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大体三匹ぐらいが斬る!! back next

登場人物

武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。天然ボケ。魔力と食欲が同レベルに高い。意外と性格悪い。

ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) 犬型ハイブリット。魔法は使えないが、素で強い。ツッコミとしての自分に迷いがある。

如月トリコ(トリコ) 政府公認魔道士。ビーストマスターの二つ名を持つ腕利きの魔女。乳はFカップ。

秋本隆一(トゲ男) 自称鯖丸の永遠のライバル。広大剣道部二年。すごい男前だが、変な姿に魔法整形している。

殿 魔界に城を造って住み着いている異界の住人。カラオケ大好き。

めん吉 手打ちうどんめん吉の店主。魔界の情報屋。

大体三匹ぐらいが斬る!!

4.トリコ(中編)

 いつも通りの定食屋で、いつもの朝飯を食って、三人は魔界に入った。
 鯖丸は、口の中を切っているらしく、ちょっと顔をしかめて味噌汁をすすっていたが、いつも通り大メシを食らってトリコを驚かせていた。
 倉庫の中には、段ボールで梱包された荷物が届いていて、中から見覚えのある銃と折れた刀が出て来た。
 去年、かまいたちにやられた時に紛失していた装備だった。
 何だか懐かしい。
「先月、船虫とあっちまで行く仕事があったから、回収してレストアに出してたんだ」
 ジョン太も、嬉しそうに銃を取り出したが、AK-47とスコーピオンを見比べて、結局小型の短機関銃だけ持って行く事に決めたらしかった。
「刀は直らなかったな」
「直せるかも。腕を繋げるより、全然簡単だし」
 鯖丸は言ったが、とりあえず今回は、使い慣れたいつもの長刀を手に取った。
「お前ら、セキュリティーゆるゆるだな」
 トリコは、めずらしそうに辺りを見ながら倉庫に入って来た。
 民間企業の倉庫に入るのは、初めてらしかった。
「別に、秘密なんて、本名と客のプライバシーくらいだしな」
 ジョン太は、さっさと着替えて、標準装備の32口径と44口径を身に着けて、車に乗り込んだ。
 車が境界を抜けると、トリコの外見が変化した。
 少年と大差ない体形が、徐々にふくらみ、一昨日見た色っぽい体つきに変わって行った。
 身長も伸びている。
 魔力の高い奴は、魔界に入っただけで、意識しなくても外見変わる事があるしな…と、最初に面接で入った時に、ジョン太が言っていたのを思い出した。
 そこまで魔力の高い人間には、今まで会った事がなかった。
 一昨日見た、色っぽいカエデ姐さんが出現する事を期待したが、後部座席で、二回り大きくなった体に合わせようと服を整えているのは、単にトリコが大人になった様な外見の女だった。
 一昨日のあれは、潜入捜査の為の整形だったらしい。
 でも、胸はFカップだ。
 街の手前で車を降りたジョン太は、ちょっと残念そうだったが、結局巨乳なら何でもいいらしく、しばらく横目でトリコの乳を鑑賞して、情報屋に連絡を付けると言って、一人で先に行ってしまった。
 二人で残されてしまった鯖丸は、ちょっと気まずくなったので、怪我を治すのに専念した。
 トリコは、怪訝な顔をしてそれを見た。
「何だお前。そんな根本治癒の魔法使わないと、打撲傷を治せないのか」
 表面の怪我なら、もう普通の回復魔法で治せる様になっていたが、内部損傷の治療は、割合難しい技術だ。
 表面だけ綺麗にして、痛みを取る事は出来るが、これから仕事だから、きちっと治しておいた方がいい。
「まぁ…それ程ベテランでもないんで」
「それ、大怪我した時だけ使うやり方だぞ。いちいち使ってたら面倒だし、痛いだけだろ」
 急に両手を握られた。
 魔力が通る時の、少し痺れる感覚があった。
「はい、治った」
 トリコは、手を離した。
 全身が綺麗に治っていた。
「うそっ、早」
 鯖丸は、若い女の前だという事も忘れて、シャツをめくって体を点検した。
 外から見えない部分も、完璧に治っている。
「民間でも、そんな怪我する程危ない仕事、やるんだな」
 ちょっと意外そうだ。
 仕事でもっと重傷を負った事もあるが、これは全然関係ない自業自得だ。
「いえ…これは部活の先輩に生意気言って、しめられただけです。治してくれてありがとうございます」
「え…学生?」
 去年、新しくランクSが登録されたのは、知っていた。
 まだ二十歳前後の大学生だったはずだ。
 民間に居るランクSって…。
「ええ、お前学生?」
「はい」
 そう言えば、見た目がやたら若いと思った。
「じゃあ、バイトか、これ」
「バイトですよ」
 鯖丸は答えた。
 何てこった。いくら狭い業界とはいえ、西日本で一番腕利きのコンビが、片割れバイトかよ。
 評判と、仕事の実績だけ見て、どんな奴らか確認もしないで依頼してしまっていた。
 一昨日の二人組だと分かった時点で、解約しておけば良かったかも。
「それじゃあ、あの…」
 獣人と言いかけて、先刻事務所でこの青年に睨まれたのを思い出した。
 こういう仕事では、信頼出来るパートナーが一番大事だ。
 その辺りでは、こいつらは大丈夫そうだった。
「ハイブリットの男は、どういう経歴の奴だ」
「それ、言わないといけない事ですか」
 鯖丸は、たずねた。
「別に」
 トリコは、答えた。
「ただ、一時的にはトリオでやる訳だし、どんな奴か知りたいのは当然だ」
 自分のデータは、公開出来るギリギリの部分まで、依頼状に記入していた。
 当然、鯖丸も知っていると、トリコは考えていたが、ダメなバイトはそんなもん目を通してもいない。
「ジョン太は、この仕事はたぶん十年くらいのキャリアで、元軍人です。銃の腕はゴルゴ並ですよ」
 鯖丸は、小声で付け加えた。
「魔法は全然使えないけど」
「ええっ」
 そんな奴が、魔界で仕事しているとは、尋常ではない。
 それでもキャリアが十年くらいあって、ランクSのバイトを任されているのだから、使えない奴ではないだろうが…。
 いや…、それより。
「何でだ。あの男、そんなに魔力は低くないだろう。何かの病気か?」
「え…?」
 今まで、ジョン太が魔法を使えないのは、魔力が低いせいだと思っていたが、所長やハザマは、確かに別の意見がある様子だった。
 それでも、何かの理由をどうにかすれば、魔力が低いなりに軽微な魔法は使える様になるというくらいの意味だと思っていた。
「いいえ、ジョン太は魔力低いですよ。その方が便利な事もたくさんあるでしょう」
 確かに、解除も出来ない重合結界に、素手を突っ込んで自分を救助している。
 異常に魔力の低い人間にしか、そんな事は出来ない。
 しかし、自分を掴んだ腕からは。もう少し高い力を感じた。
 余程の事情があるのだろうが、係わっている閑はなかった。
 石を取り戻せれば、それでいい。
 ジョン太が戻って来た。
 情報屋と連絡が取れたと言った。

