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再び、三匹ぐらいが斬る!!

主な登場人物(別窓で開きます)


2.Aチーム、特攻しないでじわじわ前進(vol.3)

 月まで研修旅行に来る様な子供は、たいがい低重力のマイナーコロニー出身だ。
 軌道ステーションや、大型のコロニー出身なら、この手の旅行先は地球になる。
 短期間のリハビリや医療措置で、地球環境に耐えられる様になるからだ。
 もちろん、地球人と全く同じとはいかないが、高重力や感染症のワクチン接種や初めて自然環境に接するショックを考慮しても、価値のある研修旅行だ。
 マイナーコロニーで育った子供達は、それ程簡単には地球に馴染めない。
 長期間の過酷なリハビリが必要だ。
 しかし、狭いコミュニティーで育った子供達に、外の世界を見せたいと云う親の気持ちは、どんな状況でも同じで、マイナーコロニーの子供らは、宇宙で一番の都会…月へ来る。
 六分の一Gの月は、たいがいのマイナーコロニー出身者には馴染みやすい。
 出て来た子供は男の子で、地球の標準では大人に近い背丈の東洋人だった。
 女の子みたいな可愛い声で、変声期も終わっていない子供だと分かる。
 温度管理がされていない貨物室で、辛かったのか貨物の梱包材を引きずり出して、頭から羽織っている。
「僕の事殺すの?」
「テロリストなら…な」
 鯖丸は真顔で答えた。
「いや…違うだろ、こいつは」
 ピーターが抗議した。
「本人の口から聞きたい」
 鯖丸は言った。
「違うよ」
 子供は答えた。
 鯖丸はうなずいた。

