供は急に生意気な感じで鯖丸を見上げた。
「お前、母ちゃんの新しい彼氏か」
 子供らしくない事を聞かれた。
「どうだろう…そうかな」
 自分の立ち位置が、今ひとつ分からない鯖丸は、言い淀んだ。
「今度は、貧乏そうだな…」
 ため息をつかれた。
「まぁいいや、五百円にまけとくよ」
 小さな手を差し出した。
「何の話だ」
 靴を脱いで部屋に上がってから、鯖丸は聞き返した。
「暗くなるまで、外で遊んで来るよ。だから五百円」
 鯖丸は、腰に手を当てて、幼稚園児くらいに見える子供を見下ろした。
「そう言ったら、お母さんの前の彼氏は、小遣いくれたんだ…」
「いつもは千円ぐらいだけど、兄ちゃんは金持ってなさそうだから、半額でいいや」
 子供は、自信満々で右手を差し出したが、目の前の若そうな背の高い男は、悪い顔でにやーと笑って、いきなり子供の頬をつねり上げた。
「痛い、何するんだよ」
 子供は、泣きそうな顔になった。
「それ、お母さんには秘密なんだろ」
 屈み込んで、顔を覗き込まれた。
「うん」
 目の前に、ごつくてでかい手が差し出された。
「百円でいいや」
「何が」
「口止め料」
「大人のくせに、子供から金取るのかよ」
 由樹は、当たり前の事を反論した。
「だってお前、俺より金持ってそうなんだもん」
 すごい事を言い切った。
「誰が払うか。母ちゃんに言いつければいいだろ。ばーか、貧乏人。早く帰ってエロい事してる現場押さえてやるからな」
 捨てゼリフをはいて、それでもすかさず部屋に戻ってゲーム機を取って来た子供は、外へ飛び出して行った。

 鯖丸が奥まで上がり込んで台所に行くと、トリコは買い物の荷物を仕舞い終わって、出て来る所だった。
 変な顔をしている鯖丸と、目が合った。
「どうした。それに由樹は?」
「遊びに行った」
 鯖丸は答えた。
「ええと、トリコは子供の教育について、どう考えてる?」
 先刻再会した時は、変な敬語だったが、仕事中に親しくなった時の口調に戻っている。
「由樹が何か言ったか」
 トリコは聞き返した。
「別に何も」
 鯖丸は言った。
「ただ、こんな時間から遊びに行くなんて、小さい子にはどうかと思って」
「別にいいんだよ。どうせ下の階の友達の所に行ってるだけだから」
 トリコは言った。
「ご両親とも帰りが遅いから、時々顔出してくれって頼まれてるし、こっちも出張で託児所に予約の空きがない時なんか、預かってもらってるし」
 今時微笑ましいご近所付き合いだが、そんなんで金せびろうとしてたのか、あのガキ。
 一人公園でブランコこいで時間潰してる様な、可哀相なイメージがあってこその、千円とか五百円だろう。
 こっちは日銭を稼ぐ為に体張ってるって云うのに、全く。
「お前、子供は嫌い?」
 トリコはたずねた。
「別に、好きでも嫌いでもないけど」
 鯖丸は、正直な所を言った。
「子供の知り合いも、あんまり居ないし」
 ジョン太の所の兄妹くらいだが、あの二人と由樹では、だいぶ芸風が違うみたいだ。
 どちらかと云うと、由樹の方が、自分が子供だった頃にノリが近い。
 今思うと、けっこう悪ガキだった。
「そうか。まぁお前なんて、ちょっと前まで子供だった様な年だもんな」
 トリコは、納得した様に言って、冷蔵庫から麦茶を出して来た。
 スーパーで良く見かける、専用容器に、冷えた麦茶が入っている。
 茶を飲むのに、わざわざコップを出して、一人分注いでテーブルに置いた。
 何というか、生活習慣とか文化が違う。
「洗濯物取り込んだら、すぐ晩ご飯作るから、ちょっと待ってな」
 リビングの向こうにあるベランダに出て行った。
「あの、俺何か手伝う事ある?」
「別に無いよ。お前、料理とか出来ないだろ」
「うん、カレーしか作れない」
 スキヤキにカレールーを入れられては大変だ。
「でも、野菜洗うくらいなら」
「じゃあ、冷蔵庫にある小松菜と青梗菜、水に漬けておいてくれ」
 洗濯物をたたみながら、トリコは言った。

 由樹は、本当に早く帰って来た。
 下の階に居るという友達らしき子供も一緒だ。
「ただいま。テル君も一緒にごはん食べていい?今日、おじさんとおばさん、十時まで帰らないんだって」
 由樹よりちょっと背の高い男の子が、遠慮がちに手を引かれて入って来た。
 このガキ、本格的に邪魔する方向で来やがったな。
 台所で、タマネギの皮をむいていた鯖丸と目が合うと、子供はにやりと笑った。
 それから、ふいに気が付いて台所に駆け寄った。
「何でタマネギむいてるんだよ。今日スキヤキだろ」
「タマネギは基本だから」
 牛丼とスキヤキの区別が付いていない鯖丸は、平然と言い切った。
「わぁ、こいつジャガイモまでむいてるよ。母ちゃん大変だ、このままじゃカレーになるぞ」
 のんきに洗濯物を仕舞い込んでいたトリコは、あわてて奥の部屋から出て来た。
「何でスキヤキにジャガイモが必要だと思ったんだ、このバカ」
 後頭部にびすっとチョップが入った。
「え、何となく」
 気が付くと、タマネギも既に半分以上刻まれている。
 以前牛丼屋でバイトしていたので、料理は出来なくても、特定の野菜を刻むのだけは、異常に早い。
「うちは、スキヤキには長ネギ派なんだけど」
「そんな事言われても、俺、スキヤキなんて見た事ないし」
「想像で作ろうとするな」
 トリコは、鯖丸を台所から追い出した。
「いいから、あの二人とゲームでもして遊んでなさい」
 すっかり、幼児と同列の扱いだ。
「はーい」
 素直に従った鯖丸は、本気で子供二人の間に割り込んで、ゲームに加わった。