 観光街の表通りは賑やかだった。
 様々な店や屋台が並び、お祭りの日の表参道を思わせた。
 たいがいは外からの観光客だが、魔界の別の街から来た客や、プレイヤーらしい姿も多く混じっている。
 武器を携行して、一見魔法整形に見える獣人が混じっている三人は、たぶんプレイヤーに見えるだろう。
 なぜ、外の人間が獣人という言葉に、あんなに過剰に反応するのか、トリコには未だに分からなかった。
 獣人は獣人だ。
 ジョン太は、皆を先導して一軒のうどん屋に入った。
 暖簾には『うどんのめん吉』と染め抜いてあった。
 いらっしゃいと、景気のいい声をかけられた。
 カウンター席以外は、狭いテーブルが二つしかない店だ。
 カウンターの向こうで、スキンヘッドの店主が、一人でやっている様子だった。
 ジョン太は、カウンターに座って、勝手に注文した。
「素うどん三つ」
「へい、まいどー」
 ジョン太に続いて、鯖丸とトリコも席に座った。
「俺、天ぷらうどんが良かったのにー」
「私は、おろしぶっかけうどんが」
 魔力の高い奴は、大体わがままだ。
 ジョン太は無視して続けた。
「それと、いつもの。領収証ちょうだい」
 素うどんはあっという間に出て来たが、鯖丸のにはエビ天が一個乗っていて、トリコの分には大根下ろしがトッピングしてあった。
 わがままも言ってみるものだ。
 何か、天ざるうどんの残り物の様にも見えたが。
 ジョン太は、うどん代にしては過分な金額を差し出して、自分も素うどんを食い始めた。
「トゲ男は、殿の所にいる」
 うどんのめん吉は、言った。
「殿って言うと、あれ?」
 ジョン太は、カウンターの奥にある、換気用の小さな窓を箸で指した。
 窓の外には、小高い山があった。
 一年くらい前までは、確かに普通の山だった。
 今は、山頂に作られた妙な建造物がどんどん浸食し、蟻塚とバベルの塔を足して二で割った様な奇妙な構造が出来上がっていた。
 殿とかいう男が(殿だからたぶん男なのだろう)城と呼ばれるその建造物を造って、そこに居るらしかったが、何を目的にしているのかも、どんな奴なのかも、知っている人間はほとんど居なかった。
 侵入する事は、難しかったし、入って帰って来た者もあまり居なかった。
 政府関係の捜査官も、どんどんそこに吸い込まれて消えているという話だ。
 本人の口からは聞けなかったが、トリコが探っていたのも、たぶん殿だ。
「トゲ男は、殿に会って戻って来た数少ない奴だ。今は、殿の配下で何かやっているらしい」
 その辺までは、トリコも知っている情報だったが、こんな民間の情報屋に知られているとは思わなかった。
「ビーストマスターから、何か盗んだって話だよ。あいつもプレイヤーだし、いつも魔界に居る訳じゃない。整形も極端だから、魔界を出たら、もう誰だか分からない。捕まえるなら、今だな」
「どうして今だと?」
 トリコは尋ねた。
 トリコの方をちらりと見て、めん吉は続けた。
「あいつが魔界に居る時期とパターンから見て、トゲ男は学生だ。今、外界は夏休みだからなぁ」
 政府公認魔導士も知らない様な情報を掴んでいる。
 この場合、間抜けなのは政府の方なので、ちょっとがっくりだ。
「盗られた物だけ戻れば、トゲ男はどうでもいいんだが」
 トリコは言った。
「へぇ…」
 めん吉は、意外そうな顔をした。
「じゃあ、城に行ってみるか?盗んだ物は殿に渡したって言ってたからな」
「入れるのか」
 ジョン太が尋ねた。
 めん吉は、くわえ煙草のまま、悪そうに笑った。
「いつものやつなら。追加料金」
 手を差し出した。
 ジョン太は、舌打ちしながらポケットから金を出して渡した。
「領収証くれ」
「まいど」
 領収証は、あっという間に出て来た。
「じゃあ、今晩手引きしてやるよ」
 めん吉は言った。
「宿はいつもの所だな」
 ジョン太は、ああとうなずいた。

 うどんでは足りなかったのか、鯖丸は道すがら色々買い込んでいた。
 大半がジャンクフードだ。
 いくら何でも、もうちょっと健康に気を使った方がいいと思う。
「お前なぁ、そんな食生活続けてたら、今はいいけどいずれ病気になるぞ」
 トリコは注意した。
「だって、お腹空くもん」
 菓子パンを一気食いしていた鯖丸は言った。ダメだ、こいつお子ちゃまだ。
「肉と野菜も、バランス良く食べなさい」
 ビーストマスターの二つ名を持つ政府公認魔導士にまで、おかんの様な事を言わせるとは、恐ろしい天然だ。
 宿は、街の入り口に近い場所にあった。
 普段、民間がどんな様子で仕事をしているのか知らなかったが、特に悪くはない。
 潜入捜査で入る時は、もっとひどい場所で寝泊まりする事もあった。
 気を使ったのか、部屋も別々に取ってくれた。
 夜に、めん吉が手引きしに来るから、それまで自由行動と言って、ジョン太は一人で出掛けて行った。
 トリコは、手持ち無沙汰になってしまったので、宿で貸してくれる二ヶ月遅れの外界の雑誌とか見て過ごしていたが、思い立って、部屋を出た。
 鯖丸は、三つ向こうの部屋に居た。
 ノックをしても返事がないので、勝手にドアを開けた。
 狭い空間にベッドと椅子を詰め込んだ、自分が居た部屋と大体同じ仕様だった。
 自分の部屋にはあった、申し訳程度のシャワーとトイレは見あたらない。
 女だからか、客だからか、一応その辺は気を使ってくれていたらしい。
 鯖丸は、ベッドの上で爆睡していた。
 周囲には、食い散らかしたジャンクフードの包みと、脱ぎ捨てた服と、訳の分からない英文の専門書が散乱していた。
 武器を枕元に置かないで、部屋の隅に立てかけてあるのが、素人丸出しだ。
「おーい」
 声をかけたが、ぴくりと体を動かしただけで、全然起きる気配はなかった。
 夜に備えて仮眠しているとしても、仕事中にこんなに熟睡するか、普通。
「ちょっといいか?」
 頬を軽くはたいた。
 少し起きる気配があったが、また寝てしまった。
 寝顔がけっこう可愛いので、しばらく見ていたが、意を決してベッドのフレームごと蹴り上げた。
「起きろ、こら」
「え…お母さん、あと五分」
 アホな夢を見ている。
 耳を掴んで引っ張り起こす事にした。
「いででででで、何?」
 やっと起きた。
「母ちゃんには、外界に帰ってから起こしてもらえ」
 耳をこすっていた鯖丸は、一瞬物凄い表情をして、こっちを睨んだ。
 それから、本当に目が覚めたらしく、起き上がった。
「何か用ですか」
 普通に、客に対する口調に戻った。
 トリコはうなずいた。
「けっこうめんどくさい事になりそうだから、お前とリンク張っとこうと思うんだけど」
 手早く服を脱ぎ捨てながら、言った。
「別に、客とリンク張るの、契約違反じゃないよな」
「ええと」
 ダメなバイトは、色々思い出そうとしていた。
「リンクって…ええと、ええっ!?」
 もちろん、禁止はされていない。
 しかし、この業界に入って以来、魔法を使えないジョン太と、後はイレギュラーで所長と組んだだけだったので、誰ともリンクを張るどころか、張ろうとした事も無かった。
 どうやってリンクを張るのかも、ジョン太が相棒なら必要ないと言われて、何も教えてもらっていない。
 何となく、色々方法はあるが、一般的にはセックスすればいいというのは知っていた。
 リンクの張り方に関しては、ほぼ素人だ。
 返事をしなかったので同意したと思ったらしく、トリコはベッドの上に上がり込んで来た。
「お前も早く脱げ。時間がもったいない」
 あっという間に一週間大丈夫なTシャツを脱がされた。
「ええ、ちょっと待って」
 さくさくパンツまで脱がされそうになって、あわてて両手で押さえた。
「え?ダメなのこういうの」
 もうちょっと利用規約を良く読んでおけば良かった。
「ダメです。絶対ダメ」
 鯖丸は、パンツを押さえたまま、ずりずりと後ずさった。
「だってあんた、本当は子供でしょう」
「ええと…」
 トリコは、考え込んだ。
 ダメなのは、契約書も読んでないお前だ。
 外界での姿も、本当は見せたくなかったし、こんな事、口で説明するのも嫌だった。
 その場に座って、トリコはため息をついた。
「心身成長同調不全症候群って、聞いた事あるだろ」
 ぼつりと言った。
 聞いた事がある様なない様な言葉だ。
「何だっけ」
 天然の相手は疲れる。
「体の成長が止まる病気だよ。魔界に居ると魔力が身体能力を底上げするからな」
 魔界生まれで、魔力の高い人間だけが掛かる病気だ。
 別に、健康上問題がある訳ではないし、魔界に居る間は、普通に成長している様に見えるので、気が付かない事の方が多い。
 魔力の高い人間は、魔法が使えなくなる外界には、あまり出たがらないからだ。
 トリコは、ちょっとあさっての方を向いて、言った。
「ぶっちゃけ、お前より十コぐらい年上なんだけど」
「ええっ」
 本気で驚いている。
 でもまぁ、腕利きの政府公認魔導士が、そんな子供の訳がないと納得した様子だった。
「そうなんだ。こっちの出身なんですね、初めて見ました、そういう人」
 確かに、魔界出身で魔力が高いのに、外で生活している人間は少ない。
 珍しい人を見る様にトリコを見たが、顔を赤くして視線をそらせた。
「何か着てくれませんか」
 珍しい人はお前だろう…と、トリコはパンツを押さえて座り込んでいる青年を見た。
 良く見ると、けっこう凄い体をしている。
 魔力が高い人間は、どうしてもそれに頼ってしまうので、腹筋が割れているランクSなんか、初めて見た。
 魔法で付いたらしい酷い傷跡が右手と胸に残っていて、首筋には電脳接続のプラグを埋め込んでいる。
 どういうキャラだ、これ。
「これから色々するのに、何でまた着なきゃいけないんだ」
 トリコは、鯖丸のパンツに手をかけた。
「お前が脱げ」
 両手で押さえていたのに、手品師のイリュージョンの様に脱がされてしまった。
 裸の女と向かい合わせで座っていたので、けっこう恥ずかしい状態になっている。
 慌てて隠したが、両手を掴んで、ゆっくり退けられた。
 腕力では絶対勝っているのに、抵抗出来ない。
 鯖丸の股間をしげしげと覗き込んだトリコは、少し驚いた顔をした。
「何で隠すんだ。すごいじゃん、それ」
 そりゃ普通は隠すでしょう。何言ってるの、この人。
 おまけに、何だかとても楽しそうだ。
 単にエロい人なのか、もしかして。
 細い手で押し倒されて、体を押しつけられた。
 やわらかい。
 おまけにいい匂いがする。
 言われるままにあちこち触ったが、自分でももう、何が何だか分からなくなって来た。
 この先どうしていいかも全然分からない。
 AVとかいっぱい見たけど、いざとなったら何の役にも立たない。
 トリコがふいに体を起こした。
 乱れた髪が、ばさりと頬にかかっていて、何だかすごく色っぽい。
 もういいかな…とか言いながら、上に跨って来た。
 もうちょっと普通の体勢ですると思ってたけど、どうやっていいか分からないし、もういいや、全部任せてしまおう。
 そう思うと、ちょっと気が楽になった。
「じゃあ、入れるから」
 トリコは言った。
「ちゃんと繋いでね」
 何をですかー?
 この時点で、目的がリンクを張る事だったのは、もう記憶にない鯖丸だった。
 二十一才の誕生日の一日前に、鯖丸童貞喪失。
 リンクを張るどころか、トリコが二三回腰を動かしたら、あっという間にイッてしまった。