 子供は、出された簡易宇宙服を着て、体温が戻ったのか、体に巻いていた梱包材をきちんと畳んで脇へ除けた。
 東洋人の標準としては大人に近い身長だが、フリーサイズの簡易宇宙服は、だいぶタックが余っている。
 うずくまった少年に、鯖丸は聞いた。
「研修旅行の生徒か?」
 少年はうなずいた。
「第二マイナーコロニー組合研修会年少部のスガ…」
 名前を言いかけた子供の口を塞いで、鯖丸は言った。
「本名は言うな、ここは魔界だ。最悪、死ぬ事になる」
「そうなんだ…」
 子供は黙り込んだ。
「ここが魔界だって事は、報されてないのか」
 ピーターが尋ねた。
 中装備の宇宙服は、膝関節を完全に曲げてしゃがむという動作が出来ないが、出来るだけ体を丸めて、うずくまっている子供に合わせようとしている。
 柄は悪いしお調子者だけど、中々良い奴だ。
「何処に居るのかは言われてなかったけど、皆気が付いてると思います。最初にあの人達が入って来た時に、アテンダントのオジサンが、誰も触ってないのに金縛りみたいにされて、先生と歌手のお姉さんが、クラスの女の子が叩かれそうになった時に、バリアーみたいので守ってくれた」
 先生と云うのは引率教師の一人で、歌手のお姉さんはおそらくレディーUMAだ。
 経験が無くても、初めて魔界に入っても、追い詰められればある程度の魔法を使える者も居るだろう。
 この子供もおそらくそうだと思って聞いてみた。
「君も、魔法を使ってここに逃げて来た?」
 子供はうなずいた。
「僕はトイレに居たんです。ドアの隙間から見てたら、銃を持った人がこっちに来て、怖くて目をつむったら…」
 近くにあるコンテナを指さした。
「あの上に居た」
 丁度、侵入経路に予定していたトイレの下だった。
 この子供は追い詰められて、おそらく無意識に魔法を使って、階下の貨物室に逃れたのだろう。
「友達や先生が非道い目に遭ってるのに、僕、怖くて何も出来なくて…一人で逃げて」
「当たり前だ。大人だってそんなの怖いよ。良く頑張ったな」
 鯖丸が言うと、子供は少し緊張が解けたのか、声を殺して泣き始めた。
「お前、運が良かったな」
 ピーターは、子供の肩に手を置いて、彼らしくもない低い落ち着いた声で言った。
「初めて魔法使ったのに事故らなくて、本気でラッキーだぞ」
 子供に、装備で持っていた水分とカロリーを摂取出来るゲル状の行動食を渡して、無理にでも食べる様に指示してから、鯖丸はピーターに目配せした。
 ピーターはうなずいて、二人で少しだけ子供と距離を取った。
『待てよ、あれ、物質操作系魔法でここに落ちて来たんじゃないのか?』
 もう、有線通信にはためらいが無くなっていたので、さっくりケーブルを刺して聞いた。
『違うと思うな。あれは多分俺と同じジャンパーだ』
 それから、過去に四年の間バイトで魔法使いをしていた鯖丸も知らなかった情報を出して来た。
『ジャンパー…転送能力者の生存率は低いんだよ。たいがいは熟練する前に、転送事故で死ぬからな』
 どうして、今まで気が付かなかったのか、自分でも不思議だった。
 魔力のタイプは様々だが、転送能力は希な才能というくらいの認識だった。
 四年の…自分では充分長いと思っていたが、冷静に考えるとたった四年の経験で出会った主な転送能力者は、熟練度の高いベテランと、バカみたいなガキだった。
 転送能力者が希な才能なのではなく、危険で生存率の低い能力なのだ。
『俺は姉ちゃんも魔法使いだったから、どうにかやり過ごせたけど、あのガキは自分が何したかも分かってない。なのに、視認した事も無いここまで移動してる。能力は高いと思うけど、このまま放っておいたら、船全体を巻き込む転送事故を起こしかねないぞ』
 鯖丸は、一瞬だけ考えた。
『あいつを指揮車まで転送出来るか? 事故とか起こさないで』
 自分が、学生時代にバイトしていた頃に会った転送能力者、菟津吹と御堂を思い出した。
 ピーターは年齢的には魔界のヤクザの手下として働いていた御堂より年下だが、能力は安定している様に見えた。
 こんな作戦に従事しているのだ、当然だ。
『あいつをぶん殴って気絶させてからなら、出来る。正気なら無理だ。意識があったら、お互い引きずられて、転送ポイントがずれる』
 転送ポイントがずれると云う事は、転送事故に繋がるのと同等だ。
『分かった。後で俺の事鬼畜とか言うなよ』
 有線接続のコードを引き抜いた鯖丸は、暗い照明の中で笑いながら子供に近付いた。
「ごめんね、待たせて。安全な所へ連れて行くから、シールド閉じてくれる?」
 子供は、言われるままに簡易宇宙服のシールドを閉じた。
 鯖丸は、子供の肩に手を掛けて、きゅっと首を絞めて意識を落とした。
 ああ、こんな事本気で役に立つなんて…。
 千秋に絡んで来て、ストーカー化したDV元彼に、どうにか素手で対抗したくて、色々調べてシミュレーションしてたけど、結局こっちが一方的にボコられて(もちろん作戦で)警察にお持ち帰りしてもらったので、無駄になってたスキルだ。
 子供は、意識を失った様子だったが、生命維持を最優先した簡易宇宙服を着用していれば、危険な事は無いだろう。
「じゃあ、これお願い」
「あ、本気で非道いのな」
 ピーターは一応非難した。
「ああ、それと指揮車内にバミった転送ポイントに、直接行くなよ」
 警告した。
「そんな事しねーよ。いくらこいつが気絶してても、事故る可能性ゼロじゃないし」
 ピーターは反論した。
「いや…そうじゃなくて、内通者が居るんだろ」
 自分が言った事なのに、ピーターは忘れてたという表情をした。
「一応報告はしたけど、あんなガキの言う事…」
 少し考えてから、言い直した。
「まぁ…ちょっとは気にした方がいいかな。別にあいつが可愛いからとか、そういうんじゃなくて…」
 スーツのシールドを閉じたピーターは、子供を抱えてその場から消えた。
「ハイブリットって、ツンデレがデフォルトかよ…」
 ぼんやりと考えながら、ポケットに無理矢理突っ込んだ酸素供給ニットを出して、ちょっとだけ吸ってから、鯖丸はコンテナの上に座った。
 今度、ジョン太にも聞いてみようと内心思った。

