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再び、三匹ぐらいが斬る!!

主な登場人物(別窓で開きます)


3.プロジェクトC(vol.1)

 鯖丸は、シールドの中でため息をついた。
 目の前には、マクレー…バット隊長のにやにや笑いがあった。
「あんたら最低だ」
 一応、文句は言った。
 月面は、相変わらず静かだった。
 動いている者があるとすれば、人間だけだった。
 居ないはずの指揮車から、ここに居ないはずのマクレーが現れた。
 思い切り潔く、口から無自覚にため息が出るくらい、どーでもいいトリックだった。
 一旦引いた指揮車とローバーは、カモフラージュの為のシートを被って、元居た位置に戻っていた。
 地球で云う所の迷彩カバーだ。
 物凄いアナログだが、単調な景観の月面では有効だ。魔法を使った光学迷彩と違い、魔力での感知も出来ない。
 まぁ、近くで見ればすぐバレる訳だが、月面というのは地球と違ってあんまり人は歩いていないのだ。
 振り返ると、後ろにいるピーターも、シールドの中で表情を歪めていた。
 多分スラングで何か文句を言っている。
 ファニーメイとショーティーは、普通に驚いていた。
 マクレーは、四人を手招きして迷彩カバーの下へ招き入れ、指揮車を通して有線接続して来た。
『あー、はいはい。また囮だったんですね俺ら。そんで、これからどうすれば?』
『いいかげんにしろよ、おっさん。これ、どういう事だ』
『説明してください』
 バット隊長は、シールド越しににやっと笑った。
『済まんね。色々と隠しておかなければならん事があって』
 絶対に済まんとは思っていない表情だ。
『もう、隠す必要は無くなったんですね。話してください』
 鯖丸は言った。
『それより、このおっさん一発殴っていいか? ファニーメイみたいなガキまで、危ない目に遭わせやがって』
 ピーターは喧嘩腰だった。
『お前もガキだろ。別に止めないけど』
 鯖丸は、どちらかと云うとピーターに便乗する気満々だった。
『ファニーメイの事は、うかつだった。私のミスだ』
 マクレーは言った。
『ごめんなさい、勝手な事して。でも…あの』
『ファンジオ博士は、過去に北ルミビア解放同盟と接触していた経歴がある』
 マクレーは、意外なセリフを口にした。
『公式に測定された事が無いので推定だが、魔力も非常に高い。危険な相手だ』
『何んでそんな奴チームに入れたんだ』
 ピーターが、マクレーに詰め寄っている。
 待て、ちょっと待て。
 そんな奴、知っててチームに加える訳が無い。余程の事情が無ければ。
 チームに入れたんじゃなくて、入れざるを得なかったのか。
 疑わしい人物だが、外せば余計にまずい事になるとか。
『ファンジオ博士が裏切る事は、予定に入ってたんですか』
 鯖丸は聞いた。
 マクレーの返事は、予想外だった。
『裏切るも何も、君』
 スーツの中で、マクレーは肩をすくめた。
 スペイン語系の訛りがあるマクレーの英語は、こういう場面では何となくむかつく。
 まぁ、鯖丸の日系コロニー訛りの方が、明らかに耳障りなのではあるが。
『彼は最初から、ハイジャックグループのメンバーなんだよ』

