novel
大体三匹ぐらいが斬る!! 番外編『恐怖の殺人大根』時期的には、『続・大体三匹ぐらいが斬る!!』の、二ヶ月後くらいの話です。
今までの、本編で書けなかった日常を補足する番外編ではなく、気楽な読み切りになっています。
登場人物武藤玲司(鯖丸) 貧乏な大学生。NMC中四国支所のバイト。魔力も身体能力も高いが、金が絡むと欺されやすい。特に所長に。
土方里見(バラクーダ) NMC中四国支所の所長。元ヤンの怖いおばちゃん。
ジョナサン・T・ウィンチェスター(ジョン太) NMC中四国支所の社員。鯖丸の上司で相棒。ものすごく強い戦闘用ハイブリットだが、今回は別に活躍しない。
吉備畑作二郎 魔界の東立石地区で農家を営む初老の男。今回の依頼者、意外と食わせ者だ。
吉備畑クニエ 吉備畑作二郎の妻。食いっぷりのいい若者は可愛がるタイプ。
大根 強い方が美味しい。大体三匹ぐらいが斬る!! 番外編
恐怖の殺人大根
「武藤君、きみ、農業は好きかね」
仕事があると聞いて、NMC中四国支所に顔を出した鯖丸に、所長は唐突に聞いた。
「はぁ…」
鯖丸は、質問の真意を測りかねて、しばらく考え込んだ。
「どちらかというと、野菜より肉が好きです」
「いや、食べ物の好き嫌いの話じゃなくてね」
所長は、ちょっと難しい顔をした。
「農作業の経験は?」
マイナーコロニー出身の人間に、何言ってんだ…という表情で、ジョン太がこちらを見た。
そりゃないだろうと、平田が口を挟みかけた。
「あります」
自信たっぷりで、鯖丸は言い切った。
「おい、農学部の畑から野菜を盗むのは、農作業とは言わないぞ」
ジョン太は一応、釘を刺した。
「最近はやってないよ」
鯖丸は、反論した。
「E01のプラントでバイトした事あるから」
地球人でも大抵知っている、中規模コロニーだ。通称エデンと呼ばれている。
「水質管理の助手を、一ヶ月くらい…」
それは絶対、地球で言うところの農作業じゃない。
その場に居る全員が思ったが、所長は都合の悪い事実はねじ曲げる事に決めたらしかった。
「なら、大丈夫だな」
絶対、大丈夫じゃない。
「はい、大丈夫です」
バイト代が欲しい鯖丸も、細かい事は考えない方向で行くと決定した様だ。
「東立石地区の作二郎さん所で、人手が足りないから畑を手伝ってくれと言う依頼だ」
NMC中四国支所は、腕利きの魔法使いが揃っているので、危険だったり難易度の高い仕事が多いが、基本魔界の便利屋なので、頼まれれば何でもやる。
「作二郎さんも、若くて体力のある助っ人の方が、喜ぶだろう」
鯖丸は確かに、若くて頑丈だが、体力があるのかどうかは微妙だ。
低重力のマイナーコロニー出身で、ここまで鍛えた努力は評価するが、元々持久力より瞬発力の高いタイプらしく、ハードな仕事では息切れしているのを良く見る。
まぁ、その分回復は早いし、剣道部で鍛えているから、普通の地球人よりは体力あるのだが。
NMC中四国支所で、宅配専門のバイトを除けば、今の所一番若いのは鯖丸だ。
地方都市なので、他のメンバーにはもちろん、農作業の経験者も居た。
経験者だからこそ、絶対やりたくないというこの現実。
ましてや、魔界での農作業だ。ごめん被る。
鯖丸に押し付ける事で、全員の意見が一致した。
唯一、見かけによらずお坊ちゃま育ちのジョン太だけが、ちょっと羨ましそうな顔をした。
「田舎の農家に泊まり込んで農作業。きっと楽しいぞ」
本気で言っている。
こういう人間が、わざわざ金払ってまで、休日に畑を耕したり蕎麦を打ったりするのだ。
田舎の人間は、休みの日までそんな仕事的なレジャーは、全力でお断りだ。
「そうか、残念だがジョン太は別の仕事があるから、お前一人で行ってくれ」
所長は言った。
犠牲者決定。
吉備畑作二郎は、東立石地区の農家だった。
何をやらされるのか全然分かっていない鯖丸は、にこやかに現れた。
普段の仕事着は農作業には向いていないと言われたので、自前のジャージ上下で、頭にタオルを巻いている。