 大人げない二十一歳児が、子供二人に圧勝した頃、スキヤキの用意が出来上がった。
「お前、あのゲームやり込んでるだろ。反則だぞ」
「やってねーよ。シューティング得意なだけ」
 言い争いながらやって来た二人に、皿が押しつけられた。
「ほら、食べたかったらさっさと運ぶ」
 具材を山盛りに盛りつけた皿と、ポテトサラダの入った鉢を鯖丸に渡して、取り皿は由樹に運ばせた。
 テル君とか言う子供は、躾がいいのか、よその家で遠慮しているのか、既によそったごはんを並べている。
「よし、じゃあ焼くぞ」
 トリコは、ホットプレートのすき焼き鍋に油を引いて、肉を入れた。
「母ちゃん、今日何かいい事あったの」
 由樹はたずねた。
「まぁね、再就職先が決まったお祝い」
 鯖丸は、麦茶を吹きそうになった。
「えっ、政府公認魔導士の仕事は?」
「外界に戻ってすぐ、クビになったさ」
 トリコは、遠い目をした。
 それはまぁ、政府の方で調査していた殿の城で、無茶苦茶したからなぁ…と、鯖丸は思った。
 自分も一枚かんでいるので、責任を感じないでもない。
「今度も、魔界関係の仕事?」
「まぁ、お前も良く知ってる所」
「うちかよ」
 所長が、もう一人常勤が欲しいといつも言っていたのは知っていた。
 トリコなら適任だ。
 もう二度と会えないと思っていたのに、こうして家に上がり込んでごはんは食べているし、職場まで一緒になるなんて、これは絶対、運命の出会いというやつだな。(単なる妄想)
「母ちゃん、肉こげる」
 由樹が注意した。
「あ、しまった」
 トリコは、砂糖と醤油で味を付けてから、野菜を放り込んだ。

 豚肉をメインにして、小松菜と青梗菜の入った鍋を、スキヤキと断言していいのかどうかは謎だが、如月家のスキヤキはいつもこうらしい。
 人生初スキヤキの鯖丸と、生まれてこの方こうだった由樹は、何の疑問も無かったが、テル君だけが怪訝な顔をしていた。
 というか、これをスキヤキと言い張るトリコが、いい根性だ。
「うまい、何てうまいんだ」
 バカがどんどん食ってしまうので、いつもはだらだら食べている由樹が、本気で肉を確保にかかっている。
「二人とも野菜を食え、野菜を」
 テル君の分を取り分けてやりながら、トリコは注意した。
 あっという間に鍋と炊飯器の中が空になった。
 鯖丸は、物足りない顔をして麦茶を飲んでいる。
「ポテサラも全部食ったのか。明日の昼、サンドイッチに入れようと思ってたのに」
 間違って刻まれたジャガイモとタマネギで作ったポテサラも、すっかり無くなっている。
「仕方ない、じゃあ第二弾行くぞ。うどんすき」
「わーい、うどんだー」
 鯖丸、大喜びだ。
「何玉いる?」
 冷凍うどんを取り出して、トリコは聞いた。
「二つ」
 鯖丸は即答した。
「母ちゃん、おれも二つ」
 由樹は、張り合うつもりだ。
「お前は半玉で充分だ」
 トリコは止めた。
「ぼく、もういい」
 テル君は言った。
「私もだ」
 トリコは、ため息をついた。

 食事が終わって、後片付けをしても、まだ八時だった。
 しばらく子供二人とゲームの続きをしていた鯖丸は、ケータイを取り出して時間を確認した。
「俺、明日はバイトが早番だから、帰る」
「何だ、便利屋以外にもバイトしてたのか」
 トリコは聞いた。
「うん、開店前のレストランで、掃除と厨房の片付け」
 夏休みなので、色々やっているらしい。
「逃げるのかよ、勝負付いてないのに」
 由樹が文句を言った。
「また来るよ」
 鯖丸は言ってから、トリコに尋ねた。
「また来てもいい?」
「ああ、いつでもいいよ。来る前に連絡くれれば」
 トリコは答えた。
「うん、ありがとう。ごはん、美味しかった」
 くたびれたスニーカーを履いて、玄関のドアを開けた。
「おやすみ」
 手を振って見送ったトリコは、鯖丸が帰ると、腕組みして少し考え込んだ。
「えーと、何しに来たんだろう、あいつ」