「ええと…」
 困惑した顔で、トリコは鯖丸を見下ろした。
「困ったな」
 困られても、こっちも困るけど。
「もしかして、初めてだったの」
 色々文句を言おうと思ったが、小さい声で「うん」と言うのが精一杯だった。
 トリコは、まいったな…と、頭を掻いた。
「それは…ごめんな、急にこんな感じで、いきなり」
 本気で申し訳なさそうに言った。
 エロいし口も悪いけど、そんなに悪い人ではないらしい。
「いえ…」
 予定とは違うが、初めての相手が色っぽい年上のお姉さんというのは、これはこれでいい感じだ。
 トリコは、鯖丸の隣に寝転んで、しばらく天井を見上げながら、何か考え込んだ。
 それから肘を突いて半身を起こし、鯖丸の顔を覗き込んだ。
「どうする、このまま続けるか?」
 何をと聞き返しそうになって、リンクを張る為にこんな事をしていたのを思い出した。
「嫌なら止めてもいいんだけど」
「嫌じゃないです」
 鯖丸は即答した。
「だったら、いいけど…」
 トリコは、まだ何か考えていたが、聞いた。
「お前、リンクの張り方とか、知ってる?」
「知りません」
 まあ、相棒が魔法使えないんじゃ、知らなくてもいい事だろう。
「トラウマ映像とか、接続事故とか、聞いた事ある?」
「ないです」
 本物の素人だ。
「止めた方がいいかも」
 トリコは言った。
「リンクを張る時は、相手の深い部分まで踏み込むからな。けっこう嫌な物を見る事になるよ」
 鯖丸は、しばらくの間考え込んでいた。
 それから、トリコの方を真っ直ぐ見て言った。
「俺の方がたぶん、相当ひどい事になってると思うけど」
 子供の強がりみたいなものだと思ったが、目が本気だった。
「それでもいいなら」

 強がりどころか、控えめな表現だという事は、すぐに分かった。
 セックスに不慣れな青年の、ぎごちない感じをしばらく楽しんでから、魔力を相手の内側に伸ばした。
 誰でもこんな感じでやるのではなく、自分なりに色々な方法があるとは聞いているが、この辺は本当に個人的な領域だった。
 きちんと繋げる前から、何か深くて暗い物が流れ込んで来ていた。
 血と暴力と、それから、もっと嫌な何か。
 こいつの中身、絶対におかしい。
 繋ぐ前から飲み込まれそうだった。
 本気で、こんな危ない奴とリンク張るのは止めようかと思い始めた時、現実の方の鯖丸が、情けない声を出した。
「あっ…俺、もうダメ」
 ここで終わったら、さっきと同じ、無駄手間だ。
「我慢しろ、もうちょっとで繋がるから」
「そんな難しい事、無理だよー」
 ぎゅっと容赦なく尻をつねると、どうにか止められた。
 そのまま腕を伸ばすと、深い場所で何かに触った。
 一瞬の間を置いて、深淵の中に突き落とされた。

 その場所には、上も下も無かった。
 真っ暗な空間に浮いていて、それでも周囲には光があった。
 瞬かない無数の星が、無限に広がっている。
 魔界生まれで、特に科学知識はないトリコにも、ここが何処なのか分かった。
 宇宙空間だった。
 右手の方向に地球が見える。
 リアルな映像だ。
 反対方向の、宇宙空間に浮かぶ建造物に向けて、どんどん落ちて行く。
 重さのない空間は、思いの外爽快だった。
 明らかに建設中の巨大な建造物を素通りし、小さな人工物に向かって行く。
 けっこう楽しい。
 人工物が、小規模なマイナーコロニーだと分かるくらいまで接近した。
 その中に、壁を通り抜けて吸い込まれる様に着地した。
 楽しかった雰囲気は一変し、辺りは血と暴力の匂いに包まれた。

 繋がるからと言われて、尻をぎゅっとつねられた瞬間、目の前が真っ白になった。
 少しの間、何が起こったのか分からなかった。
 全く別の場所へ放り出された様な気がして、鯖丸は目を開けた。
 自分の体の下で、ちょっと色っぽい感じで体を反らせているのは、さっきまで見たトリコだ。
 それなのに、頭の中では、真っ白な風景が消えない。
 目を閉じると、白い物が横殴りに吹き付けていた。
 一面の雪景色だった。
 吹雪の中に、自分は為す術もなく佇んでいた。
 体には、寒さは感じない。
 それでも、ここが寒い事は理解していて、どうにかしなければ死んでしまうだろう事が分かった。
 吹雪の向こうに、ぽつりと赤い点が見えた。
 点に向かって、歩き始めた。

 マイナーコロニーの内部は、血の匂いで充満していた。
 たぶん少し前まで人間だった物が、通路に、部屋に、血を流して散乱している。
 生きている人の気配は奥の方にあったが、もう見たく無かった。
 きっと、酷い事になっている。
 物凄く嫌だった。帰りたい。
 重い足取りで通路を進んだ。
 奥の部屋に、それは居た。