第三者からは、重労働もやる気満々に見えるが、単なる普段着だ。
「こんにちはー、NMC中四国支所の鯖丸でーす」
挨拶をして、広い土間に入った。
剣道部なので、つい習慣で、神棚に尻を向けない様にして一礼までしてしまうのが悲しい。
「おお、よう来てくれたな」
上がりかまちでキセル煙草を吸っていた初老の男が、にこりと笑った。
この男が吉備畑作二郎だろう。
「ご依頼ありがとうございます。よろしくお願いします」
「中々よう働きそうで礼儀正しい子を寄越してくれたの」
吉備畑作二郎は微笑んだ。
性格の黒さが顔に出ないタイプは得だ。
「じゃあ早速畑に行こかい」
作二郎は、キセルの灰をぽんと土間に落として、立ち上がった。
畑の作物は大根だった。
「わぁ、うまそうな大根」
思った事をそのまま口に出した。
「兄ちゃん、大根は好きか」
「大根おろしがあれば、ごはん三杯はいけます。あと、カレーに」
「カレー?」
初耳だったらしく、聞き返した。
「大根をゆでて、カレールーと松山揚げを入れます」
旬の大根台無しの調理法だ。
作二郎は、聞かなかった事に決めたらしい。
「こっからここまで抜いたら、お昼にするけん」
畑の畝を指さして指示した。
「抜いた大根は、そこのリヤカーにに積んどいてや」
指示だけ出して、吉備畑作二郎は居なくなった。
鯖丸は、そこそこ広い畑をぐるりと見渡した。
青々とした大根の葉が茂っていて、十一月とは云え晴れた昼間の日差しは暖かい。
のどかで牧歌的な風景だ。
「よーし、やるか」
指示された畝のはしっこから取りかかった。
大根の収穫は、意外と重労働だった。
体を動かすのは好きだが、同じ姿勢での作業はけっこうきつい。
何度か立ち上がって伸びをしながら、どうにか指示された場所の九割方を片付けた頃、吉備畑作二郎が、奥さんらしい中年の女と現れた。
にぎりめしと煮物系のおかず中心の弁当を食べた後、午後からは三人で取り入れ作業に入った。
おにぎりもおかずも、ボリュームがあって大満足だ。
交代で取り入れをしながらリヤカーで大根を運び、後は家を少し下った所にある横井戸で洗ってコンテナに詰めて行く作業に移った。
正直疲れて来たので、違う姿勢で別の仕事が出来るのは嬉しかったが、冷たい水で大根の土を落とすのも、割合大変だった。
日が暮れる前に、コンテナをトラックに積んで、立石農協と書かれた建物に運んだ。
トラックは、外界では見た事もない、前輪が一つで後輪が二つある、いわゆるオート三輪と呼ばれる骨董品で、興味があったので少し運転させて貰ったが、何だか妙なクセがあって不思議な乗り心地だった。
この車は、兄ちゃんの三倍ぐらい年寄りじゃけんのう…と、吉備畑作二郎は愉快そうにからからと笑った。
風呂に入って夕食を終えると、もう後は寝るだけだった。
風呂は、この辺りでは特に珍しくない、薪で湧かすタイプの五右衛門風呂で、広い土間になっている台所の脇に設置されている。
下駄を履かないと行き来出来ない作りで、台所同様山の斜面から湧き水が引き入れられていた。
照明は月明かりとランプだけで、薄暗い。
居間は中央に囲炉裏があって、鋳鉄製のヤカンがかかっていた。
「兄ちゃんはアレだ、大学生かな」
「はい」
「何ぞ運動部には入っとんかね」
「今年の四月まで剣道部に居ました」
「そうかい、そらええわい」
何がええのかさっぱりだが、夕ご飯もがっつり出されたので、幸せだ。
煮物とか汁物とか焼き物とか、普段あまり食べられない体に良さそうなメニューばかりだし、美味しいし。
嬉しそうな食いっぷりは、中高年女性に大変ウケがいいので、何度もお代わりを勧められた。
仕事内容はきついが、あと一日だし、豪華(鯖丸基準で)食事付きで中々いいバイトだ。
ただし、作二郎の謎発言だけが、やけに引っかかった。
「兄ちゃんは、魔力も高いと聞いとるけん、明日は頼むぞね」
大根を引っこ抜くのに、魔力って関係あるのか…と鯖丸は考えた。
明日はもっとハイペースで、魔法使うぐらいの勢いで頼むという意味なのか?
