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再び、三匹ぐらいが斬る!! back next



再び、三匹ぐらいが斬る!!

主な登場人物(別窓で開きます)


1.それなりに幸せな生活 (vol.1)

 月は静かだった。
 宇宙で最大の人口を抱える都市が存在していても、地球に比べれば些細で、都市以外には生命活動のない月は、本当に静かだった。
 静寂を乱す者は、人間だけだった。
 事件はゆっくりと、しかし確実に準備されて、唐突に起こった。




 国連宇宙軍魔界対策本部のバーナード少尉が連絡を受けたのは、事件発生から一五分後だった。
 めずらしくカナダのオンタリオ州ある自宅に戻って、久し振りの休暇を、だらだらと過ごしていた。
 連絡は、衛星携帯電話(地球上だけではなく、軌道コロニー全般で使える)で来た。
 めんどくさいので無視しようと思ったが、緊急のスクランブルだったので、しぶしぶ応答した。
「はぁい、フリッツでぇす」
 いいかげんな返事をした。
 魔界は、この世界と別の次元を繋ぐ穴だ。
 穴の周囲では、向こう側の空間が漏れ出し、こちら側の物理法則がねじ曲げられる。
 人や動物や植物や、生き物の持つ概念が周囲に多大な影響を及ぼし、魔法と呼ばれる能力を発動する。
 魔界に入れば、大多数の人間は魔法を使える。
 しかし、その能力には個人差があった。
 過去のトラウマや心の傷や生来の歪みがある者の方が、魔力が高い傾向があった。
 もちろん、魔法使いとしての熟練度や、精神的な傾向とは全く関係ない生まれつきの才能も大きい。
 バーナード少尉の魔力ランクはB1だった。
 低くはないが、大して高くもない。
 それでも魔界関係の軍務を続けて来たのは、過去に関わった仕事でのキャリアと、魔界でも、外の通常の世界…外界でも、安定して能力を発揮出来る戦闘用ハイブリットだったからだ。
 宇宙開発の初期から投入されたハイブリットは、魔界で人が変化する現象を外界へ持ち出す技術から始まった。
 普通の人間もロボットも耐えられない過酷な環境での労働を任され、戦後の混乱期に普通の人間との混血が進んで、その後の解放政策に向かう。
 ハイブリットには、色々なタイプが居る。
 混血が進んで、普通の人間とは遺伝子レベルで調べなければ区別出来ない者と、そこそこ外見と能力の差を残している者と、明らかにハイブリットだと分かる者と。
 バーナード少尉は、後者の中でも特殊だった。
 通常の労働者タイプではなく、戦闘用に作られたハイブリットの中でも希少な猫型の純血種だ。
 おかげで、良い事も悪い事も色々あった。
 今の所家庭も仕事も順調だ。
 こういう、唐突な呼び出しが無ければだが。
「フリッツ、また変な仕事?」
 東洋人の少年が、心配そうにこちらを見た。
 義理とは云え一応親子なのだが、血の繋がりはないので、友達の様な関係だ。
「ああ、月まで行く。ちょっと面倒な事になりそうだ」
「そんな機密事項気軽にしゃべって…いつかクビになるよ」
 そうなったらなったで、別に困らないな…とは思ったが、一応仕事は真面目にやるタイプなのだ。
「ユウキは口が硬いから、大丈夫だろう」
 苦労人のせいか、小学生のくせに達観した子供の由樹は、フリッツっていいかげんだなぁ…とつぶやいた。
 まぁ、母ちゃんよりはましだけど…と言ってから、事態に気が付いたらしく、顔を上げた。
「二人とも月に行くの?」
「多分そうなるな。宇宙での活動経験がある魔法使いは、少ないから」
 由樹の母親トリコは、軍人でも何でもないただの主婦だ。
 しかし、魔力ランクは最高値のSで、魔界出身で、魔法使いとしてのキャリアは、実年齢に近い。
 おまけに、軌道上にあるコロニーでの実務経験があった。
 こういう事件で呼び出されない可能性の方が少なかった。
 個人的に断る事は出来るだろうが、最近普通の主婦に思い切り退屈しているトリコが、断るとは思えない。
 それに多分…トリコならこういう事件は断らない。
 普通の人間とは明らかに違う、猫っぽい顔をちょっと歪めたフリッツを見て、由樹はにこりと笑った。
「おれ、留守番は慣れてるから」
 まだ小さい妹を抱き上げて、ソファーに座った由樹は、言った。
「心配しないで行って来なよ」