 赤い点が、徐々に近付いて来た。
 近付くに連れて、それは人だと分かった。
 分厚い、暖かそうなフード付きの赤いコートを着た少女が、雪の中にうずくまっていた。
 こちらを見上げた顔は、外界に居た時のトリコだった。
 顔立ちは同じだが、雰囲気がまだあどけない。
 実際に、見た目通りの年齢だった頃の彼女かも知れない。
 雪の中で、ゆっくりと立ち上がった。
 こちらに笑いかけながら、コートの前をはらりとはだけた。
 下には、何も付けていない。
 細い体と薄い胸が露わになった。
 白いきゃしゃな手が、自分の腕をそっと掴んだ。
 そのまま、ゆっくりと、細い体に引き寄せた。
 エロい感じだ。
 子供は別に好きではないが、目の前の小さな少女が、凄く色っぽく見える。
 このままどうにかなってしまいそうな感じだが、そう言えば現実の方でもうトリコとどうにかなっている最中なのに、ここで二重に…ええと、どうなるんだ、これ。
 指先が、肉付きの薄い腹に触れた。
 すうっと、体の中心に亀裂が入った。
 ばくりと胸から下腹部まで、傷口の様な物が開いた。
 こんなになったら、普通血とか内臓が出て来るはずだが、ただ、得体の知れない蠢く中身がのぞいているだけで、痛そうな顔すらしていない。
 笑いながら、ゆっくりと掴んだ腕を、自分の腹の中にずぶずぶ差し込んで行った。
 生暖かさと、ぐちゃりとした感触が、リアルに伝わって来た。
 鯖丸は悲鳴を上げた。

 機械の類が散乱した、物置の様な場所だった。
 照明だけが、やけに眩しい。
 入り口に、女が一人倒れていた。
 体中を切り刻まれて、下半身は服をむしり取られた姿で、小型の銃を握りしめている。
 どんな殺され方をしたのか、考えたくない。
 部屋の両脇には、少年が二人、うずくまっていた。
 一人は、幼い感じで、絶望的な顔をして俯いている。
 もう一人は、少し年上に見えた。
 暗い顔で、部屋の中央を睨み付けている。
 そして、部屋の中央にそれは居た。
 複数の男達に押さえつけられ、犯されているきゃしゃな体つきの少年。
 目は開いているが、何も見ていない。
 三人の少年は、全員同じ顔だった。
 現実の世界では「もうダメ」とか言っている、あのアホだ。
 これが実際に起こった事だとは思いたくなかったが、トラウマ映像は、傷が深い程事実に近い形で出る。
 自分のそれは、もう少し抽象的だとリンクを張った相手から聞かされていた。
 これ以上見たくない。
 目を閉じたかったが、ここまて来て無責任に放り出す事も、出来なかった。
 何が「相当ひどい事になってる」だ。そんなレベルじゃない。
 ふいに、部屋の中央に居る少年が、狂った様に笑い出した。
 目の中に、暗い光が点った。
 ざくりと口が耳元まで裂け、自分を犯している男の頭に、ばつりと噛み付いた。
 一瞬で辺りは血の海になった。
 男達が次々と食い殺されて行く。
 これ以上は耐えられなかった。早くリンクを張って終わらせたい。
 三人の内のどれとリンクを張ればいいのか分からなくて、トリコは周囲を見回した。
 俯いている幼い少年が、一番鯖丸に近い様に見えたが、感覚は違うと告げていた。
 もう一人の、厳しい顔で部屋の中央を睨んでいる少年と目が合った。
 たぶんこいつだ…と思って踏み出した時、少年は立ち上がり、首を横に振って部屋の中央を指差した。
 よりによって、あれかよ。
 それはもう、人間には見えなかった。
 人をむさぼり食う化け物に変わっていたが、目だけが泣いている子供だった。
 お母さん…お母さん…
「そうか…」
 トリコは、部屋の入り口を、ちらりと振り返った。
「お前、自分がされた事より、母ちゃんをこんなにされた方が辛かったのか」
 化け物の動きが、少し止まった。
「いい子だね。腹が空いてるなら、お食べ」
 部屋の中央に進み出た。
 ばくりと頭が食いちぎられた瞬間、視点が入れ替わった。
 自分の血の味が口の中に広がった。
 吐きそうだ。
 どうにか踏みとどまって、視点を元に戻した。
 繋がった。

 鯖丸は、自分の体に覆い被さって、荒い息を吐いていた。
 ぎりぎり、リンクを繋ぐまでは持ち堪えたらしい。
 今の何?と、間抜けな事を聞いて来た。
 こっちが聞きたいわ…と思ったが、あんなひどい記憶を抱えて、こんなに脳天気に生きて行けるとも思われない。
 たぶん、本人は無理矢理忘れている類の記憶だ。
 そっとしておく事にした。
「繋がったか」
 聞いてみたが、首を横に振られた。
「分からない」
 手応えはあった。
 というか、こんなのとよくリンク張れたものだ。
 ただ、リンクを張ったせいで連動する様になった力の大きさが実感出来た。
 窓の外は、少し暗くなりかけていた。
 めん吉が来ると言っていた夜には、少し間があるが、そろそろ準備した方がいいだろう。
「起きろ。何時か聞いてないから、支度した方がいい」
「だるい」
 鯖丸は、ごろりとベッドに横になった。
 それは、初めてリンクを張ったらけっこう疲れるが、こっちの方が重労働だった気がする。
「仕事だろ。起きろ」
 トリコは、肩を掴んで揺すった。
「うん」
 だらだら起き出そうとして、ふいに変な顔で壁の一点を見つめた。
 壁の向こう側には、廊下と階段があった。
 その階段を、武器を手にした男達が、上がって来る。
「あれ…」
 何で壁の向こう側が見えるんだろうという顔をして、目をこすった。
 それから、男達のただならぬ雰囲気に気が付いて、がばりとはね起きた。
 肩に置かれた手が離れた瞬間、壁の向こうの映像は消え失せた。
「ああ、繋がってるな」
 トリコは、急いで服を着始めたが、パンティーを履いてニットのノースリーブのブラウスを羽織った所で時間切れになった。
 壁の向こうが見えなくても、もう気配で丸分かりだった。
 廊下を曲がり、ドアの前に立った男達が、こちらの気配を伺っている。
 次の瞬間、乱暴にドアが開いた。
 鯖丸は、ちらりと部屋の隅にある刀に目をやったが、間に合わないと判断したらしく、素手で空中を薙ぎ払った。
 刀を使った時程の威力はないが、空気の鎌がドアごと男達を吹き飛ばした。
 魔力を溜める動作が、全く無かった。
 先に技を溜め始めていた先頭の男が、為す術もなく壁に叩き付けられていた。
 魔力が高いのは分かっていたが、ここまで強いとは思わなかった。
「速い…」
 いきなり、背後で窓がぶち破られた。
 飛び込んで来た異形の男が、振り返った鯖丸の脳天に、かけ声もろとも木刀で綺麗な一撃を入れた。
「でも、技を出した後、隙だらけだ。さすが、ダメなバイト」
 廊下と窓から、男達がなだれ込んで来て、トリコと鯖丸を縛り上げた。
「分かってるなら助けてやれ。仲間だろ」
 奥道後温泉と焼き印の入った木刀を腰に差して、異形の男は呆れた様に言った。
「あ…トゲ男」
 これから探ろうと思っていた男が、自ら出て来ている。
 何だか情報だだ漏れの予感がした。
 全身トゲだらけで、額に第三の目を付けた緑色の皮膚の男は、三つの目で二人を見下ろした。
 全裸で縛り上げられている鯖丸をしげしげ見て、驚いた顔で一歩下がった。
「えっ?何でこいつ、政府の奴と」
 知り合い?
 こんなに極端な整形をしていては、外で知り合いだったとしても分からないだろう。
 しかし鯖丸は素顔丸出しだ。
 本名は知られてません様に…と、トリコは思った。
 幸いなのかどうなのか、名前は呼ばれなかった。
 木刀で頭を打たれて、すっかり意識が無くなっていたから、そこまでする必要も無かったのかも知れない。
「連れて行け」
 トゲ男は、背後に居る男達に命じた。
 ここで暴れる事も出来たが、事情を探る為に、トリコは捕まる事にした。
 全裸で拉致された鯖丸は、少し気の毒だと思ったが、夏だし、風邪もひかないだろうから、まぁいいやと軽く流した。