 四人は、指揮車に入った。
 七色のニワトリみたいな髪型をした女が、高性能のマルチチャンネルらしいプラグから、四本のコードをぶら下げて、パックのコーヒーをすすっていた。
 いくらマルチチャンネルでも、四本もの回線を並列処理出来るのは、尋常な才能ではない。
 通常は(自分も含めて)二本で、三回線くらいが限界だ。
 女の首筋から背中にかけて、更に二つのジャックインプラグ接続口が見えた。
 脳まで改造しているのか、非凡な才能なのか、魔界限定の能力なのかは、見た目だけでは分からなかった。
 アンダースーツのままで、微妙に胸が膨らんでいるので、かろうじて女だと分かる。
 元カノの有坂より胸のない成人女性は、初めて見る。
 いや…そもそもこんな奴初対面だ。ミーティングの時にも居なかった。
「フリッツの部下で、魔界対策本部の23だ。通信関連は、全て彼女の制御下に入っている」
 スーツのシールドだけ開いて、マクレーは説明した。
 ピーターもファニーメイも、指揮車に入っていたくせに、こんな悪い意味で目立つ、ミーティングに居なかった女について、何んで一言の報告も無いんだ…と、鯖丸は考えた。
 それから、女子中学生と不良青少年が、そこまで気を回さないだろうと思い当たった。
 自分の考えは、どちらかというと魔法使いっぽくない。
 やりたくもない営業職に回されてたせいかも知れん、くそっ。
 指揮車の中には、23の他にドリーが居た。
 交渉の際に付けられた傷は、不自然でない程度に回復されて、減菌パッドが貼られている。
「じゃあ、改めて仕切り直そう」
 マクレーは言った。
「君達魔法使いには、ファンジオ博士についての疑惑は、伝えなかった。魔界に入った時点で、こちらの意志が悟られる危険があるからだ。軍関係者は、スイッチが発動するまで思い出せない様に、強引な方法で記憶を制御されている」
 ドリーの表情が、少し歪んだ。
 彼女も、記憶を操作されているのかも知れない。
 マクレーと23は、その範囲に含まれていない様に見えた。
 現場との接触が無いポジションだからなのか…。
「何んで、俺ら魔法使いにもそうしなかったんですか」
 一応聞いてみると、マクレーはちょっと笑った。
「職業魔法使いに暗示なんかかけても、魔界に入ったら自力で強引に解いてしまう可能性が高いだろう。君なんか特に」
 いや…俺は職業魔法使いじゃないけど…。まあ、ランクSなら、外界での精神操作なんか、簡単に解けてしまうかも知れない。
 それから、嫌な事に思い当たった。
「待てよ、まさかフリッツにも同じ事したのかよ。それで現場の全権を任せたのか」
 最悪だ。
「どうせ、責任は俺が取るんだ。文句あるか小僧」
「何時までも小僧扱いすんなよ、おっさん」
 一瞬睨み合ってから、狭い指揮車の中で精一杯…二メートルくらい離れた。
「…で、俺ら魔法使いは、独立愚連隊みたいな感じでいいのかな?」
「まさか…」
 マクレーは言った。
「君達には、期待通りの活躍をしてもらう。その為に、高い金を払ってるんだから」
 こちらを見て、ちょっと笑った。
「必要だろ」
 視線が、ファニーメイを素通りした。
「少なくとも、君達には」
 ピーターが、不快そうな表情でマクレーを睨んだ。
 こいつにはこいつで、事情があるらしい。別に、興味はないけど。
 地球に帰ってからの事を、思い浮かべた。
 これから子供も生まれるのに、自分の都合で仕事も辞めて、俺って最悪だな…と思った。
 魔法使いの、専門職としての報酬は、バイトとは云え四年もやっていたので、相場は分かっていた。
 今回は成功報酬が上乗せされる契約だ。
 再就職先が決まるまで、やり過ごせるだろう。
「7分後に…いや、厳密には君達の合わせた時計での約7分後に、月と地球間を航行可能な高速艇が配備される。
 無論ダミーで、人質と交換されるアリオーも、魔法整形したこちらの軍人だ」
「酷いな。すぐバレるだろ」
「すぐじゃない、時間は稼げる。スイッチは、フリッツの魔法だ。ドリーが向こうと接触したら決行…という所までは、君達魔法使いも参加したミーティングで了承済みだろう」
 確かに、ドリーが…というより、軍所属のCチームが潜入して、ドリーが交渉の場に戻った時点で、テロリストの制圧にかかる事は、最初から決まっていた。
 フリッツの魔法は雷撃系だが、持ち技がかなり特殊だ。
 約十メートル程度の圏内に対して、問答無用の無差別麻痺攻撃を仕掛けられる。
 攻撃対象に本人も含まれるので、サポートがなければ使えないが、威力は以前体感して知っていた。
 ランクSの鯖丸だと、二時間程度意識を失うくらいの威力だ。
 魔法は、魔力が高い程よく効く。
 魔力の出力調整が出来るジョン太が、誰よりも速く目を覚まして現場を制圧するというコンビネーションは、U08で経験済みだ。
 問題は、フリッツの攻撃範囲内に居ないテロリストだ。
 特に、ファンジオ博士なんて、絶対に範囲内には居ないだろう。
 自分は、その対応に回されるんだろうが…。
「俺らが外に出て来なかったら、どうするつもりだったんだよ」
「その為にこうやって待機しているんだが」
 ガチで戦闘用装備を調えたスーツ姿で、バット隊長は言い切った。
 こいつ、少なくとも四年前の時点で少佐だったはずだが、管理職が現場に出て来んなよ。そんなに暴れたいのか。
 ドリーが、交渉に戻る為に、民間用のスーツを装着し始めた。
「どうせ、軍人だってバレてるのに、それ、意味あるの?」
 一応、聞いてみた。
「まぁ、建て前として」
 ドリーは言った。
 それから、今まで誰も突っ込まなかった事実に言及した。
「その子供は、一体誰なんですか」
 ショーティーについて、説明するのをすっかり忘れていた鯖丸は、言い淀んだ。
「ええと…貨物室で保護した人質で、研修旅行の小学生」
「ショーティーです。本名も言った方がいいですか?」
 ショーティーは、短時間ですっかり魔界のルールに馴染んでいた。
 さすがちびっ子(身長は低くないけど)適応力が高い。
「一応確認させてもらう。ここに君の名前があったら、黙って指さして」