 ピーターは、想定時間内に戻って来なかった、
 外界でならケータイで連絡して、作戦を練り直すのだが、魔界では無理だ。
 連絡係のトリコの黒猫を待つしかない。
 じりじりと待つ内に、自分が魔界を離れて外界での便利さにすっかり慣れていた事を実感した。
 手首にはめたアナログ時計は、Cチームとの合流予定時間を数分過ぎている事を示していた。
 予定通り、内ポケットに入れた工具で、トイレ下から通じている浄化ユニットを緩め、侵入口を確保した。
 突入までにトイレを使用する者が居たら、違和感を抱くかも知れないが、ちょっと立て付けの悪いトイレとして、通常の使用には耐えるはずだ。
 先程の子供が降りて来たというコンテナの上に座って、鯖丸は連絡を待った。
 予定時間は、十分をオーバーした。さすがにおかしい。
 浄化ユニットを外して客室層に入り、様子を伺う事も考えたが、独断で迂闊な行動は出来ない。
 せめて、誰かこことは違う場所の現状を報せてくれないかと思いながら、酸素の薄い低温の貨物室で、しぱらく耐えた。
 あの子供は、もっと辛い状況だったろうと思いながら、更に待った。
 トリコの黒猫は、ある程度の範囲内しか移動出来ないはずだが、今現在、自分はその範囲内に居る。
 二年以上魔界で接触していないとは云え、トリコと自分は、リンクを張っている。
 魔界限定だが、精神的に同調しているのだ。
 連絡は、通常の魔法使い同士より容易なはずだ。
 何の連絡も取れないなら、非常事態だ。
 それでも、百人以上の人質を取られている状況と、作戦行動の決定権は軍人にある事で、鯖丸は更に待った。
 バイトの魔法使いだった頃の習慣で、ジョン太が的確な指示を出してくれるはずだという可能性に、少しの間すがった。
 それから、自分が魔法使いを辞めるまでの一年間、責任のある仕事をがんがん回されていた事を思い出した。
 当時は、バイト相手に何やってんだと思ったけれど、今になれば有り難い経験だと思う。
 少しの間呼吸を整えて、ピーターも戻らなくて、トリコからも連絡のない状況を想定した。
 何が最善か考えながら、もう少しだけピーターを待つ事にした。
 幸いなことに、ピーターは戻って来た。
 指揮車に送り届けるはずだった子供と、ファニーメイを両脇に抱えて。

「お前、回復魔法得意か?」
 貨物室に突然出現したピーターは、客室層に聞き取られるのを恐れてか、小声で聞いた。
 通常なら気にする事も無い音声だが、相手方にもハイブリットが居ないとも限らない。
「苦手だ」
 鯖丸は断言した。
「怪我人?」
 子供とファニーメイ、どちらが怪我人なのか。どちらとも違うのか、とっさには判断出来なかった。
 二人とも、ぐったりして、両脇に抱えられている。
「怪我は俺が治した…いや、治せたと思ってるだけかも。だからあんたの判断が聞きたかったんだけど」
 二人を床に寝かせて、ピーターは小声でぼやいた。
「ちぇ、使えねーの、忍者のくせに」
「ニンジャ、戦うの得意。治すのニガテ」
 はなから訛りがひどいと言われていたので、清々しくカタコトで言ってみた。
「で、何があった」
「そんなの俺が聞きてぇよ。外に転送したら指揮車が無いんだ。乗って来たローバーは一台だけ残ってたけど、誰も居なくて、こいつだけがローバーの下に潜り込んで倒れてた」
 暗い中で目を凝らすと、ファニーメイの可愛いパールピンクのスーツは、あちこちに傷が付いていた。
 ピーターのスーツに付いているヘッドランプを点ける様に指示して、シールド越しにファニーメイの顔を覗き込んだ。
 こめかみに、少量の血痕が残っていたが、呼吸は正常だ。
 保護した子供が気を失っているのは自分の所為だが、ファニーメイに何があったのかは、全く分からない。
 分かるのは、予想外のトラブルが起きているという事だけだ。
 これ、俺の手に負える状況なのか?
 どんなに辛い状況でも、地球で現状に甘んじてた方が良かったんじゃないのか?
 安定した生活を放り出して、ここまで来てしまったのは、単なる我がままじゃないのか?
「だったら最初から来なきゃいいんだよ。くそっ、迷ってるなんて最低だ」
 両手で頬をびしっとはたいた。
 ピーターが、怪訝な顔でこちらを見た。
 酸素の薄い貨物室で、ゆっくり呼吸した。
「ファニーメイを起こす、協力してくれ。先ずバックヤードに移動だ。ここはいい環境じゃない」