 西谷魔法商会中四国支所の所長、ジョナサン・ウィンチェスターは、難しい顔で考え込んだ。
 外見はフリッツと同じ原型のハイブリットだが、普通の人間との混血で、いわゆる先祖返りと呼ばれるタイプだった。
 こういうタイプにありがちだが、能力だけで職業を限定されて、昔は宇宙軍の特殊部隊に所属していた。
 随分昔に、ある事件が元で軍を離れて、今は民間で魔法使いをしている。
 宇宙での活動経験がある魔法使いは少ない。
 無線通信や光学機器が使えない上に、ハイテク機器も動作が安定しない魔界では、行動が制限される。
 人間の生存に適した地球でなら問題はないが、地球外の魔界では、命に関わる。
 魔界に居住したり、仕事で入り込んで活動出来るのは、地球上の魔界だけだった。
 宇宙の魔界に入った者は少ない。
 どのタイプの宇宙服が作動するかも、入ってみなければ分からず、ほとんど人体実験の様な物だ。
 観光客が気軽に入れる地球の魔界とは、訳が違う。
 だから、実際には地球外の住人にも、高い潜在能力を持った者が居るはずだが、職業魔法使いは地球人だけだった。
 その中で、宇宙での活動経験がある者は少ない。
 増して、宇宙で魔界に入った経験のある者は、数える程しか居なかった。
 こんな事件が起これば、自分の所へ依頼が来るのは、当然だ。
 呼び出される他のメンバーにも、全員心当たりがあった。
 だが、あいつらは皆、素直に呼び出しに応じるんだろうか。
 とりあえず、仕事の依頼は正式なルートで来た。
 受けるしかないだろう。
 支所を任されてからは、以前程現場には出ていない。
 スケジュールは調整出来るだろう。
 ジョナサンは、現場に出ていて帰路途中の副所長平田に、メールで連絡を入れた。

 武藤玲司は、終電に乗っていた。
 今日は終電で帰れた。
 色々な事はあったが、帰る家があって、待っていてくれる人が居る。
 それだけで充分だった。
 充分だと思い込もうとして、自分には何の興味もないデータの入った鞄を握った。
 俺はずっと、こんな風になりたかった。
 ある一点を除いては…。
 早く帰ろう。待っている人が居る。
 車窓を飛び去って行く夜景を見ながら、自分が巻き込まれて行く事件については、まだ何も知らなかった。




 菱田重工本社に、場違いな二人連れが現れた。
 一人はハイブリットだ。
 原型タイプの犬型ハイブリットで、こういうタイプにありがちだが、人種も年齢も判然としない。
 全身毛皮に被われた犬っぽい外見に、きっちり着込んだスーツが意外と似合っている。
 立ち居振る舞いから、何となく中年だろうと云うのは分かるが、ハイブリットにありがちの、年齢があまり出ない整った体型なので、実際の所は分からない。
 もう一人は三十才前後に見える東洋人の女だ。
 肩の辺りで短く切り揃えた黒髪と、化粧っ気の薄いソバカスの多い顔は、もう少し若くも見えるのだが、雰囲気が落ち着いた感じなので、実際の年齢はもう少し上だろうと思われる。
 女の方も、シックな色のパンツスーツ姿だが、二人ともこの会社に、ビジネスの話で来た様には見えなかった。
 少なくとも、同業界の人間ではない。
 受付すら通さずに、もう一人、かっちりしたスーツに身を包んだ男に先導されて、エレベーターに乗った。
 何階か上がった所で、廊下を案内され、応接室の様な場所へ通された。
「ここでお待ちください」
「待てってさ。時間ないのに」
 女が、不愉快な顔をした。
 ハイブリットの男は、勧められたソファーには掛けず、案内して来た男に言った。
「急いでください。一刻を争う」
 男は「はい」と答えてうなずいたが、応接室のドアを閉めると、ごくゆっくりした足取りで、廊下を歩いて行った。