 マクレーは、コンソールパネルの横から、小さく折りたたんだ紙を出して来て広げた。
 細かい字で印刷された乗客名簿だ。
 ショーティーが真ん中より少し下辺りを指すと、マクレーは23に耳打ちした。
「了解、76番確保」
 23が、境界の外に居る基地車に向かって、通信を送り出した。
「通信ケーブルは切断されたって聞いたんだけど」
 鯖丸は、一応聞いてみた。
「ケーブルの切片が魔界内なら、地面で中継する。23天才」
 どや顔で23は言った。
「わぁ、そりゃ凄いね」
 フリッツ、よくこんな変な女を部下として使えるな…と鯖丸は考えた。
 どちらかというと、四年も鯖丸と組んでいたジョン太の忍耐力の方が、賞賛に値するのだが、本人は分かっていない。
 エアロックが動作する音と振動があった。
 マクレーと同じ軍用のスーツを着たリッキーが入って来た。
 後ろからもう一人、ライルとか呼ばれていた軍人が続く。
「侵入経路、確保しました。WN703の機影を目視で確認、これよりプロジェクトCに移行します」
 テロリスト達に指定されていた機体だ。
 WN703は、現在人質達が閉じ込められているシグマ010と違って、地球への離着陸能力がある。
 月と軌道ステーションを行き来するシグマ010と比べれば、積載量も定員も少ないが、地球上の広い陸地か海があれば、理論上どこにでも着陸可能だ。
「一応、機体は本物なんだ」
 鯖丸は聞いてみた。
「専門家は騙せないからな」
 マクレーは言った。
「月の引力圏から出すつもりは、全く無い。いや…魔界から一歩も出さずに取り押さえる」
 まぁ、そりゃそうだろうな…と思った。
 外界に出たら、長距離航行能力のある小型宇宙船を、強引に止める事は不可能だ。
 月よりも地球の方が人の目も機械での監視も多い。行方をくらます事は困難だが、月と違って人間の生存には適している。人質を楯に逃げ切る事も、不可能ではない。
 治安の安定していないルミビア周辺は、逃げやすいだろう。
 奴らの仲間も居るだろうし。
「後、内通者はファンジオ博士以外にも居る可能性が高い。乗客も乗務員も…いや、宇宙軍も魔法使いも、低いが可能性はある」
「誰も信用出来ないんですか?」
 ファニーメイが聞いた。
「一応、ハイブリットを除く白人は、可能性がゼロじゃないと思っていてくれ」
「ルミビア人じゃないから…? ハイブリットでもルミビア系の人は居ると思いますけど」
 少女は首をかしげた。
「あいつら、ハイブリットは人間にカウントしてねーから」
 ピーターが、肩をすくめて言った。
「わぁ、前時代的」
 ファニーメイは呆れた顔をした。
 マイナーコロニー出身の彼女には、理解出来ないのだろう。
「じゃあ、ここに居るのは一応、全員大丈夫なんだな」
 見事に、アフリカ系と東洋人とネイティブアメリカンとハイブリットの集団を見回して、鯖丸は聞いた。
 23だけ不明だが、こいつはもう、23という独自ジャンルでいいと思う。
「多分ね」
 マクレーは、頼りない事を言った。
「我々は一応厳密に身元を洗っているし、君達はリンクした相手なら信用出来るだろう」
 信用と云うより、精神的に同調している相手に、魔界で重要なウソなんてつけない。
 些細な隠し事なら出来るけど…。
「では、私は出ます」
 ドリーがエアロックに向かった。
「待って、突入のタイミングはどうやって報せるんだ」
 鯖丸は呼び止めた。
「それくらい、自分で判断してください」
 言ってからシールドを閉じて与圧室に入った。
「えー、民間人にそこまで期待すんなよ」
 一応文句を言った。
「我々も続いてすぐに出る。WN703の到着とタイミングを合わせた方が、目視で発見される確率が低い」
 マクレーは、ショーティーを振り返った。
「君はこの派手なお姉さんと一緒に、この場で待機していてくれ。大丈夫だな?」
「はい」
 ファニーメイは連れて行くのか…と、驚いた表情をしながらも、ショーティーはうなずいた。
「23子供苦手、努力はする。親愛の印にキャンディーをあげよう」
 太股に付けたポーチから、飴ちゃんを出して来た。
「ありがとうございます」
 23は、ファニーメイにもあめ玉を渡した。
 それから、少し思案して、ピーターにも飴を押し付けた。
 俺もガキの範疇かよ…と文句を言うピーターの次に、鯖丸と視線が合った。
 やはり一瞬考えた様だったが、残った飴ちゃんはポーチに戻した。
 大人扱いされたのはほっとしたが、飴は欲しかったな…と思いつつ、鯖丸は顎のスイッチでスーツのヘルメットを上げた。
「俺にも飴くれ」
 おっさんのくせに、マクレーは言い切った。
「緊張すると喉がイガイガしてね」
 どこが緊張しているのか分からない表情で、言った。
 割と嫌そうに渡されたあめ玉を口に放り込んでから、マクレーもスーツのメットを引き上げて被った。
 シールドはまだ閉じていないので、会話は普通に出来る。
 外から、長距離宇宙船が低空飛行する振動が伝わって来た。
「よし、出るぞ。侵入経路は操縦室だ。パイロットとアテンダントの保護と、操縦室に居るテロリストの確保も同時に行う。
 鯖丸は侵入時の大気流出を阻止、ファニーメイは操縦室に留まりライフライン確保、ライルは怪我人の回復最優先で客室内に入る。
 ピーターは、緊急時の搬送を優先して、必要が無ければ同行。乗客が目を覚ましてパニックになる前に、船内のテロリストを一掃する」
 簡単そうに言ってくれるなぁ…たったこれだけの人数で。
 船内でCチームと合流は出来るだろうが…。
 それから鯖丸は、ショーティーの事以外にも言い忘れていた事実を思い出した。
「ロンが負傷してる。命に別状はないけど、しばらくは行動出来ないだろうから、乗務員室に残して来た」
「そうか。負傷した時の状況は分かるか?」
 マクレーは聞いた。
「いや…ピーターがエンジンルームで倒れてるの見つけた」
「そうか」
 マクレーは、微妙に眉を動かした。
 それからいつもの表情に戻って、皆に言った。
「WN703が着陸体勢に入った。行くぞ」
 皆はうなずいて、シールドを閉じた。