 トリコの家から自宅までは、走れば十分もかからなかった。
 いいペースで走りながら、鯖丸は始終にやけていた。
 実際は、もうちょっとエロい展開を期待していたのだが、それはそれで、今後もチャンスはいくらでもある。
 とりあえず、彼女居ない歴イコール年齢の生活は、これで終わったのだ。
「やっぱり、最初は一緒に食事するくらいが、正しい段取りだもんな」
 誰も突っ込む者が居ないので、ボケが垂れ流しになっている。
「明日も行ってみようかなぁ。あー、何か今、超幸せ」
 誰か突っ込め。
 にやけた顔で、ぶつぶつ独り言を言いながら走っている、小汚い格好の不審人物は、幸い今日は警察にも捕まらないで家に戻れた。

 翌日も、鯖丸は大体同じ時刻に現れた。
 バイトと部活が終わると、この時間帯になるらしい。
「夏休みなのに、部活なんだ」
 まだ、仕事を再開する段取りにはなっていないらしく、トリコは今日も家に居た。
 政府公認魔導士を辞めると、後の手続きが色々あるらしい。
「地区予選も近いし、今年は勝ちたいからね」
「お前、何部だっけ」
 トリコは聞いた。
「剣道部だけど」
 変な柄の布で包んだ長い物は竹刀らしい。
 バイトで魔法使いやってるくせに、やたら強い理由は、何となく分かった。
「学費とかどうしてるんだ」
 両親が居ないのは、魔界でリンクを張ったので、知っていた。
「えーと、バイトと奨学金と、後は、剣道部に居て結果を出せば、スポーツ振興財団みたいな所が、授業料は出してくれる」
 親戚か何かが、ある程度の援助はしてくれていると思っていたので、驚いた。
「それでやって行けるのか」
「どうにか」
 割合、どうにかならなくなった事もあったのだが。
「俺、割と強いし、マイナーコロニー出身だから、審査が甘いんだ」
 低重力環境で育った人間が、地球人相手に互角の勝負をしていれば、同じ境遇でリハビリをしている者の励みになる。
 そういう企画のドキュメンタリー番組も、見た事があった。
 ただ、そういう番組に出ていた、地球の重力下で、普通に立ち上がって歩くのにも苦労している様な子供らが、数年後にこんな頑丈そうなバカになるとは思えない。
 もうちょっと詳しく聞きたかったが、その辺はあまり触れられたくない話題らしく、鯖丸はそれ以上話さなかった。
 さっさと奥に上がり込んで、由樹を捕まえて、昨日のゲームの続きを始めた。

 風呂から上がると、由樹はテレビの前で眠り込んでいた。
「昨日も遅くまで起きてたからなぁ」
 トリコは、ため息をついた。
「悪いね、私がずっと家に居る事ってあんまりないから、こいつはしゃいでるんだよ、これでも」
「俺、邪魔だった?」
 貸してもらったバスタオルで頭を拭きながら、鯖丸は聞いた。
「いや、けっこう楽しそうだったよ。お前、同じレベルで遊ぶから」
 どうせガキだよ…と、鯖丸はぶつぶつ言った。
「どうする。今日は泊まる?」
 冷蔵庫から缶ビールを二本出して来て、一つ鯖丸に渡してから、トリコは聞いた。
「うん、えーと、そうする」
 ケータイを出して、一応スケジューラーを確認してから、うなずいた。
 割と忙しいらしい。
「明日何時に起きるんだ」
 由樹を抱き上げて、奥のドアを開けながら、トリコは聞いた。
「五時半ぐらい」
 何だ、その超人的な早起きは。
 夜も、それ程早く寝ている様子もないし、魔界で仕事中に爆睡していた理由が、何となく分かった。
「適当に起きて出掛けるから、トリコは寝てて」
「そうするよ。おにぎり作っといてやるから、食べて行きな」
「やった、ありがとう」
 奥の部屋に由樹を寝かしたトリコは、戻って来てビールを空けた。
 一見中学生みたいに見えるので、絵面的にはヤバイシーンだ。
 まぁ、鯖丸も高校生ぐらいに見えなくもないので、たまに補導されそうになるのだが。
 俺でこうだから、トリコは日常生活が大変だろうな…と、思った。
 魔界に居る時は、巨乳で色っぽい姐さんなんだけど。
 そう言えば、見た目は中学生みたいな娘と、あんな事やこんな事もする予定なんだが、大丈夫か、これ。
 ぼんやり考えていたら、トリコはどうした?という顔でこちらを見た。
 うわぁ、どうしよう、すごく可愛い。
 風呂上がりなので、ノースリーブと半ズボンのパジャマ姿で、細い手足がむき出しになっている。
 巨乳もいいけど、これはこれでいい。
 鯖丸は、急に立ち上がって、トリコにがばと抱きついた。
 床の上に押し倒されたトリコは、ちょっと抵抗した。
「待て、そーゆーつもりだったけど、ここでするな」
 昨日はお願いしますとか言っておいて、あっさり帰ったくせに、何だこいつは。
「じゃあ、どこで?」
「あっち」
「あっちって、どっちだぁ」
 すっかりテンパった状態になってしまっている。
 こんな2LDKの家で、どっちとか迷う事もないだろうに。
 待てと言っているのに、パジャマの下の方から、手を掛けて脱がせ始めた。
 着ている物がジャージなので、すっかりその気になっているのが、服の上からでも丸分かりだ。
 あー、はいはい、若いってすばらしいのは良く分かったから、落ち着け。
「焦らなくてもいいから、こっちおいで」
 手を握って起き上がると、大人しく付いて来た。
 