 バックヤードの客室乗務員室には、まだ乗務員に偽装された宇宙服が二つ、うずくまっていた。
 ここには見回りは来ていないか、少なくとも詳しく調べられては居ない。
 手狭なので、隣の乗務員室を開け、宇宙服を脱がせた二人の子供を寝かせた。
 貨物室に居た子供はともかく、ファニーメイを無造作に脱がせている鯖丸に、ピーターは不愉快な表情をした。
 スーツの下は、支給されたアンダーウェア一枚だ。
 簡易スーツと違って、排泄用のユニットを接続するので、他の下着は着けられない。
 というか、ユニットを外すには、多少はアンダーの前ファスナーを開かなければいけない。
 ウサギ型ハイブリットの青少年は、元々悪い目付きを更に険悪にして、鯖丸を睨み付けた。
 まぁ、俺から見たらもっと小さい頃から知ってる子供だけど、こいつから見たら三つかそこら年下の女の子だもんな…そこそこ可愛いし。
 ファニーメイのスーツからは、枯れ葉の様な物がぼろぼろとこぼれ落ちた。
 彼女の魔法は、植物を使う。
 何かトラブルがあったはずだ。
 子供と並べてベッドに寝かせ(子供とは云え、男の子と並んで寝かせたのも気に入らないっぽい)ピーターに言った。
「そんな顔するなら、何か着る物捜して来いよ」
 ピーターは舌打ちしてから、周囲を捜し始めた。
 どうやらこの部屋は男性乗務員の物だったらしく、出て来たのはサッカーチームのロゴが入った私服と、替えの制服だけだった。
 文句を言いながら、確実に女物がありそうな隣の部屋へ消える。
 邪魔者が居なくなったので、鯖丸はファニーメイの額に手を当てた。
 ゆっくりと、低い声で命じる。
「メアリー・イーストウッド、体に負担がかからない程度に、なるべく速く目を覚ませ」
 メアリーは少し表情をゆがめ、それからゆっくりと目を開けた。

 魔界で本名を知られているというのは、こういう事だ。
 魔界で本名を押さえられる事は、命に関わる。
 魔力が格下の相手にさえ、行動を操られ、最悪命の危険もあるのだ。
 ただし、本名を知っているのが味方なら、それはそれで有効な利用方法がある。
 ファニーメイは、ゆっくり目を開けて、鯖丸を見た。
「あれ…」
 ぼんやりとしていた目が、焦点を結んだ。
 大きな声を出されてはマズイと思ったが、短く息を飲んだだけだった。
 事故を起こした実験プラントに、一人で取り残されて半年も耐えた様な娘だ。元々メンタル面は強い。
「大丈夫か? 怪我は」
「平気です。ちょっとぶつけただけ。ええと…」
 起き上がってこめかみに手をやり、それから右足首をくりくり動かした。
「あ、治してくれたんですね。ありがとう」
「治したのはピーターだよ。ここへ連れて来たのも」
 スーツの上から魔法で治療出来るのか。あのガキ、中々やりおるわい…と、なぜか途中からニンジャの頭領みたいな口調で思考し、それから改めて聞いた。
「何があった?」
 ファニーメイは、はっとして、それから表情を硬くした。