 WN703は、砂塵(レゴリス)を巻き上げながら低空飛行に入っていた。
 地上が整備されてしまったサウスシティーでは、もう見られない光景だ。
 ただ、巻き上げられた微細な堆積物が、外界ではあり得ない渦を、機体周辺に作っている。
 魔界では、人やその他の生き物が持つ概念が、強く働く。
 ここに、意識を持った生き物が多数存在する証拠だ。
 外界の物理法則が通用する場所ではないのだと、視覚的に見せ付けられて、マクレー配下の軍人達が少し動揺するのが分かった。
 こいつら、軍人だけど曲がりなりにも魔法使いのはずだけど…と、鯖丸は少し不安になった。
 しかし、それからの見事な手際を見て、考え直した。
 機体には、吸着パッドで固定された足場が出来ていた。
 地上から四メートル。
 先ず、リッキーがライルの肩に乗り、足場まで飛び上がった。
 それからロープを下ろし、ライルが引き上げられる。
 後はその繰り返しだ。
 手際よく皆を上げてから、最後にマクレーが上って来た。
 カラビナをロープから外し、足場の周囲に付いた固定用のバーに付け替える。
 皆もそれに習った。
 二人の軍人は、既に非常用のハッチを外す作業にかかっていた。
 ここは、エアロック構造になっていない。
 非常時には操縦室自体がエアロックとして機能するからだ。
 通常の出入りは想定されていない。
 狭い開口部の外壁が外された。
 内壁のロックを解除し、リッキーがレバーに手を掛けた。
 そのまま、シールド内のアナログ時計を確認する。
 この位置からは目視出来ないが、ドリーは船内に入ったはずだ。
 乗客用の通路を通って、船室へ。交渉に入る。
 三人の軍人と三人の魔法使いは、その場でじっと待った。
 ふいに、船内からばちんとはじける様な魔法の感触が、かすかに伝わった。
 先ず、鯖丸とファニーメイが、次に一拍遅れてピーターとライルが反応した。
 マクレーが合図を出す。
 リッキーがレバーを引き出し、回す。
 ファニーメイが、空気が押し出される時の耐衝撃姿勢を取り、ピーターの腕を引っ張って、自分を真似る様に促した。
 宇宙育ちの少女に、ピーターは素直に従い、ライルとマクレーは、衝撃に備えながらも突入する体勢を取った。
 後方で鯖丸が、バーに片足を引っかけ、片腕を腰に固定した刀に置いて、もう一方の手でOKのサインを出した。
 空気が吹き出したのは一瞬だった。
 あっけにとられて口を開けるテロリスト、硬直したままのアテンダント、床に倒れたまま動かないパイロット。
 吹き出して来る空気を、鯖丸がぐいと船内に押し戻した。
 一瞬でカラビナを外したリッキーとマクレーが、狭い開口部から突入し、肩からタックルしてテロリスト二人を取り押さえた。
 何が起こったか分かる前に、銃を構える間もなく、確保され、拘束された。
 それから、手招きされてピーターとファニーメイが中に入り、ライルが二人の無事を見届けてから続いた。
 ライルは即座に負傷したパイロットの回復にかかった。
 鯖丸は、最後に空気の壁を保ちながら、用心して船内に入って来た。
 デリケートな作業だ。
 船内に入る時、気圧を反転させるが、血塗れで横たわっているパイロットにも、さほど負荷はかからなかった。
 ファニーメイは、ためらいもなくスーツのシールドを開けた。
 スーツの中から、無数の蔦が伸び上がり、増殖しながら開口部を塞ぎ、硬化した。
 最後に、リッキーが工具で元通り開口部のハッチを閉じた。