 ついこの間まで童貞だった奴に、大して期待はしていなかったが、そこそこ上手にはなって来ている。
 必死な感じが、ちょっと可愛いと思う。
 絡み合ったまま、うとうとしかけていたら、バカがもう一回とか言い始めた。
「明日早いんだから、寝ろよ」
「嫌だ。もう寝ないでいい」
 恐ろしい事を言い始めた。
「私は眠いんだけど」
 無視された。
 若いって、ケダモノの様にすばらしいのは良く分かった。でも人の話は聞け。
 割とエロい方なので、姐さんも強くは否定出来ない。
 何をどうしたのか、目を覚ますともう、八時が近かった。
 鯖丸は、予定の時間に出て行ったのか、居なくなっていた。
 眠い目をこすりながらリビングに行くと、続きの台所にあるテーブルで、由樹がいびつな形のおにぎりを食べていた。
「母ちゃん、遅いよ」
「えーと」
 テーブルの上を見ると、変な形のおにぎりが皿に盛られていて、チラシの裏に書き置きがしてあった。
『海苔が巻いてある方が梅干しで、白いのはタコ焼きです。朝ご飯に食べてください』
 意外と綺麗な字だ。
 でも、何でおにぎりにタコ焼き?
 確かに、冷凍庫に入ってはいたが。
「それ、チンした方がいいよ」
 白い方のおにぎりを手に取ったトリコに、由樹は、微妙な表情で言った。
「タコ焼き、凍ったままだから」
 分からん。あのバカの芸風が、一から十まで、全く分からん。
「おにぎりだけじゃ、アレだから、味噌汁でも作ろうかね」
 ぼんやりと、トリコはつぶやいた。

 翌日も、その次の日も、鯖丸は何となくやって来た。
 さすがに、一週間過ぎる頃には、トリコも自分の間違いに気が付いていた。
「お願いしますって、あれ、やらせろっていう意味じゃなかったんだ」
 その後に、ちゃんと付き合ってくださいと言っているのに、姐さんもたいがい、人の話は聞かないタイプだ。
 だからと言って、毎日来る方も、どうかと思うが。
「お前、そろそろ帰れ」
 食後に麦茶を飲みながら、トリコは言った。
 ベランダで、ウェイトを付けた竹刀で素振りをしていた鯖丸は、こちらを向いた。
「え…何で」
 室内に戻って、腕立てを始めた。
 由樹を呼んで、背中に乗ってもらっている。
 よくあんな状態で腕立てなんか出来るなぁ…と、感心した。
 その後、一通り腹筋とストレッチを終えてから、風呂場で鍛えたボディーを鏡に映して今日もうっとりという、嫌なフルコースになっている。
 体育会系の奴は、絶対どこかおかしい。
「ほとんど家に住んでるじゃないか。いい加減にしないと、食費もらうぞ」
「あ、それは気になってた」
 腹筋を中断して、ポケットからケータイを出して電卓を使い始めた。
「えーと、いくらぐらい?」
 うわー、住み着く気だよ、こいつ。
「諸経費込みで、一万五千円」
「安っ」
 鯖丸は驚いた。
「家賃は入ってない」
 トリコは言った。
「頼むから、週に二日は自宅待機にしてくれ」
「えー、何で。一緒に居たいのに」
 鯖丸は、文句を言った。
「たまにはゆっくり寝かせてくれよ」
 トリコは、身も蓋もない事を言い始めた。
「お前、絶対どっかおかしいから。異常だろ、あれは」
「そうかなぁ」
 鯖丸は考え込んだ。
「それと、次来る時にコンドーム買って来い。潜入捜査の時使ってたピルの効果が、ぼちぼち切れるから」
「あ、そうか。うっかりしてたな」
 その辺までは気が回らなかったらしい。
「どこで売ってたっけ、ああいうの」
「別に、薬局でもコンビニでも、どこにでも置いてあるだろ」
 今まで用事がなかったので、気に留めてなかったが、そう言えばあった様な気がする。
「あと、来週から仕事だから、詳しい予定が決まったら、連絡するよ」
 トリコは言った。
「来週の頭に所長に呼ばれてるけど、顔合わせかな」
 鯖丸は聞いた。何となく、そんな気がする。
「一応、ジョン太と組む事になるみたいだけど、お前が入る時は、トリオになるのかもな」
 組み合わせとしては、割合最強だ。
「大変だ。来週仕事が入るんなら、家庭教師のバイト、断っとかないと」
 慌てて、所長にメールを打ち始めた。
「お前に家庭教師なんて出来るのか」
 トリコは、呆れて聞いた。
「出来るよ。俺、成績は割といい方だよ」
 バカのくせに、意外な事を言った。
 何度か所長とメールのやり取りをした鯖丸は、良かった、日程重ならないみたいだ、と言った。
「よーし、これでええ感じに両方稼げる」
 アホな大人二人の会話を、ぼんやり聞いていた由樹は、ため息をついた。
 後半はともかく、前半は子供に聞かせる話ではない。
「おれってきっと、こんな環境だから、中学ぐらいでグレて、高校中退とかになるんだろうな」
「何言ってるんだよ、こんなバカでも大学行ってんだぞ。お前は賢いから、全然大丈夫だろ」
 鯖丸の頭をびしびし叩いて、トリコは雑な事を言った。
「そうだよ。不良なんて、二三年やれば飽きるから」
 鯖丸も、どういう実体験に基づいているのか謎な事を言い始めた。
 大人はどうせ、当てにならない。