 武藤玲司は、帰社してすぐに、部長に呼び出されていた。
 基本的に人のいいおっちゃんなのだが、今日は緊張した面持ちで立っている。
 後ろに、専務とか常務とか…とりあえず普段の自分には何の関わりもない人達が、第四会議室の椅子に掛けて、こちらを見ていた。
 いや待て…もっとえらい役職の人も居る。
 俺、今度は何しでかしたんだろう…と、二秒くらい考えた。
「君に、来客がある」
 顔を見るのも初めてだが、何だか偉そうな人が言った。
 さすがに、今までしでかした事は、全部心当たりがある。
 これは、そういうのじゃない。
 というか、来客があるだけで、この状態は尋常ではない。
 名刺を二枚見せられた。
 一つは『国際魔導士連盟 Hisako Bernard』と書かれていて、もう一枚には懐かしい肩書きがあった。
 『西谷魔法商会中四国支所所長』
 元ヤンの、怖いけどええ感じのおばちゃんを思い出したが、続けて書かれた名前は、全く別人だった。
 『吉村健史』
 大学院を出て、魔界でのバイトを離れて、もう二年になる。
 二年の間に色々あった。
 学生時代、ずっと世話になっていた西谷商会の中四国支所でも、色々あって異動で所長が替わっていても不思議ではない。
 武藤玲司は、用心深く沈黙した。
「来客は、君に面倒な話を持ちかけて来るはずだ」
 顔も名前も知らない、偉そうな男は言った。
「断れ。この会社に残りたかったらな」
「詳しくは竹村君に聞きなさい」
 部長を『君』扱いだ。
 こいつら、偉い人だな。
 自社の上層部の顔も名前も一致していないバカは、野生のカンだけで考えた。
 一応、礼をして、部長と一緒に会議室を出た。
 何が起こっているのか、全然分からなかったが、どうせろくでもない事なんだろうなと想像は付いた。

「遅い!!」
 応接室で待たされた女は、イライラした様子で腕組みした。
 腕組みすると、グラビアアイドル並みのおっぱいが強調される。
 スーツ姿なので、よりエロい。
 イヤな視線のハイブリットの鼻面にパンチを入れてから、ソファーに座ってぬるくなった茶をすすった。
「ああ、やっぱり日本茶はうまいな」
「茶がぬるくなるまで放置されてんだよな、俺達」
 ハイブリットの男は、ため息をついた。
「やっぱり、フリッツに軍服着せて、ついでにもらってもない勲章じゃらじゃらさして、国連宇宙軍の肩書きと一緒に放り込めば良かったんじゃねぇの?」
「フリッツも、そんな閑じゃないんだよ。先に月に行ってる」
「知ってるよ。言ってみただけだ」
 ドアが開いた。
 しかし、戻って来たのは先程の男だった。
「営業の武藤は、すぐ来ます。もうしばらくお待ちください」
「あと二分で来なかったら、ここに宇宙軍の特殊部隊突入させるからな」
 女の方が、根も葉もない脅し文句を、それなりの説得力で公言した。
「まぁ、幕張を出るまで、ぎりぎり待とうや」
 ハイブリットの男が止めて、女は「ちっ」と、舌打ちした。
 それから、言った。
「ええと…営業って? 用があるのは宇宙船舶の開発に居る武藤なんだけど」
「それは、少し前までの事です」
 ハイブリットと女は、顔を見合わせた。
「今度は何やらかしたんだろうな…あいつ」
「考えたくない」
 二人は、頭を抱えた。

「大変な事になっているんだけどね…」
 自分に対して同情的な竹村部長は、エレベーターと廊下の移動を経由する間に、事情を説明した。
「月面で旅客宇宙船がハイジャックされた。まだオフレコだ」
「はぁ…」
 大変な事件だが、自分との接点が分からない。
「君、ランクSの魔法使いらしいな。履歴書には書いてなかったが」
「別に、民間資格ですらないですから。自分の魔力ランクなんて書きませんよ、普通は」
「まずい事になってる」
「どうまずいんですか」
 聞いてみた。
「君に、国連宇宙軍と、国際魔導士連盟から、出動要請が来ている」
 それのどこがまずいのか、一瞬分からなかった。
 気が付いた。
「月面の魔界に居るんですね」
 竹村部長はうなずいた。
「うちの社員を、テロ事件に関わらせる訳にはいかない。協力要請は断ってくれ」
「はぁ、会社では面倒事に巻き込まれるのは嫌だけど、後々世論に批判されたくないから、俺個人の見解で断れと云う事ですね」
「君はそうやって、本音を言い過ぎるから…」
 竹村部長は、ため息をついた。
「俺が開発部を追い出されたのは、正論を吐いたからですよ。いずれ決着は付けます、法廷で」
 武藤玲司は、少しの間苦い顔をした。
「でも、今クビになるのは困る」
「正直、君の境遇には同情するが、技術的な話の出来る営業は必要なんだ。もう少し、耐えてくれないか」
「分かってます」
 うなずいた。
「断る為にも、一応話は聞かないとまずいんでしょう」
 廊下の半ばにあるドアを開けた。