 ドリーが交渉の場に戻ったのは、ジョン太が通気口の中で、精神的にも物理的にも痺れを切らせた頃だった。
 おっちゃん、意外とこらえ性がないのだ。
 本来ならレビン相手にぶつぶつ文句を言い始める所だが、さすがにこの場でそれは出来ない。
 いらいらしていた所に、やっとドリーが現れた。
 目の前で、ジョン太が緊張するのを感じて、レビンも準備を整えた。
 実際には、狭い通気口でジョン太の背後に居るレビンには、ほぼおっちゃんの尻しか見えてない。
 背中と通気口上部の狭い隙間から、辛うじて客室が確認出来るくらいだ。
 たまに姿勢を変えてくれるので、ある程度の範囲は見られるが、そもそもジョン太の位置からも、客室の一部しか視認出来ない。
 ボスとバニーの居る方向も、こちらからは目視出来なかった。
 ただ、これから起こる事は分かっていた。
 あの、猫型ハイブリットのたちの悪い魔法で、この場に居る全員が行動不能になるのだ。
 U08での経験が無かったら、事態を想像も出来なかっただろう。
 実際、魔力は高くても、アウラやピーターは、分かっていない。
 前方で、ジョン太が魔法整形を解いて、原型タイプの犬型ハイブリットに戻るのが見えた。
「来るぞ。準備はいいか」
 もう、音声会話を聞かれてもいいと判断したのだろう…ジョン太が振り返って確認した。
 レビンはうなずいた。