 高い位置の窓に鉄格子のはまった、絵に描いた様な石造りの牢には、月光が射し込んでいた。
 お情けでもらった小汚い毛布の上に座って、鯖丸はぐすぐす泣いていた。
 とうに夜半を過ぎて、日付も変わっていた。
 全裸で拉致られて、牢に閉じこめられるというのは、お誕生日の迎え方としては、最悪の部類に入ると思う。
 別に、ケーキにロウソクを立てて欲しい訳ではないが、これはない、絶対ない。
 折角城まで入れたのはいいが、どうやって脱出しよう、牢の周囲は結界がちがちだし…と、思案していたトリコは、イラっと来たので怒鳴りつけた。
「やかましい、泣くな」
「だって…」
 トリコは、まだ何か着てるからいいよ…と思ったが、女の子がこんな格好で拉致されて平然としているので、ちょっと自分が恥ずかしくなった。
 実際には、女の子と言っても溝呂木先生と同じくらいの年齢だが。
 ごしごし目をこすって、腕組みしているトリコを見上げた。
 何だかかっこいい。
 所長と云い、こういう年上で豪快なタイプに弱いのだった。
「結界がひどい。どうにか破れないかな」
「ジョン太なら、簡単だと思うけど」
 鯖丸は答えた。
 昨日から姿が見えない。何やってるんだろう。
 二人とも魔力が高いのが災いして、強力な結界に手が出せなかった。
「時間はかかるけど、反対側から解いてみる?」
 鯖丸はたずねたが、トリコは首を横に振った。
「時間がかかり過ぎる。幸い床の結界は薄い。ぶち抜いて出よう」
 床の結界が薄いのは、下がぎっちり地面だからじゃないのかと鯖丸は思った。
 あと、こんな強力な結界が床にもかかっていたら、ある程度魔力の高い人間には拷問だ。
 立っている事も座っている事も出来ないで、いずれ衰弱死するだろう。
 牢を覆う結界は、以前トリコが捕まっていた重合結界より遙かに強力だったが、明らかに個人でかけた物だった。
 これをかけた奴は、絶対俺より魔力が高い。
「ぶち抜くって、どうやって」
 鯖丸が聞くと、トリコはあっさり言った。
「お前、攻撃系得意だろ。どうにかしろ」
 自分の得意な魔法は、重力操作を除けば、空気の流れを操る系統が多い。
 鋭いが、地面の様な分厚い面に対しては、それ程破壊力はない。
 たぶん、所長が使っていた、地面から壁を出す様な系統の魔法ならいけると思うが、人には向き不向きがあるのか、以前練習してみたが全く使えなかった。
「そんな、都合のいい事言われても…」
 トリコが、攻撃系の魔法はそれ程得意ではないのは、何となく分かった。
 リンクを張ったせいかも知れない。
「地道に結界解こうよ」
 地道に空気系の魔法で床を削るより、絶対その方がいい。
 結界解除の作業を始めようと、毛布を腰に巻いて立ち上がった鯖丸は「ぎゃー」とか言いながら毛布を牢の隅に放り投げた。
「どうした」
 トリコは聞いた。
「かゆい」
 ダニが居たらしい。地球のこういう所が嫌いだ。
「あ、本当だ。可哀相な尻に」
 しげしげと覗き込まれた。
 いい意味でも悪い意味でも、もうどうでも良くなった鯖丸は、前も後ろも隠すのはやめた。
 何時間ぐらいかかるかなぁ…と、結界の最後の結び目から手を付けようとした時、石畳で覆われた廊下の向こうにある木戸が開いた。
 月明かりと魔法発光の照明の中を、のんきな足取りで歩いて来たのは、昨日会った情報屋、うどんのめん吉だった。
「やっ、元気ーぃ」
「てめぇ」
 トリコは、触ると危ない鉄格子の、ぎりぎりまでにじり寄った。
「私らを売ったな。どっちの情報屋だ、殺すぞハゲ」
 相変わらず口が悪い。
「別にいいじゃん、城には入れたんだから」
 めん吉は、平然と言った。
「ほら、お前の刀」
 鉄格子の隙間から、見慣れた刀が差し込まれた。
「あ…」
 元々、こういう段取りだったらしい。
 鯖丸は刀を受け取った。
「あのー、服は?」
 一応聞いてみたが、予想通りの答えだった。
「そこまでは知らねぇよ」
 絶対、捕まる直前までナニゴトかしていた様子の二人を見比べて、肩をすくめた。
「ジョン太もすぐ来る。オレも色々立場あるんで、これでな」
 立ち去りかけためん吉と入れ違いに、ジョン太が入って来た。
 めん吉からホルスターに入った銃を受け取って、身に着けながら、こちらに走って来る。
「悪い、中々見張りが巻けなくて」
「何だ、お前も捕まってたのか」
 トリコは言った。
「捕まった方が、早く侵入出来るからな」
 うどん屋で言っていた「いつものやつ」というのは、こういう事だったらしい。
 めん吉は、城にも出入り出来るコネを持っていて、表向きなのか実際なのか、二重スパイの様な立場らしかった。
「先に言え、そういう事は」
 トリコは、腕組みして文句を言った。
「ほんと…先に言っといてよ」
 鯖丸も、肩を落としてため息をついた。
 お前、知ってて捕まる演技なんか出来ないだろう…と言いかけて、ジョン太は二人を見比べた。
 ええ…何、その一仕事終わってから捕まった感じの格好は。
「何やってたんだよ、お前ら」
「リンク張ってただけだ。少し手間取ったので、こんな格好だが」
 一切後ろめたい事は無いと言った調子で、トリコは断言したが、鯖丸は少し恥ずかしいのか視線を反らせた。
「ええっ、こいつとやったのかよ。サキュバスに捕まってもギリギリセーフで童貞だったの、お前くらいだぞ。何でこんな、股の蝶番がゆるそうな女と」
「ジョン太は、俺をどっち方向に行かせたいの?人の部屋にデリヘル放り込んでおいて」
 それを言われると、反論出来ない。
「どういうコンビなんだ、お前ら」
 トリコは、二人を見比べて、たずねた。