 早朝のバイトは、先日で終わったらしく、鯖丸はめずらしくのんびり朝ご飯を食べていた。
 夏休み中もきっちり続けていた部活も、今日は休みらしい。
 それでも、普段通りのトレーニングは、朝からこなして来たらしく、朝食前にシャワーを浴びていた。
 こういうのが好きなのかも知れないが、良く続くなぁと思う。
 来週からは、由樹も夏休みが終わって、幼稚園に通う事になる。
 大学生の夏休みは結構長いので、鯖丸はまだまだ休みだが、バイトをがっつり入れている上に、全国大会の地区予選が近いとかで、今後はゆっくり出来そうにないらしい。
 トリコも、来週からは新しい職場で仕事なので、何時までもぼんやりとはしていられない。
 全員の予定が、微妙に一致したので、夏休みも最後の金曜日の今日、遊ぶ事にした。
 夏の遊びと言えば、海水浴くらいしか思い当たらない鯖丸は、プールと海と、どっちがいいか思案し始めた。
 由樹は、お子様向けの映画に連れて行ってくれないなら、涼しい山間部で遊びたいと言い始めた。
「間を取って、川」
 トリコは、勝手に決めた。
「ええーっ、川かよ。流れてるのに」
 鯖丸は、当たり前の事なのに、それはおかしいだろうと云う口調で言った。
「一応、泳げるよ。水は冷たいけど」
 トリコは、自分と由樹の分の水着を取り出しながら、言った。
「俺、泳げないのに、その上流れてたら、溺れるじゃないか」
 泳げないのに、なぜ海とかプールに行きたがるんだ、こいつは。
「鯖くん、泳げないのかよ。かっこ悪い」
 由樹に笑われた。
「人間は、呼吸出来ない場所では、生きて行けないんだよ」
 鯖丸は言った。
 下手に宇宙育ちなので、呼吸が出来ない環境だと、パニックになってしまうのだ。
 たぶん、酸素ボンベを背負って潜る様なやつは、出来ると思う。
「言っておくけど、川は、深い所でもお前の腰ぐらい」
 トリコは説明した。
「そうなんだ」
 海より全然、安全だ。
 バーベキューセットを買い込んで、その日はキャンプ場にもなっている山岳部の河原で、一日遊んだ。
 普段は閑散としている上流の河原は、この時期家族連れやカップルや若者の団体で、けっこう賑やかだった。
 由樹がびしっと指導したので、鯖丸はその日の内にバタ足くらいは出来る様になっていた。
 幼稚園児に泳ぎを教わる二十一歳児も、どうかと思うが。
 
「地球に来て、最初に勧められたの、水泳だったんだけど」
 バーベキューの残り火で、おにぎりを焼いて食いながら、鯖丸は言った。
「ええと、リハビリでね」
 こいつに、リハビリが必要だった状況が、今の状態からは想像出来ない。
「格闘技がやりたいって言ったら、剣道とフェンシング、どっちかにしろって言われたの。あの頃は、フルコンタクトの空手とかやりたかったんだけど」
 低重力コロニーで育った人間が、地球人相手にそんな事したら、全身の骨がぼきぼき折れて、下手したら死ぬだろう。
 防具を付けていて、素手で殴り合わない格闘技というのが、ぎりぎりの妥協点だったのだろう。
「フル装備で防具付けたら、まともに立ってるだけで精一杯でさ、おまけに小手入れられただけで、手の骨折れるし。言われた通りスイミングスクールに通ってれば良かったと思った」
「それ、何年ぐらい前の話だ」
 レジャーシートの上に座って、トリコは聞いた。
 由樹は、犬連れで遊びに来ている集団に混じって、楽しそうに水の中で大型犬と戯れている。
「五年か六年前かなぁ。地球に来て一年くらいは、本当に普通のリハビリで手一杯だったから」
 国営放送のドキュメンタリー番組で見た、日常生活に車椅子が必要な、装具を付けて歩行訓練をしていた子供達の映像を思い出した。
 もしかして、あの中にこいつ居たんじゃないのか…。
「低重力症のリハビリって、けっこう大変?」
 聞いてみた。以前から聞きたかったし。
「まぁね」
 鯖丸は、不機嫌な顔をした。あまり、言いたくない事らしい。
「割と大変だよ」
 由樹が、こちらに走って来た。
「母ちゃん、犬!!」
 川の中にいる大型犬を指差した。
「うちも犬飼おうよ」
「アパートだからダメだ。こいつで我慢しろ」
 おにぎりを食っている鯖丸を指差した。
「えー、こんなの可愛くない」
「飼われてるのかよ、俺は」
 大体近いが、鯖丸は反論した。
「じゃあ今度、二メートルくらいある白い犬、連れて来てやるから」
「すげー。あの犬より大きい?」
「もちろんだ」
 それ、ジョン太じゃないか。
「お前、そろそろ服着な。風邪引くから」
 トリコは、由樹の頭からバスタオルをかぶせて拭き始めた。
 冷たい水の中で遊んでいたので、すっかり体が冷えている。
「やだ、もうちょっと泳ぐ」
 文句を言う子供に、無理矢理服を着せて、トリコは撤収の準備を始めた。
 山間部の河原は、意外と気温が下がるのが早い。
 軽四に荷物を積み込んで、帰りに温泉で暖まると、夏休みのレジャーは終了した。