 隣室の、女性客室乗務員のファッションセンスについて、文句を垂れながらピーターは戻って来た。
 手渡された、変なキャラクターの入った、ロングTシャツなのかワンピースなのか良く分からない服を、ファニーメイは礼を言ってアンダースーツの上から着た。
 多少迷ったが、この際だからまだ眠っている子供も起こして、話を聞く事にした。
 状況が理解出来ていない子供は、とりあえず神妙な顔でベッドの上に座った。
 ファニーメイと少年が並んで座っているのを見て、ピーターは微妙な表情をしたが、役柄上宇宙服を脱げないので、両足を放り出して狭い床に座った。
 乗務員室の限られた空間で、スペースが無くなったので、鯖丸は入り口際の床に正座した。
 低重力での正座は楽だ。
「指揮車はどこへ行ったの?」
 鯖丸は聞いた。
「境界に近い所へ移動しました。ケーブル通信が出来なくなったので」
 ファニーメイは、少し口ごもってから言った。
「ローバー二台で行き来して、基地車と通信しようってバット隊長は言ったんですけど、それなら、指揮車を境界近くに置いて、ローバーの行き来で通信した方がいいって…。指揮車の方が大きいから、迷彩カバーをかけてても、目視でバレやすいからって。ローバーの方が見つかりそうになっても簡単に移動出来るしって言われて」
「それで、君がローバーに残った。いや…バット隊長はそんな判断する人じゃないよ。大体、ケーブル自体、簡単に使用不能になるもんじゃない」
 魔界での有線接続は、外界のそれよりも有効だ。たとえ、機材が故障しても、素人の集団じゃあるまいに、魔力で通信回線を開けば簡単に繋がる。物理的に切断でもしない限り。
 それから、嫌な予感したので聞いた。
「メア…ファニーメイ、君がピーターに言ってた内通者って、誰なんだ」
 ファニーメイは俯いた。
「わ…私は子供だし、魔力は高いけど職業魔法使いでもないし、きっと誰も信じてくれない」
「何言ってんだ。俺は信じるよ」
 ピーターがきっぱりと言うと、ファニーメイは少しだけ安心した表情をした。
「君が言ってた内通者って誰だ」
 鯖丸はもう一度聞いた。
「Drハリーです」
 ファニーメイは言った。