「そうか…あのサキュバス相手に、ぎりぎりセーフ」
 トリコは、ぐっと拳を握った。
「勝った!!」
 エロ系魔女の間で、何かの目標にでもなっているのだろうか。
 絶対、魔力だけならトリコが圧勝のはずなのに。
「しかし残念だな。お前、このまま三十まで童貞だったら、外界でも魔法が使えたかも知れないぞ」
「都市伝説だから、それ」
 ジョン太は否定した。
「嫌だよ、そんな将来設計」
 鯖丸も否定した。
「博士号を取ったら、宇宙船のエンジン開発関係に就職して、すかさず家庭を持って子供は三人ぐらい…」
 大人の階段を二三段登ってしまったので、妄想が加速している。
「はいはい」
 ジョン太もしんどいので、もういちいち突っ込まない。
「ここ出るぞ、どうせ逃げたのはいずれバレる。石を捜して、早く帰ろう」
「どうやって」
 トリコは聞いた。
 こうやって間近で言い合っているが、実際はがっちがちの結界で隔てられている。
「大体、お前、どうやって逃げて来たんだ」
 段取りからして、ジョン太も捕まっていたはずだった。
「別に、こうやって普通に」
 言いながら、結界に両手を突っ込んだ。
 そこまでは、この男の魔力の低さからして、予想していた範囲内だった。
 しかし、猛獣を閉じこめておく様な太さの鉄格子に両手をかけ、ちょっと力を込めて飴の様にこじ開けたのを見て、トリコは顔色を変えた。
「出て来たんだけど」
「普通じゃないから、それ」
 魔法ではなく、単に腕力でねじ曲げている。何だ、こいつ。
 鯖丸は、何の疑問も抱かないで、結界の利いている鉄格子に触らない様に、外へ出た。
 これで普通らしい。
 トリコも後に続いた。
 木戸の向こうで、人の気配が近付いて来た。
 鯖丸は、トリコの手を握ってから、目を細めて木戸の向こうを透かし見た。
「ジョン太、二人。得物は拳銃とナイフ。投げるやつ」
 ああ、本当にリンク張ってる、こいつ。
 ジョン太は、銃を抜こうとして止めた。
 まだ、大きな物音は立てない方がいい。
 トリコが気が付くと、ジョン太はいつの間にかドアの前に移動していた。
 ドアが開いた瞬間、何か不思議な動作をした様に見えたが、きちんと分かったのは立ち上がる部分だけだった。
 やって来た二人組は、床に倒れていた。
 何がどうなっているのか分からない。こいつのやる事の方が魔法だ。
 鯖丸には、何が起こったか見えていたらしく、相変わらずすげーとつぶやいていた。
 周囲に聞き耳を立てて、まだ、他の追っ手が来ないのを確認してから、ジョン太は足元の二人をつま先で転がした。
「おい、こいつらのどっちか、服剥がして着とけ」
「あ…」
 さっきまでぐすぐす言ってたくせに、もう自分が裸だというのを忘れていたらしい。
 どっちにしようかな…と、腕組みして考え込んだ。
「迷うなバカ。その股間の悪魔超人をさっさと仕舞え」
 ジョン太は鯖丸の後頭部をどついた。
「何だよ悪魔超人って。ばりばり正義超人だってば。何度倒れても火事場のくそ力で立ち上がるって」
 ぶつぶつ言いながら、服をはがし始めた。
 若いのに古いマンガを良く知っていたものだ。
「いやいや、それM78星雲の人だから。すぐカラータイマー点滅するから」
 トリコまでひどい事を言い出した。
 ツッコミが二人になって、不利だと思ったのか、鯖丸は黙って素早く服を着た。
 作務衣だが甚平だか良く分からない変な服で、おまけに丈が短いが、少し手足を動かしてみて、けっこう動きやすいので本人は満足したらしかった。
 もう一人の小柄な方からズボンをはがして、鯖丸はトリコに差し出した。
「着る?」
「いらん、そんな小汚くて生暖かいズボン」
 トリコは断った。
「それより、どうするんだ。このまま闇雲に捜し回っても、いずれ見つかるぞ」
「上へ行け」
 ジョン太は言った。
「石はおそらく殿の周辺にあるって話だ。他にも色々な物を集めているらしい」
 理由は分からないが…と、言った。
「お前達はどうするんだ」
 まるで、別行動をする様な言い方だ。
「ハデに暴れて敵を引きつける。石を捜しやすくなるだろ」
「バカな事を言うな」
 トリコはジョン太を見上げた。
 魔法整形の獣人と違って、顔に表情が良く出るが、それでも何を考えているのか分からない。
 魔法も使えない民間人のくせに。
「この城に何人の敵が居るか、分かっているのか」
「六十人以上、八十人以下」
 ジョン太はあいまいな数字を言った。めん吉の情報かも知れない。
「広い場所ならヤバイけどな。インドア戦で一度に多人数と当たる必要はない。大丈夫だ」
 背中に刀を下げていた鯖丸は、うなずいた。
「俺ら、最近、こういうの慣れてるから」
 二人の戦力が高いので、ここしばらく、荒っぽい仕事はほぼ百パーセント二人に回って来ていた。
 どういうコネがあるのか、魔界に逃げ込んだ犯罪者を捕まえる様な仕事を、どこからともなく所長が取って来ている。
 躊躇しているトリコに、ジョン太が言った。
「大事な物なんだろ。早く行けよ」
 トリコは、言葉に詰まった。
 ただのガラスのかけらが、どれくらい大事な物なのか、本当に分かってくれている様な気がしたからだ。
 事情も知らない他人だ。そんなはずはない。
「分かった、後は任せた」
「じゃあ、先に行くね」
 鯖丸は、こちらを見てから走り出したジョン太の後に続いた。
 迷いがない。
 信頼出来る相棒が居ると云うのは、いい事だなと思った。
 昔は、自分にも…
 廊下の先で、派手な銃声と叫び声が上がった。
 しばらくタイミングを計ってから、トリコは石畳の廊下を走り始めた。