「やりにくい」
 仕事で魔界に向かう車の中で、ジョン太はぼやいた。
 翌週、顔合わせが終わった三人は、早速魔界に入る事になった。
 警察には手が出せない魔界の深部でシノギをしている暴力団組織の幹部を、外界まで引きずり出すのが今回の仕事だった。
 いつも通りハンドルは鯖丸が握っているし、ジョン太は助手席に居るが、普段と雰囲気が違う。
 トリコが後部座席に座っているのは、殿の城で仕事をした時と同じだが、あの時は依頼者だったし、鯖丸と付き合っていた訳でもない。
「何だこのドリカム編成は」
「別にいいじゃん、仕事とプライベートは区別するし」
 鯖丸は言った。
 ドリカム編成は、どの業界でも揉め事の元だ。
「ジョン太は、みっちゃんが居るじゃん」
「みっちゃんって、誰」
 トリコは聞いた。
「ジョン太の奥さん」
 鯖丸は説明した。
「何だ、お前結婚してたのか」
「小学校三年の男の子と、あと、由樹の一コ下の女の子が居るよ。みっちゃんは看護師で…」
「ああ、変な絵日記描いてた、あの子ね」
「そういうのがやりにくいって言うんだ。俺の私生活を暴露するな」
 デリケートなおぢちゃんが、文句を言い始めた。
「分かった。こういう話題は、家に帰ってからするよ」
「それはそれで嫌だ」
 どうしろと言うんだ。
 一通り文句は言ったが、このメンバーで何の揉め事もなく仕事をするには、自分がリーダーのポジションできちっと仕切らなければならない事は分かっているので、ジョン太はその辺で愚痴を言うのは止めた。

 トリコはともかく、今まで唯一の相方だった鯖丸との接し方については、ジョン太は少し戸惑っているらしかった。
「いつまでも子供じゃないから、まぁ、仕方ないんだろうけど」
 常勤のトリコとは、鯖丸以上に頻繁に組む事になるので、次の仕事は二人で入る事になった。
 ジョン太がハンドルを握って、トリコが助手席に座っている。
 今後は、こういう組み合わせの仕事が、トリオでやるより増えるはずだ。
「お前、鯖丸とのコンビは長いのか」
 トリコはたずねた。
「いや…一年とちょっとぐらい」
 ジョン太は答えた。
 そんな短期間で、年齢も二十才くらい離れている、何の接点もない二人が、リンクも張らないで、パートナーとしての関係をがっちり作り上げているのは、ある意味羨ましい。
 大半は、こいつの人徳だろうな…と、トリコは犬型ハイブリットを見上げた。
 政府の仕事をしていた頃に、こういう同僚か上司が居たら、もう少し楽だったと思う。
「子供だよ、あれは」
 トリコは言った。
「努力家で意地っ張りの、めんどくさいガキだ」
「そうか?」
 ジョン太は、少し違う意見らしい。
「お前もそうだ」
 トリコは言った。
「俺は、ガキじゃないだろ」
 ジョン太は反論した。
「面倒なおっさん」
 トリコは言った。
「魔界関係は、大体めんどくさい奴ばかりだよ」
 その意見については、特に反論は出来なかった。

 政府関係から民間に移って、色々な事が変わったが、幸い収入はそれ程減らなかったし、仕事のシフトや拘束時間は、かえって自由になった。
 唯一困ったのは、仕事の内容だ。
 顧客や備品の管理も、決済も、自分の事は自分でやらなければいけないらしい。
 依頼者からの対応も、個人で任されてしまっている。
 魔界出身で、外界の学校に通った事がないので、トリコの学力というのは、読み書き算盤の様な方向に偏っている。
 今まで、ネット通販ぐらいにしか使っていなかったパソコンを立ち上げて、鯖丸に泣きついた。
「表計算ソフトとか、使えないとヤバイんだけど」
「ジョン太、逃げやがったな」
 そういうのは、直接の上司の仕事なはずだ。いくら同棲してるからって、バイトの俺に丸投げするな。
「うわー、何からどう説明しようかな」
 大変な事になって来た。
「どうしたの」
 由樹が、起きて来た。
「犬が無理難題を」
 鯖丸は言った。
「いいか由樹、白っぽい二メートルの大型犬が来たら、俺の代わりに小遣いを請求しろ。最低金額五千円」
「おれの取り分は?」
 由樹は尋ねた。
「千円」
「少ないよ」
「じゃあ二千円で」
「もういい、自分でどうにかするから」
 トリコは、古本屋で買って来た、パソコンの解説書を開いた。
 五分程読んで、その場に倒れた。
 先は長そうだった。