「はい、がんばります」
訳も分からないのに、元気よく安請け合いした。
吉備畑作二郎と、その妻クニエは、なぜか顔を見合わせてにやりと笑った。
翌朝連れて行かれたのは、別の畑だった。
てっきり、昨日の続きをやるのだと思っていた鯖丸は、面食らった。
場所は違うが似た様な畑で、似た様な葉っぱが、なぜか風もないのに揺れている。
「ここの畑は、ちょっと品種の違う大根じゃけん」
作二郎は、乗って来たオート三輪から、短い柄の付いた鍬と一メートル程の棒を取り出した。
「抜く前にちょっと葉の付け根をこうやって…」
畑に入った作二郎は、大根の葉を掴んで付け根を露出させ、鍬の背ですこんと横殴りに叩いた。
大根は、なぜか「みぎゃー」と悲鳴を上げ、葉全体を振るわせてから、ぴたりと静止した。
「叩いたら止まるけん、後は普通の大根と同しに、引き抜いてリヤカーに積んでくれ」
大根が引き抜かれた瞬間、畑全体がざわざわと揺れた。
何だかとっても、嫌な予感がする。
「それで止まらん奴はな」
作二郎は、一メートル程の棒を差し出した。
「これで叩き落としてくれ。急所は、引き抜く時と一緒じゃけん」
待ってください。大根の急所って何ですか…。
嫌な予感が急激に広がった。
「他の所叩いたら傷んで売値が下がるけん、気ぃつけてな」
畑全体が、ただ事ではないくらい揺れ始めた。
「飛んで来て抵抗する奴は、こっちのコンテナに別にして入れといてや」
待てぇ、抵抗する大根って何だぁ。
「それから、特に強いのはこっちのカゴに」
コンテナよりずっと小さい竹の背負いカゴが、あぜ道に置かれた。
「強い奴の方が美味しいけんなぁ」
もう、どこから突っ込んでいいのやら。
「息を吹き返したら、もう一回叩いたらええけん」
「はい、分かりました」
全然分かっていないけど、もう聞き返す気力が無くなったので、うなずいた。
「わしらは昨日の畑におるけん、分からん事があったら聞きに来てや。じゃあ」
なぜか作二郎は、オート三輪に飛び乗って、逃げる様に走り去った。
大根畑全体が、ぞわぞわと揺れた。
嫌な予感は確信に変わっていた。
魔界で動植物が魔導変化するのは、良くある事だ。
良くある事だが、そういう植物をわざわざ畑で大量に育てている意味が分からない。
言われた通りに引き抜こうとすると、大根は抵抗した。
軽く葉っぱの付け根を軽く叩くと、ぐったり動かなくなる。
後は普通の大根と変わらない。
良く見ると顔の様な物が付いているが、意外と簡単に引き抜けたので、深く考えるのは止めた。
早く片付けよう。幸い、この畑は昨日の場所よりも随分狭い。順調に行けば昼までには終わるだろう。
「いやー、そこまで順調じゃない方がいいかなぁ」
昨日の、ボリュームがあって美味しい弁当が脳裏に浮かんだ。
昼ご飯を食べて、午後からもちょっと作業して、明るい内に帰れたら丁度いい。
大根をリヤカーに積み上げながら、いやしい事を考えていたら、後頭部を殴られた。
誰だ、こんないいタイミングで心の声にツッコミ入れて来る奴は…。
軍手の甲でよだれをぬぐっていた鯖丸は、振り返った。
目の前に大根が居た。
いや…普通大根に?T居る?Uと云うのもどうかと思うが、そうとしか表現出来ない物がこちらを睨んでいた。
「げっ、大根」
大根が、空中に浮いていた。
どういう構造になっているのか、青く茂った葉っぱをプロペラのように回して、滞空している。
白くみっちりと太った根には、今まで引き抜いた物より、ずっとはっきりした顔が付いていて、口のように見える部分を動かして、意味の分からない音を出した。
これか、飛んで来る奴って。
収穫するのはいいが、誰が食うんだ、こんな気持ち悪い大根。