 魔界名ハリーことマニエル・ファンジオ博士は、宇宙船の機体設計者としてだけではなく、研究者としても高名な人物だった。
 一般世間では特に有名ではないが、同業者の間で彼の名前を知らない者は居ない。
 業界内での専門分野は違うが、権威に折れず、強引ではないが独自の理論を貫く姿勢を尊敬していた。
 機体設計とエンジン開発で、立ち位置は違っても同じ業界で、一時期は目標にもしていた研究者だった。
 学会でちらりとしか顔を合わせていない自分の事を、倉田教授の門下生としてでも知っていてくれた事は嬉しかった。
 なのに何故か、ファニーメイが言った事は、一瞬で納得出来た。
 違和感があったからだろう。
 それが何なのかは自分でも説明出来なかった。
 それからふと、もっと深刻な事態に思い当たった。
 ファンジオ博士は、技術的なアドバイザーとしてこの作戦に参加している。
 船内への侵入経路も、作戦上の配置も、全てファンジオ博士の提案だ。
 それが理論として正当だったので、疑いもしなかった。くそ、何てこった。
 ファンジオ博士が敵側だとしたら、侵入経路も作戦行動も、全部テロリスト側に筒抜けだ。
 筒抜けだけならまだしも、そもそも作戦自体をいい様に誘導されているはずだ。
「Cチームはどうなってる?」
 ファニーメイに聞いた。
「船内に入りました。その後どうなったのかは分かりません」
 最悪、自分達はテロリスト側に都合良く泳がされている。
 相手の懐に飛び込んでいるトリコとフリッツとアウラは無事なのか? 両サイドに別れて潜伏しているはずのジョン太、レビン組と、ボス、バニー組は、何処まで現状を把握しているのか。
 鯖丸は全速力で考えた。
「脱いだばっかりで悪いけど、もう一回スーツ着てくれ。君も…」
 黙って聞いていた子供に言った。
「本名は言わなくていい。君の事は何て呼べばいい?」
「クラスの皆はショーティーって言ってるから、それで」
「宇宙人って、お前くらいでもチビって言われるんだ」
 ピーターが、無神経で天然な発言をした。
「俺なんて、耳の先までで申告して、やっと普通なんだな」
 長い耳を振りながら続けて言った言葉で、子供はちょっと吹いた。
 ウサギ型ハイブリットの基本遺伝子は東洋系なので、元々1Gではそんなに大柄にはならない。
 姉のバニーがたまたま背が高いだけだし、ピーターだって東洋人の標準で小柄という訳では無い。
「まだ育つんじゃないの? ガキなんだしお前」
 鯖丸はばっさり切り捨てた。
 自分も、二十歳過ぎてから三センチくらい伸びたし。
 原因はまぁ、低重力症の治療中に、体重を増やさない方がいいので、ある程度の成長抑制をしていた期間があった所為だと思うが。
 ファニーメイとショーティーが、スーツを身に着け始めたので、反論しようとしたピーターは黙った。
「それで、これからとうするんだよ、ニンジャマスター」
 ピーターは、ぺったり座っていた床から、反動を付けて立ち上がり、言った。
 ニンジャという単語で、ファニーメイとショーティーの二人は、ワクワクした表情でこちらを見た。
 ええと…俺、公式設定でニンジャですか? ファニーメイはともかく、東洋人(おそらく日系)のショーティーは分かれ。
 忍者は過去に実在したけど、カンフーも魔法も使わないんだよ。お前らの考えてるニンジャって、マンガのそれだろ。
「ハリーは今、基地車?」
 ファニーメイに確認した。
「いいえ、Cチームと一緒に来て、ローバーに残りました」
 ちょっと間を置いて、おずおずと言った。
「Drハリーがおかしいって言っても、誰も信じてくれないと思ったし、証拠もないから、私、ローバーの荷台に隠れてたんです」
「ダメだろ、そんな危ない事しちゃ。バット隊長だって、いくら子供でも、魔界でランクSの君が言ってる事を軽視したりしないよ」
 鯖丸が注意すると、ファニーメイは「えっ、そうなんですか?」と、驚いた顔をした。
 魔力は高いが、魔法使いとしての経験はほとんど無くて、自分の立ち位置が理解出来ていないのだろう。
 或いは、月の魔界には悪戯で入った事がある様子だし、保護者関係にきつく叱られていたのかも知れない。
 それから聞いた。
「ハリーの何処がおかしいと思った?」
 ファニーメイは、少しの間迷ってから言った。
「私、魔界で植物にお願いしたら聞いてもらえるんです。それで、ライフライン確保の為に何種類か持ち込んでた苗に偶然Drハリーが触って…」
 植物を通して、ある程度相手の意識が読めるのだろう。
 ローバーの荷台に隠れていたのを見つかって、それから後の記憶は無いと云う。
 何があったのかと考えていると、ピーターが横合いから言った。