 夏休みが終わる頃から、鯖丸がすごい勢いで仕事のスケジュールを空けていた。
 地区予選はともかく、全国大会までがっつり予定を入れているのがいい根性だ。
「ああ、去年もそんなだったから」
 文句を言うと、所長は言った。
「あいつ、デフォルトでベストエイトまで行くから」
「そんな強いんですか」
 初耳だ。
「たいがい、準決勝か準々決勝くらいで、スタミナ切れして負けるんだよな、持久力無いから」
 ジョン太が、気の毒なくらい的確な事を言った。
「最近、下半身の持久力は割と上がったんだけど」
 トリコは、いらん事を言った。
「上半身とは、別行動なんだろ」
 本人が居ないので、言いたい放題だ。
「今年は、三位くらいには入れるといいんだけどな」
 ジョン太は、茶をすすりながらぼやいた。
「そうだなぁ、けっこう頑張ってるみたいだし」
 トリコはうなずいた。
「いや…負けて帰って来ると、機嫌悪いから」
 そういう話かよ。
「去年は、しばらく口利かなかったよなぁ。ふてくされて」
 出掛ける準備をしていた平田が言った。
 そんな奴と一緒に生活している私は、どうなるんだ。
「どうしよう。とりあえず応援でもしとくか…」
「お前は、バカに構ってないで、事務系の仕事を覚えろ」
 ジョン太に怒られた。

 県内の試合は、気が付いたらいつの間にか終わっている様な感じだった。
 こちらから聞かなければ、特に勝ったとも負けたとも言い出さないところを見ると、この辺は勝ち進んで当然だと思っているらしい。
 試合会場も大して遠くないので、普通の時間帯に普通に帰って来て、由樹を託児所に迎えに行った後、カレーまで作っている。
 明らかに、何か別の物を作ろうとして失敗した後、カレールーを入れて誤魔化したらしく、大根とはんぺんが入っていた。
 本人は、カレーしか作れないと言っていたが、最終的にカレーになってしまうという意味らしい。
「お前は、戦隊物のイエローか」
 微妙なカレーを食べながら、トリコは文句を言った。
「最近の戦隊物って、イエローはたいてい女の子だけど」
 男前のライダー以外、特撮に興味のないトリコは、その辺の意見は聞き流した。
「言ってくれれば、試合見に行ったのに」
 魔界での営業が入っていない時は、割合時間帯は自由になる。
 小さい子供が居ると、けっこう有りがたい。
「別に、見に来る程でも」
 カレーを食べ終わった鯖丸は、リビングの床に座り込んで、ディバッグから取り出した道衣にツギを当て始めた。
 同じ色の布で継いであるので、遠目には分からないが、あちこち穴だらけだ。
 貧乏だから、新しいの買えないのか…?というか、こういうユニフォーム的な物も、自己負担の私物なのか?
「そういう着物とか袴って、高いのか」
 聞いてみると、首を横に振った。
「ううん、普段着で着る洋服と、値段は大して変わらない。防具は割と高いけど」
 縫い終わった糸を始末して、はさみで切り取ってから、鯖丸は裁縫セットをディバッグに仕舞った。
「日本一になるまで、新しいのは買わない」
 ガッツポーズを決めて断言してから、肩を落とした。
「建前は」
 やっぱり貧乏なのかよ。
「テレビ中継とか入らない、マイナーなスポーツで良かったな」
 トリコは、一応慰めた。
「良くないよ。その辺はメジャーになって欲しいよ」
 ハイビジョンとかで、見苦しい継ぎ目が全国放送されてもいいのか?
「次の試合は、何処なんだ」
 トリコは聞いた。
「広島。中四国地区予選で」
 橋やフェリーで瀬戸内海を渡れば、簡単に日帰り出来る場所だ。
「殿の手下で、トゲ男って居たじゃん」
 殿といざこざがあった時に、関わりがあった奴だ。
 魔法整形で、全身緑色でトゲトゲの、変な奴だった。
「あいつ、広大の剣道部だから、たぶん次の予選で当たるけど」
 鯖丸は、肩をすくめた。
「楽勝だから、別に見に来なくていいよ。今年は皆調子いいから、団体戦も勝てると思うし」

 人間、油断するとろくな事はない。
 朝、軽い感じで出掛けて行った鯖丸は、フェリーの最終便で戻って来た。
 予定していた時間に、車で港まで迎えに行くと、西瀬戸大剣道部の皆さんが、がっかり感満載で船から下りて来た。
 公共の交通機関が不便なので、家族とか彼女とか、割合迎えの車が何台か来ている。
 残りは、監督の溝呂木先生とか言う男が、港の駐車場に置いていた車で連れて帰ってくれる段取りになっているらしく、ワンボックスカーにとぼとぼ吸い込まれてその場を去った。
 不審に思って捜すと、鯖丸は釣り人に混じって、埠頭にぼさーっと腰掛けていた。
 一目見て、ダメだったのが分かる。
 ちょっと声をかけ辛い雰囲気だ。
 というか、鬱陶しいので、このまま海に突き落としたい気もする。
 軽く後頭部をはたくと、顔を上げた。
 なるほど、これが完璧な負け犬の面か、初めて見た。
「何やってんだ、帰るぞ」
 鯖丸は、ぼんやりこちらを見上げた。
「帰りたくない」
 変な事を言い始めた。
 何言ってるんだ、こいつ。
「帰りに、何か美味しい物でも食べよう、おいで」
 一応機嫌を取ったが、バカは頑なに埠頭に座り込んでいる。
「じゃあ、置いて帰るけど、いいのか。バスも電車も、もう無いぞ」
「いいよ。俺なんかもう、ここで溺れて死ねばいいんだ」
「そうか、じゃあ死ね」
 トリコは、鯖丸を海に突き落とした。
 突き落とした後で、良く思い出すと、こいつ、最近まで全く泳げなくて、やっとバタ足が出来る程度だった。
「しまったー」
 ツッコミで突き落としたのに、本当に死なれたら大変だ。
「おおい、大丈夫か?いざとなったら助けてやるけど、濡れるの嫌だから、なるべく自力で上がって来いよ」
 姐さんは、微妙に冷たい事を言い始めた。
 鯖丸は、テトラポットにしがみついて、フナムシにたかられながら、どうにか生還した。