こちらへ飛びかかって来た大根を避けた鯖丸は、そのまま飛び下がり、畦に置いてあった棒を掴んだ。
ええ感じに手加減した突きが、見事に葉の付け根にヒットし、大根はみちみちと変な声を上げて草を刈られたあぜ道に落ちた。
さすが、西瀬戸大剣道部最強の男。性根は曲がり切っているが、太刀筋には淀みがない。
「ええと…これ、どっちの分類だ」
あぜ道に置かれたコンテナと背負いカゴを前にして、鯖丸は躊躇した。
強い奴の方が美味しいとか何とか、意味不明な事を言っていたが、そもそも大根の標準の強さが分からない。
「保留」
今後の展開を見てから決めようと、そのまま放置した。
それから、吉備畑夫妻が置いて行ってくれた、見た事もないくらい古くさいデザインの水筒から茶を飲んで一息つき、続きに取りかかった。
気が付くと囲まれていた。
日も高くなった畑の真ん中で、無心に大根をぶん殴っては引き抜いていた鯖丸は、嫌な視線を感じて顔を上げた。
頭の上を、大根の群れがくるくる飛び回っていた。
客観的にアホの子に見える光景である。
先程収穫したコンテナと、竹で出来たカゴが空になっていた。折角引き抜いて叩き落として、きっちり詰め込んでおいたのに…。
手元に置いていた棒を掴んで立ち上がった。
変な姿勢で慣れない作業を続けていたので、体がこわばっている。
それでもさすがに、速い動作で二体、叩き落とした。
昨日、普通の大根畑で作業させられたのは、この為だったのだろう。いきなり、何の経験もない大根の収穫をしていたら、もっとにぶい動きしか出来なかったはずだ。しかし…
「こんなんだったら竹刀持って来たのに」
渡された棒は、微妙に短い。
普段魔界で使っている刀ですぱすぱ切る訳にはいかないが、せめて使い慣れてる竹刀だったら、もうちょっと感覚もつかみやすいし、与えるダメージも丁度いい。先に言っといてくれればいいのに。
まだ、所長に騙されてここに送り込まれたという自覚のない鯖丸は、段取りの悪さに多少憤っただけで、棒を持って身構えた。
大根が、襲いかかった。
しゃーと小さく変な声を上げて、上空から舞い降り、次々と噛み付いて来た。
今まで生きて来て…いや、この先けっこう長い人生でも、まさか大根に噛み付かれる事があるとは、想像もしなかった。
「痛い、けっこう地味に痛い、うわー」
大根を払い落とし、次々と見事な棒さばきで叩き落とす。
しかし何分、相手は飛ぶ。鳥の群れに襲われている様な物だ。
鯖丸はきりっと上空を睨んだ。
上半身だけ見るとかっこいいが、尻にまだ一匹、大根が食い付いている。大根に?T匹?Uも、やっぱりおかしいとは思うが。
「てめぇら、食いもんなんだから大人しくおでんにでも入ってろよ」
茶色くなったおでんの大根、玉子、厚揚げ、ちくわ、棒天、もち巾着、シラタキ…
いやしい妄想が再燃した。最近、ろくなもん食ってないからだ。
ああ…このバイト代入ったら、おでん食おう。うまいもんなぁ、おでん。
もちろんコンビニのだ。
自分の可哀想な食生活については、自覚がない。
再び大根に襲われて、妄想は中断した。
とにかく、こいつらを大人しくカゴの中に戻さなくては。
重力操作で体を軽くして、空中に飛び上がった。
アクロバットの様な動きで、空中の大根を叩き落とす。
体を捻って着地しようとした所で、顔面に向かってぶっ飛んで来た大根に、鼻の頭をかじられた。
着地に失敗した鯖丸は、そのまま頭から畑にめりこんだ。
幸い障壁で何とか頭部を守ったが、畑に顔面から突き刺さっている姿は、すっかりお笑いの世界である。
まぁ、元から八割方その国の住人ではあるが。
どうにか頭を引き抜いて、顔から土を払い落とす。上空で、先程の大根がカカカ…と、嫌な声で笑った。