 城の内部は、大部分が木と石で出来ていたが、所々、骨の様な物質がむき出しになっていた。
 城の外観を覆っていた、乳白色の壁面が、こんな風だった気がする。生き物っぽい、気持ちの悪い建材だ。
 ゆるやかに傾斜した廊下を走りながら、ジョン太は鯖丸を振り返った。
 特に変わった様子はない。
 トリコとリンクを張ってしまったと云うので、少し心配していたが、大丈夫な様子だった。
 角の向こうから飛び出して来た十人程の連中を軽く薙ぎ倒してから、鯖丸は変な顔をしているジョン太に聞いた。
「何?」
「お前、体は何ともないか」
「尻がかゆい。ダニに刺された」
 鯖丸は言った。
「そうじゃなくて」
 鯖丸の背後に、二三発弾丸を撃ち込んで、ジョン太は言った。
 背後で人が倒れる音がした。
「あの女とリンク張って、何ともないのか」
「えーと」
 何か回想したらしく、ちょっと顔を赤くした。
「うん、別に何も」
「だったらいいけど」
 ジョン太は、前方に向けて、短機関銃を連射した。
 鯖丸は、少し目を細めて、変な顔で弾道を見た。
「何で聞くの」
「ランクS同士でリンク張る事なんて、あまり無いからだよ」
 ジョン太は答えた。
「あいつは熟練度が高いからいいが、お前はどうなるか分からん」
「そうなんだ」
 自分以外のランクSは、初めて見た。
「良く分からないけど、大丈夫だと思う」
 鯖丸は答えた。
「これで童貞だという俺の唯一の弱点が無くなった。ふふふ、無敵だ」
 全然大丈夫ではない発言だ。
「いや…お前の弱点はバカだからね。直ってないから」
 ジョン太は釘を刺した。
 どんどん敵が群がって来るが、当面、狭い廊下を進んでいるので、一度に来る相手はたかが知れている。
 敵が群がっている方向に向かって、二人は走った。
 騒ぎは大きくなっていた。好都合だ。
 トリコはどうしているだろう…と鯖丸は思った。
 無事なのは何となく分かる。
 リンクを張っているせいだろう。
 前方に、開けた場所があるのが分かった。
 今まで、こんな事は分からなかった。
 ジョン太は、魔力ではなく別の感覚で分かるらしく、二人は止まって、顔を見合わせた。
「何人くらい居る?」
 鯖丸は聞いた。
「二三十人かな、増え続けてるけど」
 空気の匂いを嗅いで、ジョン太は答えた。
「魔力の高そうな奴は居るか」
「四人くらい」
 鯖丸は、少し目をつむってから、言った。
「じゃあ、行くか」
 ジョン太は、両手に銃を持った。
 鯖丸は、刀を抜いた。
 廊下を抜けた先は、二階分が吹き抜けになった広い部屋だった。
 昔のカンフー映画とかで、たまに見る様な構造だ。
 下の階の広場に、敵が群がっている。
「うわー、いっぱい居る、めんどくせぇ」
 ジョン太は、露骨に嫌な顔をしながら、魔法で先制攻撃を仕掛けようとした数人を、あっけなく倒した。
 タメの要る魔法で銃の達人に対抗するのは、鯖丸くらいの速さがあっても無理だ。
「いいじゃん、暴れようぜ」
 鯖丸は、悪い顔をして笑った。
 一瞬、暁が出て来たのかとジョン太は思ったが、思い切り暴れられるので、外界の性格が悪い武藤君に戻ってしまっただけだった。
 あっという間に、鯖丸が視界から消えた。
 重力操作と高速移動で飛び回り、魔法攻撃を避けながら天井に逆さ向きに着地した。
 いくら重さがほとんど無くても、天井に座っていられるはずがないと思ったが、その時にはもう、姿が変化していた。
 かまいたちの時に見た、鬼の様な外見だ。
 あの時には普通だった足まで、かぎ爪の付いた人外の物に変わっていた。
 天井を蹴って、すっかり変わってしまった鯖丸は、加速した。
 いつもながら、地面に向かって頭から高速で突っ込んで来る思い切りの良さは凄い。というか、どこか壊れているんじゃないかと思う。
 飛んでいる間の周囲の敵は、ジョン太が一掃した。
 体を反転させ、着地した次の瞬間、一気に重さを加算した。
 ずしん…という鈍い音と共に、床に亀裂が入った。
 周囲が体勢を崩したスキに、重さを通常に戻して、回転しながら技を繰り出した。
 円形に広がった衝撃波が、群れていた敵を一掃した。
「あー、取り返しが付かないくらい、強くなってる」
 ジョン太は、頭を抱えた。
 破壊された部屋の中心で、鬼の姿をした鯖丸が立ち上がった。
 衝撃波を繰り出した時の空気の流れが、周囲で埃を舞い上げ螺旋を描いた。
 どんどん人間離れして行く様で、ちょっと不安だ。
 背後から、下の階の廊下を駆け抜けてきた敵が、襲いかかった。
 銃撃と魔法を、刀で受け止め、あっさり片付けて上を向いた。
「ジョン太、終わったからそっち戻るね」
 アホっぽい顔で笑ったので、少し安心した次の瞬間、背後の壁から湧き出す様に、人影が現れた。
 まだ半分壁に埋まっているが、明らかに鯖丸を狙っている。
 こちらからは、鯖丸の背後一直線上で、銃では絶対狙えないはずだった。
 どうしてそんな事をしてしまったのか、ジョン太にも分からなかった。
 ためらわず引き金を引いていた。
 銃弾が、空気を切り裂くのが見えた。
 素人には分からない、ほんのわずかな誤差だったが、明らかに銃弾は曲線を描いた。
 紙一重で鯖丸を避け、壁男に命中した。
 自分が何をしたか、分からなかった。
 ジョン太には珍しい事だが、呆然と立ちつくしてしまった。
 二階に飛び上がって着地した鯖丸は、元の姿に戻ってから駆け寄った。
「ジョン太、どうしたの!!」
 背中の鞘に刀を収めて、ジョン太の両手を握った。
 自分でも、何がどうなっているのか、分からない。
「ええと…」
 曖昧な返事しか、出来なかった。
「どうしたんだろう、俺」
 こんな頼りない感じのジョン太は見た事が無かった。
「魔法だから、それ」
 鯖丸は言った。
「最近、弾道が変だと思ってたけど、自分で曲げてるよ」
「そうなんだ」
 この業界は結構長いが、魔法を使う事に関しては、鯖丸の方が先輩だ。
 そう言われるならそうなんだろう。
 長年、魔法を使える様になれと言われ続けていたが、あまり嬉しくなかった。
 というか、まずい。
 普通に練習していて使えたならいいが、敵の真ん中で、持っている武器の性能が、自分の知らない物にがらりと変わるのに等しい事態だ。
 困った事になったと思った。
 トリコとリンクを張って、鯖丸の力が一気に上昇したので、自分も引きずられたのかも知れなかった。
「ううん、もうちょっと前から、微妙に曲がってた」
 手を握っていて、考えが少し分かるのか、鯖丸は言った。
 それから、気が付いて手を離した。
「そうか」
 まぁ、これでやるしかない。
 ジョン太は、ため息をついた。
「魔力は低いままだよな。お前、分かるか?」
 鯖丸は、少し目を細めてジョン太を見た。
「うん、低い。前より少しは高いけど、そんなに変わってないよ」
 魔力が低いと言われて、こんなに嬉しかった事は今まで無かった。
 もし、高くなっていたら、今までの様に攻撃に当たりに行って反撃する事も出来ないし、戦い方自体、がらりと変えなければならない。
「じゃあ、このまま行こう」
 ジョン太は言った。
「大丈夫?」
 鯖丸は聞いた。
「さぁ、分からんけど、まぁ、今まで通りやれるよ」
 ジョン太は答えた。
 ジョン太は、どちらかというと見栄っ張りなタイプだが、自分を過大評価して仲間を危険な目に遭わせる様な真似は、絶対しなかった。
 うかつにそういう事をしそうなのは、自分の方だ。
「分かった、行こう」
 鯖丸は言った。

 トリコは、入り組んだ廊下を移動していた。
 その辺の部屋に侵入して、適当な布をスカート代わりに腰に巻いて、髪をくくっていた。
 まだ、誰にも出くわしていない。
 遠くで騒ぎが起こっているのが分かった。
 本気で、あの人数を相手に、互角以上に戦っている様子だ。
 目算では、城の半分以上を登っているはずだったが、確信はなかった。
 廊下の向こうに、階段が見えた。
 今まで、城の周辺を巻く様に登っていたが、ここから先は、明らかに様子が違う。
 廊下の両脇には、灯りが点っていて、槍状の武器を持った男が二人、脇を固めていた。
 下で起こっている騒ぎに、参加する気配もない。
 トリコは、素足で廊下を踏んで、二人に向かって歩き出した。
 明らかに怪しい女に向かって、二人は槍の先を向けた。
 ふわりと床を蹴って、滑る様に二人の間に入り込み、両手を伸ばした。
 思っていた以上に速く動けたので、自分でも少し驚いた。
 指先から、糸の様な物が伸び、二人の男の顔に、ずぶずぶとめりこみ、融合した。
 二人は、少し痙攣し、棒立ちになった。
 しばらくそうやって、探りを入れていたトリコは、必要な事が分かったので、糸を引き抜いた。
 二人はその場に、崩れ落ちた。
「上か…」
 結局、この階段を上がらなければ、目的の場所に行けない。
 階段の上には、分厚い木の扉が見えた。
 向こう側に人影はない。
 行くしかなかった。
 トリコは、階段を登った。