 負け犬モードに入った鯖丸は、かなり鬱陶しい状態になってしまった。
「母ちゃん、鯖くんがおかしい」
 由樹は、台所にやって来て、エプロンの裾を掴んだ。
 ちょっと近付きたくない雰囲気らしい。
「それと、部屋の中に変な虫が居る」
 由樹は、フナムシをポケットから取り出した。
「それは、フナムシだ。別名、海のゴキブリと呼ばれているから、ポケットに入れるのは止めなさい」
「ゴキブリかよ」
 あわててゴミ箱に捨てた。
 実際は甲殻類で、全然昆虫ではないのだが。
 鯖丸は、昨夜も晩ご飯も食べないで黙って寝てしまっていた。
 今朝は何とか起きて来たが、ぼさーっとリビングの床に座り込んで動かない。
 寝間着のままで、顔も洗っていないし、寝ぐせも当社比で通常の三倍だ。
「お前、今日学校は?」
 一応聞いたが、朝からの講義があるのか無いのか知らないが、行くつもりはなさそうだった。
「朝飯くらい食べろよ」
 へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「落ち込むのはいいけど、ゴミは出しとけよ」
 姐さんは、容赦ない事を言ったが、やはり返事はない。
 めんどくさい事になってしまったが、バカにかまけている閑はないので、トリコは出掛ける支度を始めた。
「鯖くん、ごはん食べなよ」
 由樹は、鯖丸に近寄ってポケットから食いかけのベビースターを出して来た。
「これなら食べれる?」
 この子はなぜ、何でもポケットに入れる…。
「いらない」
 やっと口を利いたと思ったら、差し出された袋菓子を払いのけて、また黙り込んでしまった。
 由樹は、傷付いた表情で袋菓子を拾って、トリコの後ろに隠れた。
「鯖くん、何か怖い」
 トリコは、鯖丸につかつか近付いて、ぴしゃりと平手で頬を叩いた。
「いい加減にしろ、何様だお前。たかが試合に負けたくらいで」
 鯖丸は、叩かれた頬を押さえて、呆然とトリコを見上げた。
「だって…」
 ぼろぼろ涙をこぼして泣き始めた。
 本格的にめんどくさい事になって来た。
 そんな、たまに負けたくらいで、泣く程辛いか?
「遅刻するから、話は後で聞くけど」
 由樹の手を引いて、リビングのドアを開けた。
 由樹は、ちょっと心配そうに振り返った。
「ちゃんと後片付けもしとけよ」
 ぴしゃりとドアが閉まって、玄関に鍵を掛けている音が、少ししてから聞こえた。

「それはまぁ、しょうがないかもな。あいつ、地区予選で負けた事なんて、一回もないと思うよ」
 眠そうな顔でコーヒーを飲んでいたジョン太は、言った。
 何で、この犬型ハイブリットは、こんなに相棒に甘いんだ。
「相手はトゲ男だろ。普通に考えて、負ける要素は全然無いんだけど、何かあったのかな」
 今日は、依頼者の所へ出向かなければいけないので、ジョン太はめずらしくネクタイを締めてスーツを着ている。
 毛深いので暑そうだ。
 昨日、口うるさく言われていたので、トリコもそれなりにかっちりした服装で出勤していた。
 割合、堅い相手が依頼者らしい。
「強い方が勝つだけの事だろ」
 トリコも、事務の斉藤さんが入れてくれたコーヒーを飲んだ。
「うーん、あんな酷い目に遭ったから、トゲ男の奴一皮むけちゃったのかな」
 何があったのか、当時別行動だったトリコは、全然知らなかった。
 まぁ、酷い目に遭わせた犯人は鯖丸なので、自業自得かも知れない。
「それよりお前、ちゃんと依頼状の入力、自分で出来る様になったのか」
「まぁ、そこそこ」
 実はうろ覚えだ。
「明日休みなんだろ。今日中にきっちりやっとけよ」
 釘を刺された。
 こいつ、私には心なしか厳しい気がするが、気のせいか。
「何だ、鯖丸の予定が空いたんなら、次の仕事は三人で行ってもらおうかな」
 所長は、血も涙もない事を言い始めた。

2009.6/10up










後書き…というか、何と言うか
 今読み返すと、色々思うところはありますね。今後、この二人が別れないで続いてたらどうなったのかとか。
 でもまぁ、今後二人ともそれなりにいい感じのパートナーが見つかる予定なんで、気軽に後編へ。

後編予告
 秋本に完敗して、がっつりダメ人間になってしまった鯖丸だが、五話までには立ち直るので、安心ですねぃ。
 後編は、コスプレ戦士トリコ姐さんvs剣道魔神溝呂木の、どう考えても溝っちに勝ち目のない戦い。
 同棲したら、妊娠検査キットは買っておこう的な展開。
 姐さんの鯖丸改造計画(コンビニ弁当禁止)始動…という、地味な展開になってます。

大体三匹ぐらいが斬る!! 4.5 next

home   目次