 ドアの向こうには、一組の男女が立っていた。
 ソファーに座る程、安らかな気持ちではないらしい。
「お待たせしました。竹村です。彼が…」
 さすがベテランの営業部長。柔らかな物腰で一礼し、良く通る声で静かに話した。
「武藤です」
 元剣道部だけあって、びしっと一礼し、顔を上げた所で、ぽかんとした表情になった。
「あ…あれ?」
「国際魔導士連盟のバーナードです。よろしく」
 女は、ちらりとこちらを見て、表情も変えずに言った。
「彼は、民間の魔法使いで…」
「吉村です」
 ハイブリットの男は、微妙に表情を動かした。
「話は伝わっていますか」
 女は、竹村部長に向かって言った。
 淡々とした無表情なしゃべり方だが、何だか分からない威圧感のある女だ。
 まだ、後ろに居る二メートル近いハイブリットの方が、親しみやすい雰囲気だ。
 竹村は、少し気押されたが、そこはベテランの営業。おくびにも出さずうなずいた。
「ええ、そちらから伺った事は」
 大した内容は伺っていない。先程エレベーターの中で武藤に話したのがほぼ全部だ。
 上司の命令で、断る様アドバイスしたのは、もちろん秘密だ。
「じゃあ、今決めろ鯖丸。あと二〇五分で幕張を出る」
「お断りします」
 武藤玲司は即答した。

「事情くらい聞けよ」
 ハイブリットの男はぼやいた。
「引き受けない奴に、事情なんか話せん」
 女はぴしゃりと言った。
「帰るぞ、時間の無駄だ」
 散々待たされたのを根に持っているのか、厳しい表情でくるりと踵を返した。
「後で後悔するぞ」
「多分ね」
 武藤玲司は微妙な表情でうなずいた。
「待てよ。ここまで来た手前、少しぐらいは説得して見せないと」
 ハイブリットの男からは、本音がざくざく漏れている。
「こいつが一度言い出したら、説得なんて無理だ」
 余所余所しい態度は取っているが、知り合いなのだろうな…と竹村は考えた。
 出て行く女の後ろを「おじゃましましたー」と愛想笑いしたハイブリットが追った。
 武藤玲司は、閉まったドアをじっと見てから、竹村の方を向いた。
 竹村は黙ってうなずいた。
「ありがとうございます。彼らを下まで送って来ます」
 上からは、武藤を単独で魔法使い達に会わせない様に言われている。しかし、黙認は得意技だ。
 竹村は見なかった事にして、まだ急須に残っていた、冷めた茶を湯飲みに注いだ。

 エレベーターの前で、二人に追い付いた。
 閉まりかけているドアに強引に体をねじ込んで、二階のボタンを押し、武藤はやっと少し緊張を解いた。
「ああ、二人とも久し振り」
「何やってんだよ、お前は」
 女は、先程とは違う親しげな表情で言った。
「それはこっちが聞きたいよ」
 武藤玲司…鯖丸は、長年のパートナーだった二人の魔法使いを見た。
「何で二人とも名前変わってるの」
「私は、結婚して名字が変わっただけだ」
 如月トリコという名前で魔法使いをしていた女は言った。
 下の名前まで変わっているのもどうかと思うが、元々トリコというのは魔界名で、戸籍上の本名ではない。
 更に言うと、本名を知られると碌な事が無い魔界で育った彼女は、戸籍上の名前も本名ではない。
「まぁ、あの名刺は今回限りの肩書きだ。今まで通りトリコでいいよ」
「ジョン太は何で?」
 背の高いハイブリットに聞いた。
「俺は、誰も外人だと分かってくれんから、諦めた」
「なるほど、謎が解けた」
 うなずいている青年に、二人は詰め寄った。
「お前の方が、よっぽどツッコミ所満載なんだけどな」
「研究職に就いてるんじゃなかったのかよ」
「色々ありまして…」
 武藤玲司は遠い目をした。
「エンジン開発部の一番偉い人、怒らせちゃって」
 二人の魔法使いは、肩を落としてはぁぁぁとため息をついた。
「お前の事だから、何かしでかしてるとは、思ってたが」
 ジョナサン・ウィンチェスターことジョン太は、だめだこりゃ…という風に、肩をすくめた。
 エレベーターは二階で止まり、意外にスーツ姿が板に付いている青年は、先に立って歩き出した。
 一階の正面入り口を通らずに、階段を下り通用口へ向かう。
「ちょっと話せるか」
「いいよ。そのつもりで出て来た」
 武藤玲司はうなずいた。