 ジョン太と鯖丸が階段まで来たのは、それから少し後だった。
 襲いかかって来る連中を倒しながら走っていたら、ここに着いてしまった。
 倒れている見張りの前に屈み込んで、調べていたジョン太は振り返った。
「意識はあるみたいだが、どっかに正気が行っちまってるな。これ、あの女がやったんだと思うか?」
 鯖丸は、膝に両手をついて、肩で息をしていた。
 今まで、魔界でこんなに長時間戦った事はない。
 いくら普段から鍛えていても、普通の人間にはきついだろう。
「少し休むか」
 ジョン太は聞いた。
「今やってる」
 しばらく呼吸を整えて、こちらへ来た。
 トリコがどんな魔法を使えるのか、いくらリンクを張っていても把握出来ている訳ではないが、痕跡は確かにあった。
 倒れている男の顔に、指先で軽く触ってから、階段を見上げた。
「上に行ってる。こいつらの頭を探って、何か見つけたみたいだ」
「そうか」
 ジョン太は、少し考えた。
「そろそろ合流した方がいいな。行けるか」
「うん」
 二人で歩き出そうとした時、階段の上の扉が開いた。
「待て、この先は通さん」
 扉の向こうは、昼間の様に明るかった。
 声の主は、シルエットになっていて顔も分からない。
 薄暗かった広い踊り場も、真っ直ぐに射す光に照らされた。
 顔は分からないが、シルエットだけで誰だか分かった。
「あっ、トゲ男」
 トゲ男は、階段を下りて来た。
 背後から、二人の男が付いて来る。
 どちらも、全裸で拉致られる時に見た憶えがあった。
「まさか、こんな所で会うとはな」
 トゲ男は、鯖丸の方を見た。
「え、知り合い?」
 それはまずいんじゃないかとジョン太は思った。
 鯖丸は、魔法整形が苦手だ。
 一度試した事はあったが、長時間整形した姿を維持出来なかった。
 鬼の様な姿に変わる事は出来るが、あれは実用本位で、顔はそのまんまだ。
 反対にトゲ男は、原型が分からないくらい自分を変えている。
 本名を知られていたらヤバイ。
 ジョン太は銃を抜いたが、もしかしたらこいつ、外界で鯖丸の友達だったりしたらまずいと一瞬思った。
 学生だと言っていたし、可能性はある。
 少し迷ったのが災いした。
 トゲ男の背後に居た二人が、両脇からジョン太を羽交い締めにしていた。
 瞬間移動して来ている。
 魔力が普通レベルの人間だったら、倒れている様な攻撃を仕掛けられていた。
 無理矢理振り放し、肘撃ちと蹴りで倒したが、その間にトゲ男が移動して来ていた。
 残りの階段を一足飛びに飛び降りて、鯖丸の目の前に立った。
 どう考えても、刀で一撃を入れられる間合いだが、鯖丸は動かなかった。
 トゲ男が、鯖丸同様素で強いのが分かった。
 たぶん、同じ様な剣道の有段者だ。
 得物は真剣な分有利だが、背中の剣より腰に差した木刀の方が早く抜ける。
 バカ、さっさと魔法使え、絶対お前の方が強いから…と、ジョン太は思ったが、鯖丸はバカ正直に挑発に乗って、剣術で戦うつもりらしかった。
 やっぱりバカだこいつ。
「ええと…誰」
 更にバカ丸出しの質問をした。
「俺の顔を見忘れたか」
 トゲ男もバカだった。分かる訳がない。
「武藤玲司、止まれ」
 ああ、やっぱり本名知られてる。
 固まった鯖丸の喉元に、木刀が突き付けられた。
 単なる木刀だが、魔力を帯びていて、皮膚に触れれば焼き切られそうだった。
 鯖丸は、固まったまま、普通に鬱陶しそうな口調で言った。
「だから、誰だよ」
「忘れたのか。貴様の永遠のライバル、秋本隆一だ。昨年の地区予選での雪辱を今…」
 自分で本名をバラしている。本物のバカだ。
 トゲ男の姿が変化した。
 普通の人間の姿に戻っている。いや…普通と言うには語弊がある。
 すごい男前だ。
「ああ、広大の秋本君」
 鯖丸は、納得した様に言った。
「何でライバルなの、君」
 金縛りをかけられていても分かるくらい、やれやれという顔をした。
「弱いくせに」
 武藤君、本気で性格悪い。
「何でお前、剣道やってる時の方が性格悪いんだよ。武道家として、どうなんだ、それ」
 ジョン太は、溝呂木先生みたいな事を言い出した。
「勝てばいいんだよ、勝てば」
 二人は同時に反論した。
「あ、やっぱり友達なんだ。俺、手出ししないから」
「友達じゃねぇ」
 更にハモっている。
「良かった…お前の友達って、山本と迫田の二人しか居ないと思ってた。見学するわ、俺」
 ジョン太はその辺に座り込んだ。
 友達じゃないのに…と二人はぶつぶつ言った。
「秋本隆一、束縛解除」
 鯖丸は命令で自分の束縛を解いた。
 更に、背中に背負った刀を外して、ジョン太の方に投げた。
「同じ条件でやってやるよ。木刀寄こせ」
 秋本は、もう一本挿していた木刀を抜いた。
「奥道後温泉と、厳島神社、どっちがいい?」
「じゃあ、温泉」
 差し出した手に、木刀が渡され、二人は少し後ずさって間合いを取った。
 秋本は、上段に構えていた。
 鯖丸は、少し体をずらして、斜めに中段の構えを取っている。
 どちらの構えが有利なのか、剣道は素人のジョン太には分からなかったが、それなりに色々な格闘技をかじっているので、どちらが強いのかはすぐに分かった。
 秋本君、早く逃げた方がいいぞ…と、ちょっと思った。
 鯖丸の足が、すうっと前に出た。
 上半身は全く動いていない。
 そのまま、目にも止まらない速さで、撃ち込んだ。
 見事な抜き胴が決まった。
 秋本は、その場に崩れた。
 鯖丸は、ふん…と小さくつぶやいた。
「弱いよ」
 文句を言った。
「もうちょっと強くなってから、出直して来い」
「くそっ、今年の地区予選こそ」
 秋本は言った。
「二秒で倒す」
 武藤玲司は、断言した。
「あの…ちょっといい」
 ジョン太は、スポ根物の流れに、歯止めをかけた。
「俺ら、石を帰してもらえれば、それでいいんだけど」
「石って何」
 秋本は、今までこっちがやって来た事を全否定する様な、へこむ事を言い切った。
「ビーストマスターから盗んだ石だよ。お前が盗ったんだろうが。さっさと返せ」
「えー」
 秋本は、鯖丸を見上げて、変な顔をした。
「お前、普通のプレイヤーとかじゃないよな。何やってんだ」
「バイト」
 鯖丸は答えた。

「石は、殿が持ってると思うけど」
 秋本は言った。
 目新しい情報ではない。
「お前こそ、ここで何やってんだ」
 鯖丸は聞いた。
「バイト」
 秋本は答えた。
「そうなんだ」
 あっさり納得してしまった。
 似た様な二人だ。秋本の方が超男前だが。
「ビーストマスターが、ここを通ったと思うけど」
 ジョン太は聞いた。
 秋本は、自分に突き付けられた拳銃をちらりと見て、素直に吐いた。
「通した。殿が会いたいって言ってたからな」
 少なくとも、捕まったりはしていない様だが、それはそれでまずい気がした。
「殿って、何者だ」
 前から気になっていたので、ジョン太は尋ねた。
「分からない」
 秋本は即答した。
 ジョン太は、銃口で秋本の頭をぐりぐりやったが、意外に頑固な青年で、口をつぐんだままだった。
「お前、そんな分からないもんに雇われてるのかよ」
「分からないが、悪い人じゃない」
 秋本は、意外な事を言った。
「いや…人かどうかは、分からない」
「ええ?」
 そんな答えが返って来るとは思わなかった。
「じゃあ、何だ」
 ジョン太は怖い顔で聞いたが、秋本はもうしゃべらなかった。
 踊り場の隅で、何かごそごそやっていた鯖丸は、ロープを見つけて戻って来た。
「ジョン太、これ」
「おお、お前にしちゃ気が利くな」
 ジョン太は、踊り場の柱に、秋本を括り付けた。
「よし、行くぞ」
 殿の正体については気になるが、トリコが一人で殿の前に行ってしまうのは、少し危ない気がした。
 急いだ方がいい。
 階段へ走り出そうとしたジョン太は、鯖丸が秋本の前にしゃがんで、何かやっているので止まった。
「え、何してるの、お前」
 鯖丸は、秋本のズボンを脱がせ、更にボクサーパンツをひっぺがそうとしている所だった。
「秋本君には、全裸で拉致られる辛さを、ぜひ分かち合ってもらいたいと思って」
 パンツをむしり取って、その辺に投げ捨てた。
「うわぁぁ、やめろー。せめてパンツはー」
 秋本は悲鳴を上げた。
「あー、魔界で写真が撮れたらなぁ。試合の時外野できゃーきゃー言ってる女の子全員に、転送するのに」
 鯖丸は、ため息をついた。何げに、秋本の男前には、ちょっと悔しい思いをしていたらしい。
「お前、最近芸風黒いよ」
 ジョン太は言ったが、別に秋本は助けないで階段を登った。

2008.12/8up










中編の後書き
 鯖丸が、色んな意味で(大体は悪い意味で)だいぶ大人になってしまいました。
 もう、一話目に出て来た青少年とは別人です。
 まぁ、仕事にもだいぶ慣れて、緊張がほぐれて本来の彼に戻って来たとも言いますが。(もちろん悪い意味で)
 この先もどんどん悪い…というか、間違った方向に成長して行きます。

次回の見所
 ジョン太、殿とあずさ二号をデュエット。初対面なのに完璧にハモる。

次回のあずさ二号
 殿とジョン太が、あずさ二号をデュエットするというネタを思い付いたのは、なぜか狂った様に毎週花見をしていた今年の四月でした。
 マンガ版の方では、10ページ近く、二人が歌っているシーンが続く事になります。
 きっと、月飛の会長、空水さんに、怒られると思います。

大体三匹ぐらいが斬る!! back next

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