大根に笑われた。
人として色々やばい気がする。
「くそぅ、おでんの具のくせに、俺を怒らせたな」
鯖丸は、上空に向かって叫んだ。
大根は、にやりと笑った様な気がした。
作二郎がオート三輪で現れた時、鯖丸は棒を握ったまま、畑の真ん中ににべったり座り込んでいた。
半分も終わっていればいい方だと思っていた穫り入れは、呆れた事にほぼ終わっていた。
リヤカーとコンテナに、収穫された大根がぞんざいに積み上げられている。
きっちり並べて積む余裕は、さすがに無かったらしく、リヤカーから転げ落ちた大根が何本か、あぜ道に転がっていた。
背負いカゴの中には、十本近い大根が突っ込まれている。
「もう終わったんか、兄ちゃん」
「しんどい、お腹空いた、もうダメだ」
めずらしく弱音を吐いた。
収穫をしつつ、ノンストップで大根と戦っていたのだ。
左手にはなぜか、まだじたばた暴れている大根が一本、がっちりと握りしめられていた。
小さい声で意味の分からない悪態をつきながら、まだ逃げ出す機会を伺っている。
作二郎の顔色が変わった。
「おおっ、それはめったに採れない幻の最強魔界大根」
「最強ですか」
鯖丸は、うんざりした口調で言った。
こいつさえ居なかったら、ちょっとハードな農村体験で済んでいる範囲内だったのに。
「道理で、何回倒してもよみがえって来ると思った」
このアホ大根が、休む閑を与えてくれなかったのだ。
何度、いっそぼっきりぶち折って、息の根を止めてやろうと思った事か。
「無傷で収穫したんか。ようやったなぁ、兄ちゃん」
作二郎さん、大喜びだ。
あんたがそうしろと言ったんだろうが…と、鯖丸は恨めしげな顔で見た。
「そういう大根はたまに出来るんじゃけど、たいがい逃げられるか、こっちが危ないけん叩き潰してしまうかなんよ」
そうですか。俺もその話先に聞いてたら、そうしてました。
作二郎が、オート三輪の荷台から出して来たネットの袋に最強大根を押し込み、更に布袋に詰めてぐるぐる巻きにしている姿を見ながら、鯖丸はのろのろ立ち上がって、残った大根の収穫に戻った。
残りはほんの少しで、作二郎も手伝ってくれたので、収穫はあっという間に終わった。
予定通り、昼ご飯を食べて、農協への納品も手伝って、明るい内にバスに乗った。
魔界のゲートに程近い県道には、バスが通っている。
一時間に一本しかないので、普段仕事で利用する事は無いが、今回は単独の仕事で、行きは別件で魔界に入る船虫とハートに送ってもらったので、バスに乗った。
観光客はたいがい観光バスで来るし、魔界から外界の学校や職場に通っている者が利用する時間帯ではないので、バスに乗っているのは四人だけだった。
ゲートまでオート三輪で送ってくれた作二郎は、始終ご機嫌で、来年も兄ちゃんに頼もうかいねぇ…と、不吉な言葉を口走った。
「そうですか…よろしくお願いします」
引きつった営業スマイルを浮かべて言った。
まぁ、何にしても仕事は欲しい。
食事付きなら、尚更だ。
「これ、持って行き。帰りに食べなさい」
竹の皮に包んだおにぎりを渡された。
おにぎり三個で、あっという間に表情が明るくなる。欲望に弱いタイプなのだ。
「それと、よう頑張ってくれたから、お駄賃な」
ぐしゃぐしゃになった千円札と、何かの割引券らしき物を差し出した。
仕事の報酬とは別に千円。美味しい物がいっぱい(あくまで、鯖丸基準で)買える。まるまるバナナとか、からあげちゃんとか、予定していたおでんとか。
しかし、一応会社での規定があるので、誘惑を振り払った。
「いえ…そういうのはいただく訳には」
「ええけん、取っとき」
ポケットにねじ込まれた。