 オフィスビルの林立する界隈は、比較的近年になってから計画的に再開発された地区で、都心に近いにも関わらず、緑の豊かな公園の様な景観が駅前から続いている。
 いい天気で、ベンチや植え込みのブロックに腰掛けて、遅めの昼食を取っている人々の姿も多い。
 まだ時間は残っているので、コーヒーを買ってベンチに掛けた。
「ハイジャックだってね」
「ああ、引き受けないなら詳しい事は話せんが、その内嫌でもニュースになるだろうな」
 ジョン太は、少し顔をしかめてコーヒーをすすった。
「百二十人程乗った旅客機が、魔界に不時着してる」
 今の所、生命維持に必要な装置は作動していると付け加えた。
 よりによって月面の魔界なんかに降りたのが、事故なのか故意なのかはまだ分かっていない。
「乗客の三分の一が、コロニーから研修旅行に来た小学生だ」
 ベンチに掛けてコーヒーの蓋を剥がしていた武藤玲司の表情がこわばった。
「正直言って、こんな所で時間を食ってるのは、お前を連れて行く為だ」
「そんな勝手な事…」
 俯いて、熱そうなコーヒーに視線を落としたまま言った。
「面倒な事になってるのか?」
 ジョン太はたずねた。
「今日二人が来たから、もっと面倒な事になった」
 鯖丸は文句を言った。
「俺今、社内での立場が微妙なんだ。子供も生まれるのに、今クビになる訳にはいかないんだよ」
 ジョン太とトリコはコーヒーを吹いた。
「何だと。いつの間に作ったんだ。鯖丸のくせに生意気だぞ」
 トリコは、ジャイアンの様な事を言い始めた。
「俺、未だにその立ち位置かよ」
 まぁ、若いっちゃ若いが、この若造扱いは納得出来ない。
「ひどい。おっちゃん、お前の結婚式には、みっちゃんと一緒に親代わりで出席して、お涙頂戴のメッセージビデオを見ながらウソ泣きしようと思ってたのに。何で秘密にしてたんだよ」
 ジョン太はジョン太で、どうでもいい野望があったらしい。というか、ウソ泣きすんな。
「まぁ、何にせよ良かったな。薙刀…いや、有坂だっけか。いつ日本に戻ってたんだ」
 学生時代に一年以上付き合っていて、留学前に婚約もしていたはずの彼女の名前を出すと、鯖丸は彼らしくもない複雑な表情をした。
「ええと…有坂とは別れた。嫁さんは二人の知らない人」
「お前なぁ、貧乏だった頃に支えてくれた女を放り出して、新しいのに乗り換えるなんて、どこの鬼畜なお笑い芸人だよ」
 初代元カノが、文句を言っている。
「色々あったんだよ」
 お笑い芸人の部分は否定しない。
「言っちゃぁ何だが、人生の回転数、高過ぎるぞ」
 ジョン太は長年の習慣で、一応突っ込んだ。

「断れって事だな」
 何を言われて来たのか、想像が付いたジョン太は、眉間にしわを寄せてコーヒーをすすった。
 竹村とか言う男は味方をしてくれそうな雰囲気だったが…だからこそ、ここでこうして話していられるのだろうが、面倒事に関わりたくないというのが会社としての意見なのだろう。
 当然と言えば当然だが、その為にこうやって時間を割いて来て、窓口になっている男に事情も説明したのに。
 あの男は、一階のロビーで二人を待っているはずだ。送り返す為だけに。
「要請を受けたらクビだって言われたよ」
 鯖丸は、苦い表情をした。
「そうか、じゃあ仕方ないな」
 ジョン太は、鯖丸の肩を叩いてベンチを立った。
「まぁ、たまには連絡くれや。アドレスも番号も変えてないから」
「うん、ごめん」
「気が変わったら報せてくれ。ギリギリまでは待ってる」
 トリコが言った。
「分かった。元気でね」
 鯖丸は手を振って二人を見送った。
 一階の正面ロビーで、窓口の男と合流する為に歩き出して、二人はちょっと振り返った。
 さっきまで鯖丸に戻っていた男は、思い詰めた感じでコーヒーのカップを見つめていたが、さっと立ち上がって反対方向へ歩いて行った。