「ハリーはこいつの事始末したと思ってたんじゃねぇの。見つけた時は、スーツのシールド開いてたし」
 それで納得が行った。
 宇宙服のシールドを着用者以外が開く事は出来る。
 事故の際必要な措置を遅らせない為だが、何段階か踏んだ操作が必要で、それも本人の同意が得られない緊急事態にだけ有効だ。
 それ以外の方法で開くことは出来るが、技術的に困難だし、それが出来る人間が故意にやるのは、傷害か、下手をすれば殺意があるのと同じ扱いだ。
 逆に、シールドを閉じるのは、外部からでも簡単だ。
「スーツに植物プラント入れてたんだな。それで助かったの?」
 鯖丸が聞くと、ファニーメイは涙目でうなずいた。
「私の所為でポトスと紫アサガオが死んじゃった」
 スーツの内側に、枯れた葉があったのも納得出来る。
 多分、植物が開いたシールドの代わりに、開口部を塞いでファニーメイを守ったのだろう。
 ピーターが発見した時に居なかったなら、ハリーも船内に入っている。
 隣室に確保していた宇宙服を持ち出した。
 通路で上着と靴だけ脱いで、腰の後ろに付いたバックパックに押し込み、中装宇宙服を雑に着装しながら、刀を掴んで腰に括り付けた。
「ファニーメイとショーティーは船外退避だ。ピーター、二人を船外まで送れる?」
「さっき一回やったから、同じ所ならこいつの意識があっても出来るけど」
 ピーターは気乗りしない口調だった。
 危険はあるだろうが、子供二人を同行させるよりマシだ。
 ショーティーに向かって言った。
「君、マイナーコロニーの子だよな。もう大人の手伝いは出来るし、船外作業の経験もあるはずだ。ローバーを操縦して、基地車まで行けるか?」
「はい、出来ます」
 子供はうなずいた。
「待ってください。私はここに残ります」
 ファニーメイは真顔で抗議した。
 ショーティーはともかく、ファニーメイはこの作戦の正式メンバーだ。
 一応意見は聞く。
 でも、これは却下だ。
 自分が子供だった頃に言われたら同じ様に反抗しただろうが、今なら分かる。
「ショーティーは君よりもっと子供だ。一人で行かせるのは心配だから、一緒に行ってくれ」
 ちょっと卑怯な頼み方だと思ったが、ファニーメイはしぶしぶうなずいた。
「じゃあ、お願い…」
 言いかけた時、がつんと衝撃があった。
 船全体が揺らぎ、衝撃波が襲いかかった。
 瞬間に思ったのは『地震?』だった。
 月面でも、地震が起こらない訳では無い。
 しかし、これは違う。
 振動と、それから…
「シールド閉じろ!!」
 怒鳴って、子供ら二人を両手で掴んで床に押し倒した。
 ピーターが、あっけにとられた表情をしてから、それに習う。
 ががん…と、船全体が揺れた。
 少し遅れて、更に船体ががたがたと細かく振動した。
 薄暗い照明の向こうに見えるエアロックのドアが、しゅうと白煙を吐きながら緩み、それから空気が吸い出される振動と、軽い音が続いた。
 ドン!と、もう一度衝撃が襲った。
 床に伏せた四人の目の前で、非常用の防壁が壁と床から展開し、ぴしゃりと空間を遮断した。
「大丈夫か?」
 子供ら二人と、それから一応ピーターにも安否を確認しようとして、宇宙服を着たままでは、会話もままならない事に気が付いた。
 真空ではないから音は伝わるが、密閉されたスーツを着た者同士では、通常の会話は困難だ。
 幸い、耳の良いピーターは聞き取ったらしく、ちょっと手を上げて合図して見せた。
『何があったんだよ』
 躊躇無くスーツの胸部パネルを勝手に開いて、ケープルを刺してから、ピーターはたずねた。
 鯖丸は黙ったままだったが、多少のイメージは伝わったらしい。
 外の様子を見て来ると伝え、ケーブルを引き抜くと、腰に紐でくくってあるテープで床に×印を入れた。
 ここに近付くなと身振りで二人の子供に示し、その場から消えた。
 ショーティーは、ピーターが消えた空間を、しばらくあっけにとられて見つめた。
 床と船尾からはまだ、時折小刻みな振動が続いていた。

2011.10/12up










後書き
 という訳で、自分的には浅間に続く敵役として設定した、Drハリーが、やっと敵認定まで話が進みました。
 外見は優しそうなムスカ(という設定だが、多分挿絵描いたら似てないと思う)のハリー博士の、今後の活躍にご期待ください。
 主人公は放っておいても多分活躍するので、後は地球に帰ってから嫁に謝り倒している図とかをご期待ください。

次回予告
 作戦行動が敵に筒抜けの中、独自の判断で行動する事を決心する鯖丸と、指揮官に従おうとするジョン太と、あと尻通信とケツ毛。そして、トリコピンチ。

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