「ありがとうございます」
内心、ほくほくしながらバスに乗った。
千円札と一緒に渡されたのは、なぜか温泉の入浴券だった。
利用期限が週末まで迫っていた。
普通なら、もらって微妙な物だが、貧乏で貧乏性の鯖丸は、本気で喜んだ。
これで、銭湯代が一回浮く。
数日後、魔界とは全く別のバイト帰りに、スーパーに寄った。
遅い時間帯なので、半額の総菜を狙ったのだ。
お米と、夏頃にもらった素麺があるので、おかずがあれば生きて行ける。
さすがに、遅い時間帯のスーパーは空いていたが、何でこんな時間帯に…と思う、子供連れの親子もちらほら居る。
自分と似たような年代の学生も、一人二人と見受けられた。
スーパーの中ではどちらかというと高級店なのだが、便利な街中にあるので、安売り狙いの客も多い。
カゴを持って店内を回っていた鯖丸は、野菜コーナーで立ち止まった。
あり得ない物を見てしまったのだ。
『ネットでも大好評! あの高級食材魔界大根が、地元農家の直接卸で五百円』
「何ですとぉー!!」
他の大根とは一線を画した、無農薬有機農法よりも高い位置に配置された大根の横には『私達が造りました』というポップが飾られていた。
まぁそれは、他の、お金持ちしか(鯖丸基準で)買えない、食の安全とエコロジーというデコレーションがされた農作物も同じだ。
しかし、葉の付け根に付いた、微妙な傷には見覚えがあった。
一回叩いただけであっさり収穫されてしまう、普通の魔界大根だ。
バトル物少年マンガで言うと、トゲトゲの肩パッドが付いた、二コマで倒される雑魚敵。
どんな偉そうな大根でも、二百円くらいしかしないこの季節に、何だこの強気の値段設定。
一体、あの最強大根は、いくらで売られているんだ。誰が買うんだ。
『私達が造りました』のポップ写真で微笑んでいる吉備畑夫妻が、とんでもない食わせ者に見えて来た。
当然だが、あの最強大根は、こんな所には流通しないで、都会の高級料亭に卸されているのだが、腹黒いとはいえまだまだ世間知らずの若造は、そんな事には思い及ばない。
何だか、脱力感を感じて、ため息をついた。
別に、バイト代はもらったし、お駄賃ももらったし、いいと云えばどうでもいいんだけど…。
お買い得な半額の総菜を、二つカゴに突っ込んでレジに向かった。
早く帰って、メシ食って、AVでも見て寝よう。
エコバッグだと言い張っている、よそのスーパーのレジ袋をディバッグから引っ張り出しながら、鯖丸は大して混んでいないレジに並んだ。
その後、お土産で渡されたおにぎりに付いていた漬け物が、収穫に失敗してぶち折ってしまった、高級魔界大根の沢庵(外界でもけっこういい値段)だと知った時は、後の祭りだった。
どんな味だったかも、全然憶えていない。
「俺の味覚がおかしいのかな…」と、ジョン太に聞くと、お前はおかしいが、世間の価値観も多少はおかしいと言われた。
世間が多少で、自分が圧倒的におかしい事については釈然としなかったが、基本的にはどうでもいいので「なるほど」とうなずいて、鯖丸は軽く流した。2010.6.6 UP
大体三匹ぐらいが斬る!! 番外編『恐怖の殺人大根』
あとがき
いつも長くなりがちなので、どうでもいい短編を目指しました。短編はともかく、どうでもいいという部分は、別に目指さなくても良かったですね。
元ネタはもちろん『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』です。
と言っても、原作見た事が無いというええかげんさですが、まぁこんな話なんで、気軽にポテチを食いつつ尻でも掻きながら読んでいただけると嬉しいです。テーマも特にありません。いつも無いですけど。