「お前、あれはずるい」
 トリコは、二年振りに会ったパートナーに言った。
「あんな事言ったら、あいつ断った後も悩むだろうが」
 ハイジャックされた船に小学生が居るというのは、確実に鯖丸のトラウマを逆撫でするだろう。
 分かってるくせに。
「お前だって、待ってるとか言うな」
 ジョン太も、久し振りに会った仕事仲間だった女に言った。
「あいつは必要だ」
「まぁ、だからって奴の人生を壊していいって訳じゃないけどな」
 二人は、高低差のある顔を見合わせて、ため息をついた。
「俺らはもう、壊れてるんかなぁ」
「知らん。私は生まれつき魔法使いだ。これが普通だ」
 魔界出身の女は、きりっとして言い切った。
「だが、あいつが居ないと厳しいのは確かだな。ボス達に期待するか」
「お前のダンナには期待しないのかよ」
 一応、宇宙軍では魔界関係第一人者のハイブリットを、ジョン太は擁護した。
「軍人としては知らんが、魔法使いとしては半人前だ」
 トリコは、厳しい意見を述べた。

 通用口から入った向こうに、竹村部長が居たので、武藤玲司は驚いた。
 それから、鈍感そうに見えて、この人が只者ではない事を思い出した。
 彼が居なかったら、自分の境遇はもう少し厳しい物になっていただろう。
 それでもあと一年…あと一年だけ我慢すれば、何もかも元に戻るはずだった。
 その一年の間に、戻る場所が無くなるとは、思ってもいなかった。
「あの…」
 ほとんど飲んでいないコーヒーのパックを持ったまま、その場で立ち止まった。
「午後からの予定は神山君が代わってくれるそうだ」
 竹村は言った。
 神山だって忙しい。
 何か口添えしてくれたに違いない。
「良く考えて決めなさい。後悔しない様に」
 飲みかけのコーヒーが、床にこぼれた。
 掃除のおばちゃんごめん…と、学生時代清掃関係のバイトもやっていた武藤玲司は思った。
「東賀中さんのやった事は、許される事じゃないが、現状で決めるのは君だ」
「はい」
 本当はもう、決心は付いていた。
 自分一人なら、どうにでもなる。悩みもしなかっただろう。
「すみません、今日は帰ります」
 明日は来ますと言おうとして、言えない事に気が付いた。
 営業の仕事も、それなりにやり甲斐はあった。
 ただ、自分がずっと目指していたのは、こんな事じゃない。
 それから、久し振りに会った魔界でのパートナー二人に言われた言葉が、ぐるぐると回った。
 研修旅行の小学生が…ぎりぎりまで待ってる…。
『元気でな』
 走り去る青年に、竹村は心の中で言った。
 それから、頭の中で上の連中に対する言い訳を五十七通りくらい考えて、十二個くらいに厳選しつつ廊下を歩いた。
 何だかんだ言って、こういうゲームが好きな自分を、因果だなと考えつつ、誰も見ていないのでポケットに手を突っ込んで、スキップしながらエレベーターに向かった。
 無意識で鼻歌まで歌っていた。

2011.4/6up










後書き
 という訳で、終わる終わる詐欺から一ヶ月、再び三匹が始まってしまいました。
 鯖丸に嫁が居たり、トリコが名字どころか名前まで変わってたり、ジョン太が所長になっていたり、何か色々ですが、二年くらいで人はそんなに変わる訳もなく、相変わらずアホなまま始まります。
 ツッコミたい事は色々あると思いますが、ツッコミ待ちの作者の思うツボですので…お待ちしてます。

 今作から、一回分の内容を、今までより少し短くしてみました。
 今まで、一回分がこんなに長かったのは、ある程度まとめて読んで欲しかったのと(建て前)挿絵いっぱい描くのがめんどかったのと(本音)後は、実際の原稿では一話分区切りなしで書いているので、正味どこで切っていいのか良く分からないまま始めてしまったせいです。
 長過ぎて読みにくいのはだいぶ昔に気が付いていました。
 今回、いい機会なのでちょっと一回分を短くしました。
 その分更新が早くなるかどうかは、今の所謎です。

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