 ボスとバニーは、反対側の通風口に居た。
 角度の関係で、客室の様子はジョン太レビン組よりも広範囲で見渡せるが、交渉に戻ったドリーの姿は、ここからは確認出来なかった。
 辛うじて会話が聞こえる。
 内容は、裏家業の魔法使いで、今は司法取引でどうにか自由の身で居る自分達にも、胸くそが悪くなる様な内容だった。
 結局、犯罪者より狂信者の方が、性質が悪いのだ。少なくとも、自分が正しいと思い込んでいる分。
「あいつら、見せしめに人質を殺す気だよ。それも、弱い子供らから」
 バニーの声は、向こうに彼女と同じ能力のハイブリットが居れば、聞き取れる程度のひそひそ話だった。
 北ルミビア解放同盟の連中に、ハイブリットが居るはずはない。…が、魔法で同程度の聴力を得ている者が居ないとは限らない。
 しかし、そんな事はもう、どうでも良かった。
 ドリーが交渉に戻ったと云う事は、フリッツが魔法を使う準備が出来たという事だ。
 フリッツの魔法圏内に配置されているのは、アウラを除けば皆、彼の無差別攻撃魔法の経験者だ。
 魔法使いが持っている特殊能力は、経験やコンプレックスやその他の個人的要因で決まる事が多い。
 あのハイブリットなら、魔力は平凡でも、通常の人間にはないネガティブな理由で、魔力ランク以上の力を出しても、不思議ではない。
 実際に体験もしているし。
「すぐに全員麻痺する。奴らがどんな作戦を取っても、関係ない」
「まぁ…ね。全員の中に、私らも含まれてなきゃ、もっと気軽に構えられるんだけど」
 バニーは、狭い空間では精一杯、肩をすくめて見せた。
「仕方ないさ。ま、気楽に構えようぜ」
 それで、意識を失っている時間が短縮されるとでも云う様に、ボス・エイハブは楽観的な口調で言った。
 見張りの内一人…こちらに近い位置に居る男が、話し声を聞きつけて銃を構え直した。
 一人の反応で、客室全体のテロリストが連動する。しかし、もう手遅れだ。
 こちら寄りに居る人質の何人かも、音声会話を聞き取って、とにかくテロリスト以外の第三者がこの場に来ている事に気が付いた。
 だいぶ離れた位置に居る、派手な女も、気が付いた様子だった。
 教師らしい男女に合図して、子供らを庇う様に周りを囲い込んだ。
 不完全だが、結界らしき物も張っている。
 ミュージシャンなんて奴は、耳も良いし、きっと変な奴だろうから潜在魔力も高いんだろうな…と、エイハブは考えた。
 あの、見た目より神経質な指揮官の猫型ハイブリットが立ち上がった。
 テロリスト側が静止する間もなく、戦闘用ハイブリットにしか出来ない速度で移動し、客室の後部中心に立った。
 客室の全員を巻き込める、上手い位置を狙ったのだ。
 来るな…と思う間もなく、意識を失った。

2012.6/7up










後書き
 更新まで何んでこんなに時間がかかったかと云うと、だらだらしいてた所為です。
 いや…だらだらし過ぎだろう。
 次回はせめて通常の範囲内でだらだらしようと思います。

次回予告
 全隊反撃に移る国連宇宙軍臨時部隊(仮)。フリッツとマクレーの胃に穴が空く危険を除けば、大体いい感じの反撃に移行する感じの次回です。

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